第2話

 長方形の物体が背比べをするように天に向かって伸びている。

 その長方形の物体――ビルの外にも中にも多くの人間がいる。

 ビルの中の人間はずっと机に向かっており、外の人間は皆どこに向かっているのか早足だ。

 ビルの屋上その端っこのフェンスを越えたところに黒いマントが腰かけていた。

 

 ……忙しい。最近自分の仕事が増えている気がする。

 俺は手に持っている紙をもう一度見た。

 手紙みたいなそれは俺宛に送られてきた指令だ。

 便箋には今日中に冥界に送る人間の名前が書かれている。

 俺は溜息をつきつつも横に置いていた大鎌を手に立ち上がる。


 ――死神。

 一般に死神というと人を死に誘うという神……まぁ、生きている人間から魂を取り出す神と思われているかもしれない。

 しかし、それは間違っていると言っていい。

 確かに俺たち死神は魂を冥界に導くが、生きている人間から魂を抜き出すことはしない。あくまでも死んだ人間の魂を導く。

 そもそも死神と呼ばれていても神というほど偉くもないし、不死でもない。死神にも死はあるし、死んだら希望するものに生まれ変わる。死に方が人間とは違うだけ。

 人間は事故などで簡単に死ぬが死神が事故にあって死ぬことはまずない。だから不死と言われるのかもしれないが。

「あの大鎌で死神も殺せるんじゃないの?」と思う人もいるかもしれないが、あの大鎌はほとんど使われることがない。つまり、ただ持っているだけ。はっきり言って邪魔なものでしかない。

 死神が死ぬとき、それはその死神自身の務めが終わる時だ。仕事を真面目にするかしないかで人間に生まれ変われる時期が変わる。

 俺は指令書から眼下の人間の群れに目を移した。

 人間たちは相変わらずせかせかと動いている。

 彼らは今を生きてて楽しいと感じているのだろうか。見ている限りそうは思えない。

 俺は頭の中でぐるぐると答えのない問いを考えていたが、首を振りそれまで考えていたことを振り払う。

 そして再度指令書に目を落とす。

 6人。

 そこには今日冥界に送る人間の名前が書かれていた。


 夕方。

 俺は指令書に書かれていた6人の人間の魂を冥界に送り終え、上空から街を眺めていた。

 その時、少女の霊が通り過ぎた。

 死神の間では霊を見たら放っておかずに、たとえ他の死神の担当になっていようと冥界へ送ることになっている。担当者へは本部から連絡がいくシステムだ。

 だから少女に話しかけた。

「おい、ちょっと待て」

 少女は止まり、振り返った。

 よく見てみると、少女はまだ死んだわけではなさそうだ。

 俺の姿を認識した少女の目は大きく見開かれる。

「死…神…?」

「よく知ってるな……ってこれを持っていたらわかるか」

 大鎌を少し持ち上げる。

 少女はうつむいてか細い声で聞いてきた。

「私を連れて行くの?」

「別にそうしてもいいが、今はその時ではない」

「え?」

 少女は顔を上げた。驚いた顔をしている。

「君はまだ完全に死んではいない。ということは、君はまだ生きることができるということだ。それに俺にはまだ君は生きたいと思っているように見える」

 少女はまっすぐ俺を見る。

「私は、生きたい、です」

 俺はうなずく。

「そうか。君の体は今どこに?」

 少女は真下にある白い建物を指差した。

 そこは病院だった。

 俺は少女をその病院の彼女の体のある部屋まで送った。


「ここまで来ればもう大丈夫だろう。戻り方はさっき教えたとおりだ。何かわからないことは?」

 少女は首を横に振った。

 俺は疑問に思っていたことを聞いてみようと思った。この少女はこの場所にいても生きることを楽しいと思っているのだろうか。

「一つ俺の方から聞きたいことがあるんだが……君は生きてて楽しいか?」

 少女はそんな俺の質問に真面目に答えてくれた。

「うん、楽しいよ。私ピアノ弾いてるんだけど、新しい曲が弾けるようになるのが嬉しいんだ。レッスンとか厳しくて辛くて泣きたくなることもあるよ。でもね、だから新しい曲を弾けるようになるのは楽しいの!」

 満面の笑みだった。目がきらきらしている。

 あぁ、人間というものはこんなにも綺麗なのか。

「そうか、引き留めて悪かったな」

 俺は少女に背を向けて去ろうとした。

「死神さん」

 今度は少女が俺を引き留めた。

「なんだ?」

「また死神さんに会える?」

 思いがけない問いだった。

「死神にまた会えるか聞くなんて変わった奴だな。君が死ぬとき俺はきっと死神をやっていないだろう。人間に生まれ変わっているだろうからな。君のおかげで人間に生まれ変わる決心がついた。……ありがとう。俺が人間になって、もし君に会えたとしても、その時君が何歳になっているかはわからない。お母さんの歳になっているかもしれないし、最悪君は死んでしまっているかもしれない」

 俺が答えると少女は微笑んだ。

「そっか……。でもね、私死神さんとはまた会える気がするんだ。だから、またね」

 いったいその自信はどこからくるのだろうか。俺までまた会えるんじゃないかと思えてくる。

 だから俺も言った。

「あぁ、またな」

 人間に微笑みかけたのはいつぶりだったろうか。とても久々でちゃんと笑えていただろうか。

 そして少女は自分の体に俺は人間に生まれ変わりに行った。


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