サーバルちゃんは仮死ごっこに興味を持ちました

バークシー

サーバルちゃんは仮死ごっこに興味を持ちました

 「今日も雨だねー、かばんちゃん」

 「そうだねー、サーバルちゃん」

 とりあえず今の状況をかいつまんで説明した方が親切だしボクもその方がいいと思うのでそうするけど、ボクとサーバルちゃんはロッジアリツカに遊びに来て数日間滞在中だった。もったいぶった言い方をしたけどこれ以上説明のしようがなく、これが全てであり、この一言で済んでしまうことからもわかるように物事は複雑怪奇に絡み合ってなくて、要するに単純明快だった。

 つまりこれから始まるのは取るに足りないある日の出来事であり、語るに満たないあの日の出来事の記憶だ。

 ボクとサーバルちゃんの日常の一ページ。

 いや、一ページと言うほどの内容すら持っておらず、さしずめ一行と表現した方が語弊がなくていいかもしれない。

 「ここに来てからずっと雨。雨雨ザーザー」

 「このロッジに来ると雨に好かれるみたいだね、ボクたち」

 ボクは初めてロッジアリツカを訪れた時のことを思い出す。

 「退屈だよー、せっかく昼間は外で遊ぼうと思ってたのに」

 「ロッジの中の探検はだいたい終わっちゃったからね」

 すると、ベッドに座って足をブラブラさせていたサーバルちゃんが何か思いついたように声を上げた。

 「そうだ、この際ロッジの中でもいいや! かばんちゃん、狩りごっこしようよ!」

 「え、屋内でやるの? ちょっと無理があるんじゃないかな」

 サーバルちゃんが暴れ回ったらロッジ内に置いてある備品を色々壊してしまいそうで怖い。

 「大丈夫だよかばんちゃん! 狩りごっこはね、いつどんな時でも全力でやるのがルールなんだから!」

 それだと屋内でやっても問題ない理由の説明になっていなかった。

 「うんまあ、狩りごっこはいいとして、いや、よくないけど。んー…………あ、そうだサーバルちゃん、それなら狩りごっこの代わりに仮死ごっこをやるのはどうかな」

 ボクは若干一秒で適当に思いついた謎の遊びを提案する。

 「かし? なにそれ! よくわからないけど面白そう! かばんちゃん、どうやって遊ぶの!?」

 思ったより食いついてきた。

 「それじゃあサーバルちゃん、これからボクのすることをよく見ててね」

 ボクは彼女に向かって実演してみせる。

 「まず床にバタッと倒れる」

 「うんうん!」

 「それからじっと動かないようにする」

 「それでそれで!」

 「………」

 「かばんちゃん?」

 「いや、これで終わり。要するに死んだフリだね」

 「思ったより面白くなかった!」

 しかもただのダジャレときている。でも提案した以上、ボクはこの遊びに責任を持っているので何とかフォローを入れてみる。

 「終わりなんだけど、見た目以上に奥が深くてね、こうしてじっとしてることで自分自身の精神を集中させて自己内面と対話していくんだ。それを進めると、自分は何でこんなことをやっているんだろう。そもそも自分とは何か、他者とはどういう存在か、世界は誰の意志によって作られたのか、そんな哲学的な思索の領域に自然と入っていけるんだよ」

 「うーん、なんか難しいね」

 ボクも言ってて訳がわからなくなってきた。

 「ところでかばんちゃん、仮死ごっこはどうやったら勝ち負けが決まるの?」

 「まあ自分との戦いみたいなものだから特に勝敗は……あえて言うならどっちが長く死んだフリができていたかを競う遊びかな」

 「なるほどー! それならわたしにもわかるよ! 仮死ごっこってすごく考えられた遊びなんだね! さっきはそれほどでもなかったけど、やってみたら案外面白い気がしてきた!」

 サーバルちゃんはボクの言葉に混乱して正常な判断ができなくなっている気がする。

 「じゃあかばんちゃん、早速やってみようよ! どっちが上手に死んだフリができるか勝負だー!」

 言うが早いか、彼女は腰掛けていたベッドの上に立つとそこから勢い良く飛び跳ね、両手足を大の字に広げながらボクの頭上を高々と舞ったかと思うと、次の瞬間にはそれこそ床に穴が開くんじゃないかと心配になるぐらい豪快な音を立てて落下した。

 「う”っ!」

 打ちどころが悪かったのか、サーバルちゃんは低い呻き声を上げてそのまま動かなくなった。というか何でわざわざ飛び跳ねたのだろう。

 「サ、サーバルちゃん、もうちょっと静かに倒れても大丈夫だよ」

 「……」

 返事がない。死んだフリなのかそうでないのかボクには判断がつかなかった。

 「サーバルちゃん……全力で仮死ごっこを楽しもうとしたばっかりに……」

 ならばボクもそれに応えない訳にはいかないだろう。

 「うぅ~……」

 ボクはサーバルちゃんに負けない呻き声を出そうとしたけど失敗し、気の抜けた声を口から漏らしながら床に倒れ込む。

 と同時に、ボクとサーバルちゃんの泊まっている部屋のドアを開けて、中に誰か顔を覗かせた。

 「ちょっと、なに今のすごい音は? またサーバルがやらかしたの?」

 そこに現れたのは何事かと様子を見に来たアミメキリンさんだった。さっきサーバルちゃんが落下した音はロッジ中に響き渡ったのだろう。

 部屋の中の様子を見た彼女はぎょっとして思わず声を上げた。

 「ぎょっ!?」

 そのまんまだった。

 まあボクとサーバルちゃんが二人して床に倒れていたらそれはびっくりすると思う。真っ当な反応だ。

 アミメキリンさんはその場から動かずしばらくアワアワしてたけど、やがて確信を込めた声でこう言った。

 「二人が倒れてる!」

 見ればわかる。

 「サーバル苦しそうな顔してる!」

 おそらくさっきのダメージだ。

 「きっと殺されてる!」

 その結論に至るには必要な思考過程を色々飛ばしている気がする。

 そのまま彼女は慌てた様子で部屋を出ていった。きっとアリツカゲラさんとタイリクオオカミさんに知らせるつもりだ。

 「……」

 起き上がるタイミングを逃して死んだフリを続けてしまったけど、このままだとアミメキリンさんが勘違いで恥ずかしいことになる。早く誤解を解いた方がいいかもしれない。

 ボクは起き上がり、サーバルちゃんに近づいて彼女を抱き起こす。

 「サーバルちゃん、大丈夫? 立てる?」

 「うぅ……あ、かばんちゃん死んだフリしてない……それじゃあわたしの勝ち、かな……?」

 「うん、サーバルちゃんはよくやったよ。間違いなく優勝だから誇っていいと思う」

 ボクは彼女の腕を持ち上げて勝利のポーズを取らせる。

 「わ、わーい……」

 「それでサーバルちゃん、早速で悪いけど、一緒にアミメキリンさんのところに行って誤解を解こう。そうしないとアミメキリンさんはロッジアリツカのお騒がせ者として不動の地位を築いてしまい、最悪の場合ウソツキリンさんに改名しなきゃいけなくなる」

 元はと言えばボクの提案した遊びが原因で引き起こした事態だ。ボクも心苦しい。この遊びはこれ以上犠牲者を出さないために封印した方がいいのかもしれない。

 「ごめんねサーバルちゃん、きつかったら休んでてもいいけど……」

 「ううん、よくわからないけどアミメキリンが大変なんだね! 早く探さなきゃ!」

 友達の危機を察したサーバルちゃんは脅威の回復力を発揮し飛び起きると、勢い良く駆け出していった。

 そんな彼女を見て、ボクは一人呟く。

 「……サーバルちゃんらしいな……」

 これがボク達の日常。

 騒いで、笑って、助け合って。

 みんな仲間で、のけ者はいなくて。

 どこまでも優しくて。

 こんな日々がいつまでも続いて欲しい。

 ボクはそんな。

 そんなありきたりな願いを。

 でも、ボクにとっては大切な願いを――

 「かばんちゃーん、早く早くー!」

 「……うん! 今行くよ、サーバルちゃん!」




 終

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