人攫い事変の章 其ノ五


「イロハ、もう大丈夫みたいよ。周りを見て!」

「くっそー、やられたかと思った! って、あれ? いつの間に朝……え、えぇぇ!? なんだこれ!?」


 イロハが驚いたのも無理はない。さっきまで暗く狭い場所にいた筈がいつの間にか開けた場所にいたのだ。それだけではない、まるで真昼のように明るく周囲の様子が手に取るようにわかる。更に驚いたことには一面に草木が生い茂り、見事なまでの花を咲かせていた。


「見て、すみれ草よ。向こうには蓮華れんげ。それにツツジが咲いてるわ……」

「なんでこの時期に鼓草つづみぐさ(たんぽぽ)が咲いてんだぁ!?」


 驚き唖然あぜんとしていたところにヒューっと一陣の風が吹く。

 いや、吹いてきた風が、だんだんと強まり、そして……。



ゴォォォォォォォォォォォ───!!!


 強風が辺りの草や花弁を巻き上げると、つむじ風となりそこに人の姿が現れた。


『あーっはっはっはっは───!!』


 子供の姿をしたその者は宙に浮き、小馬鹿にしたような目でこっちを見下している。外見は十に満たないぐらいだろうか。赤茶けた衣を纏ったその子供は風に包まれ、ひらひらと真っ青な御河童おかっぱ頭をなび立たせている。


「出たわね妖怪! でもわらしに用は無いの。親玉を連れて来なさい!」

「誰が童だ! あちしは春華はるかってんだ! お前らなんかよりずーっと年上だかんな!」


 その妖怪は子供扱いされしゃくに障ったのか、怒った口調でまくし立ててきた。


「オラはイロハだ! ほんだきとオラよりお前の方がずーっと童に見えんな!」

「へん! 人間って頭悪いよな! そんなんだからすーぐだまされんだ! ば──っか!」


 あかんべーをされた。しかし、イロハも負けてはいない。


「やーい、だっまされた~! オラは人間じゃね──よ──!」


 イロハは被っていた手拭いを脱ぎ、頭から生えた耳を見せる。

 それを見て、驚く春華。


「あ……嘘だっ!!」

「ホントだもーん。ば~~か!」

「ぐむむむぎ~~~……!」


 まるで、鬼の首を取ったかのように飛び跳ねはやし立てるイロハ。二人のやり取りを見ていた志乃だったが、やがてくすくすと笑い始めた。幼い童のように、童だ、妖怪だ、と言い争う二人が可笑おかしいやら、可愛かわいいやら。


 こんな光景を他所で見たのはいつの頃だっただろうか……。


「よくも笑ったなー!? やい、そっちのお前! お前は人間だ!」


 今度は顔を真っ赤にしながら志乃を指差す。


「そよ。里の人間がここに連れて来られたんだけど、知らない?」


 すると春華は意地悪くニタ~と笑うと得意げに、


「へーん! 里の子なんて知らないよ! お前らにはなーんにも教えてやんないっ!」


 志乃とイロハは顔を見合わせると、得物に手をかけ身構える。


「志乃は里の子が連れて来られたなんて言ってねぇぞ」

人攫ひとさらいに手を貸すなら例え童でも容赦しないわ」


「っ! 童って! 言うなぁ───!!!」


 叫んだかと思うと春華の周囲から突風!


シャン!


 咄嗟とっさ錫杖しゃくじょうを鳴らして結界を張り、それを防ぐ志乃。

 結界に石つぶてが当たりガチガチとやかましい音がする。

 視界が草や花弁でふさがれ、まともに前が見えない。


「お前らなんか嫌いだ! 伴睦峠ばんぼくとおげまで飛んでっちまえ!!」


 ケノ国妖怪、山背やませ(春から夏にかけて吹く強風)の精霊との戦いの火ぶたが切って落とされた!

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