人攫い事変の章 其ノ三


 怪鳥は子供を掴み、羽音を立てながら今にも飛び立とうとしている。そこへ武僧兵ぶそうへい破魔矢はまやが斉射された!


 ──が、当たらない!


 まるで怪鳥を避けるかのようにあちらこちらと矢が飛散する。矢が当たらず呆気あっけにとられてる人間たちを威嚇するかのように、怪鳥は恐ろし気な鳴き声を上げた。


ギェ! ギェェェエ──ェ!!


『うわぁぁぁー!!!』

『ひぃぃぃぃっ!!!』


 突然砂の混じった突風が吹き荒れ、周囲にいた人間を無差別に襲った!


ひるむなー! 奴が逃げるぞー!』


 しかしすべが無い。あまりの強風と砂で身動きがとれず、誰もがその場にうずくまっていた。それを尻目しりめに子供を掴んだ怪鳥は宙を羽ばたき空高く舞い上がる。


(このままじゃ逃げられてしまう! 一体どうすれば……)


 ふと後ろに林があったことを思い出した志乃。身をかがめ風を背に駆け出す。

 砂が背に当たるのをこらえ、一本の木の陰に逃げ込むと声を張り上げた。


「こっちよイロハ! 追いかけるわ!」


 頭の手拭いを押さえながらイロハが林に転がり込んできた。


「ぺっぺっ、砂が口ん中さ入った! この風じゃまともに追えねぇぞ」

「林に沿って追う、走って! あんたの勘と鼻が頼りよ!」


 二人は林に沿って人業とは思えぬ速さで走り抜ける、豪風を脇目に二陣の疾風しっぷうが吹きぬけるように。志乃は星ノ宮から授かった「早駆はやがけの加護かご」を受けているのだ。

 それでも狛狗族こまいぬぞくのイロハには敵わずに、その差はどんどん離れていく。


(私が追いつけなくても、イロハが奴の住処さえ突き止めれば……!)


 だがその期待は裏切られる。前を走っていたイロハが足を止めていたのだ。

 ピタリと豪風が止み、怪鳥の気配も全く感じられなくなった。


「あっれぇー……」

「……やられたわね。あの大きさで気配を隠せるなんて」

「うんにゃ。姿や気配は消えたけど、変な匂いがかすかにする」

「変な匂い? 妖怪の?」

「んー、なんか花の匂いみたいな…。あっちのがけの方だな」

「まだ冬真っ盛りよ? 花なんて……」


 イロハが指した方には岩肌が見える山があった。しもがらの崖と呼ばれてる場所で、獣や盗賊の住処と言われており滅多に人が訪れることの無い場所である。確かに妖怪の住処には打って付けかもしれないが、果たして……。


「迷ってらんないわね。案内して頂戴」


 崖の下までくると見上げるほどの高い岩肌が目に映った。暗く静かなこの場所のせいで崖全体が巨大な妖怪のように見える。


「! こっから花の匂いしてくる!」


幻火まぼろしのひ!』


 志乃がいんをきると周囲に火が灯る。辺りを照らす幻の火だ。


「おー! すっげぇ!」

「触らない様に気をつけてね」


 宙に浮いた炎が辺りを照らす。

 するとどうだ! 茂みの間に洞穴どうけつが口を空けているではないか!


「虎穴入らずんばってね。このまま進むわよ。怖かったら帰ってもいいけど」

「ここで帰ったら笑いもんだんべ!」


 二人は暗い穴の中へと入っていった。

 ここで二人を待ち受けていたものとは……?

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