人攫い事変の章 其ノニ


 星ノ宮ほしのみや神社は林に囲まれた小高い丘に位置し、辺りに民家はほとんど無い。夜になると狐やいたちなどの動物が徘徊する。

 一方、問題の集落は神社から北に離れた場所にある。いつもは神社とは対照的で人気ひとけに満ちているのだが、今は人攫ひとさらい騒ぎのせいか暗くひっそりとしている。松明たいまつがあちこちで見え隠れし、それが異様で不気味な光景に映った。人攫い妖怪がこの様子を伺っていたとするならば、怯え息を潜めている獲物のように見て取れただろう。


 志乃は小幡こばたからの書を見張り番に見せ、集落の中へと通してもらう。


「まだ人攫いは現れてないようね」

「それっぽい感じないな。小さい気配はあるみてぇだきと」

「ここに居る人間は皆、妖怪への恐れと不安でいっぱいだからね。弱い心に付け込んで寄って来る妖怪も少なくないのよ」


 さて、どこで妖怪を待ち伏せるか? 一軒一軒、妖怪が攫いそうな子供のいる家を訪ねて歩くわけにもいくまい。

 結局、村の中心でき火をしていた見張りに混じり待つこととなる。人間の集団に慣れていないイロハは、志乃の服を掴みながらついていく。


 村の大人たちは夜更けに童女二人が歩いてくるを見ていぶかし気に感じるも、それが星ノ宮の巫女だとわかると気さくに話しかけてきた。色々と話しかけてくる人間に次々受け答える志乃。それを見てイロハはすごいなぁと感心し、同時に「あぁ、自分は人間ではないし余所者よそものなのだ」と思い知らされ少し寂しくなった。

 そんなこと知らない集落の大人は志乃たちに甘酒を振舞う。驚いたイロハだが、暖かいわんを受け取ると恐る恐る口をつけてみる。


「うんめぇ! 初めて飲んだ!」


 甘酒を初めて飲んだと喜ぶ奇妙な童女に大人たちは驚き、どっと吹き出した。

 険しかった一同の表情に少しだけ安堵が戻る。


 だがそれも束の間に過ぎなかった。


『出たぞ──!!! 化けもんだ──!!!』


 それを聞くや否や、皆とっさに松明やクワを手に走り出す。


『どっちだ!?』

大尽様だいじんさま(お金持ち)の方け!?』


「私らも行くわよ!」

「ぶへっ! 全部飲んでないのに!」

「退治すればいくらでも飲めるわよ!」


 あぜ道を走りぬけ、林を過ぎると大きな藁葺わらぶをいくつもの松明が囲んでいた。その屋根の上には巨大な影。二つの不気味な目が爛々らんらんと輝き、羽音を鳴らしている。


 二本の足で子供を掴み、今にも飛び出さんとしている!

 子供はぐったりしていて声すら上げない、果たして無事か?


『なんだありゃ! 鳥け!?』

『こん畜生! どっから入り込んだ!?』

『オラゲの子だぁ!! 誰か助けてくんろぉー!!!』


 恐れおののく里人に代わり、勇ましげな集団が前に出た。近隣の寺社から集まった「武僧兵ぶそうへい」である。一斉に弓をつがえた。


破魔矢はまやを放て!』

「ダメ! 子供に当たる!」


 志乃の声は届かない。一斉に化け物目掛けて矢が射られた!

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