第三話 猿知恵
空港に降り立ち、何をすればいいか分からなかったので、まず同じ飛行機に乗っていた日本人の後ろを付いていき、確か入国審査・荷物受け取り・両替・税関という道順だったのは覚えている。極力親切そうな顔立ちの日本の方についていって、順番前に分からないことを申し訳なさそうに質問をして、いろいろと教えてもらったのでスムーズであった。今となっては顔も名前もあやふやであるが、あの方が教えてくれなければ何もできなかっただろう。今も感謝している。
そして出口前にはプラカードや段ボールに人名を書いた人々が集団となっていたので、僕の名前を書いた人を探した。ここまでは実にスムーズであったので、このからもスムーズに留学先へと行けるだろうと楽観視していた。残念ながらそのようなことはなかった。
僕の名前や大学名を探した。端から端へ。何往復もして。
しかしながらどれもこれも僕の名前や大学名を書いたものはなかった。そう断定したのは現地時間で夕方4時を過ぎた頃であった。空港に到着したのが2時間過ぎであるが、実に2時間も探していたのである。
そして僕は途方にくれた。
教授に連絡しようとも国際電話のかけ方はわからないし、ここからどこかへ行こうにもバスや電車がどこまで行くかもわからない。日本人らしき人々も周りには既におらず、日本語も使えない。上海へ到着してすぐに迷子であった。
しかし途方にくれても事態は解決しない。どうにかしてここから動かねばと思った僕はその時、ひらめいた。日本語がダメなら次に少しだけでも喋れる英語で聞けばいいのではないかと。ビジネスに来てそうな白人の方であれば英語が通じるであろうと。今となってはただの猿知恵であったと思う。
そして僕はいかにもビジネスマンという感じがする、優しそうな顔の白人のおじさんに、意を決して英語で尋ねた。
「イッ、イックスキューズミー。ア、アイウォント――」
なけなしの語学力でかけた言葉は、優しそうな白人のおじさんの顔をゆがませた。そして彼はとてつもなく申し訳なさそうにある言葉をつぶやいて去っていった。この言葉は今でも鮮明に覚えている。
「Sorry,I'm German」
僕は途方もない馬鹿者であった。僕の小さな世界では、白人の方はアメリカ人やオーストラリア人、イギリス人など英語を喋れる方々と思っていたのだ。英語は世界語。そのような錯覚に囚われていたのだ。
あの時の申し訳なさそうな顔は生涯忘れることができない気がする。
しかしながら一つのミスでは
日本国総領事館である。ここであれば語学力ゼロであろうとも、たぶん日本語は通じるし、助けてもらえるだろうと。そしてタクシーの運転手に旅行ガイドを見せて目的地を指させばいいのではないかと。
またも猿知恵ではあったが、当時の僕はともかく行動しなければと思っていた。見知らぬ地でこのままでは野宿をする羽目になるのではないかと。
そこからの行動は早かった。近くのタクシーに乗り、旅行ガイドを見せ、ここへここへと必死に指差し、中国のお金を見せて、行ってくれと言わんばかりに前へ前へと指さした。
タクシーのおじさんは英語で何か言っていたが、ろくに英語を勉強していなかったので理解できずに、とにかくゴーゴーと僕は言っていた。
そして、タクシーは発車した。
しかしながら、その期待はまたしても期待なだけであった。
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