星ノ巫女編

人攫い事変の章

人攫い事変の章 其ノ一


──月日は経ち、1717年の如月きさらぎ(現在の二月)。


 星ノ宮ほしのみや神社の主は社の掃除を終え、一人神社の離れで蕎麦茶そばちゃすすっていた。

 志乃は実力を認められ、世話になっていた神主からの推薦で、神社を一つ任されることになったのである。まだ立て直されて間もない神社、信頼されているという意味では責任も一層重く感じるというものだ。


(そろそろ来たかな……)


 神社の下から犬の鳴き声がする、誰かが神社に向かっている証拠だ。茶を啜りながら客を待つのもなんなので表に出ることにした。


 立ち上がると振り返りながら誰もいない方へつぶやく。


「別に隠れてなくてもいいのに」


 離れを出て表に出ると丁度男が石段を上がってくるところだった。男は志乃に気が付くと一瞬ギョッとする。 


 赤みかかった髪に白い肌、整った顔立ちに切れた細い目が気を引いた。背は小柄ではあったが、その異様ともいえる雰囲気に周りが別の空間の様にさえ感じられる。

 話には聞いていたが里の娘とはまるで違う……。


 暫し固まっていた男だが、軽く咳払せきばらいの形をとるとおもむろに近づいてきた。


「まさか外でお待ちになられてるとは思いませんで……」

小幡こばた様の御使おつかいの方ですね。新入りさん?」


 志乃の方は表情一つ変えない。


「は、はい。依頼を預かって参りました。なにとぞ、お力添えを」


 そう言うと男は封書を取り出し志乃へと渡す。妖怪退治の依頼は全て小幡神社から回して貰うことになっている。正式な依頼は今回が初めてだ。


たまわりました。皆々様に宜しくお伝えください」

「はい! では、私はこれで失礼します。どうか御武運を!」


 男はさっさと逃げるように帰ってしまった。志乃は別に構わない。こことは違い、小幡の神社は大所帯で忙しいのだ。


『もう帰っだげ?』


 離れの戸を開けると声がした。しかし姿は見当たらない。


「帰ったわよ。イロハは人が来る度に隠れるんだから」

「ほんだって、しゃあなかんべよ」


 途端、志乃の目線の先からスッと少女が現れる。その少女は志乃とはまた別の意味で「異様」な出で立ちであった。

 白に黒の混じった髪から獣の耳が頭から生え、口から牙のような歯が見え隠れしている。人間ではない、正真正銘の妖怪である。


 『水倉みなくらイロハ』これがこの少女の名であり、志乃が去年雪山で助けたあの妖怪の子であった。色々あったが今ではすっかり懐いてしまい、時折この神社へ遊びに来る。刀を持っていただけあって剣の腕前は中々のものだ。


(普通妖怪は神社に居づらい筈なのに、一体どういうことかしら……)


 内心やれやれと思いながらも、志乃はさっき手に入れた封書を開く。目を通そうとすると、咄嗟とっさにイロハも後ろから志乃に抱きつき覗き見る。


「何て書いてあんだ? 小汚ねぇ字だきとホントに偉い人間が書いたんけ?」

「関係の無い人は読めないように書いてあるの。盗られても大丈夫なようにね」


 志乃は一通り目を通すと封書を仕舞い、妖怪討伐の準備を始める。


「昨晩また子供がさらわれたらしいわ。今度は見ていた人もいるみたい。まさか私のところまで依頼が回って来るなんてね」

「見てた人間がいんのに犯人わがんねぇんけ?」

「見てたのが酔っ払いだったそうよ。大きな影が空に消えるのを見たってあるけど、手掛かりはこれだけ。今回の事を含めて攫われたのはみんな子供ね」


「ここいらに人喰うような妖怪いたんかな? においとかしねがったきと」

「新手の妖怪で目的が他にあるのかも知れないね」


 色々に落ちないイロハであったが、ふと志乃が神社にいない時に参拝に来た老人のことを思い出した。文字通り神にもすがる思いで必死に祈り、力なく去る後姿が印象的であった。今思えば攫われた子供の身内だったのだろう……。


「オラもいくだ!! 悪い妖怪、とっちめっぺ!」

「早速今晩その妖怪を探しましょ。何度も同じ集落を狙ってる、また現れるわ」


 二人は妖怪退治に出かけるべく、夜を待つことになった。

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