第11話 世界銃とは何なのか。どんなことができるのか?①


「ここに、一冊の本がある」


 僕の本棚から一冊の小説本を抜き出すと、鏑はそれを持って部屋を出た。

『未来都市ユートピック・ワールド』――2200年の地球が舞台。ぴっちりしたボディスーツを身に着けた主要登場人物たちが、高層ビルの立ち並ぶ未来都市を、空飛ぶ車に乗って駆け回る――レトロフューチャーと言うのだろうか、ちょっと古めのSF小説だ。「SF好きを名乗るなら読んでおけ」という評判を見て買ったけど、正直なところそんなに面白いとは思えなかった、そんな古典作品である。

 まっすぐ外へ出た鏑は、玄関先に停めてある父さんの車の脇で立ち止まると――

 僕のほうを振り返る。


「言ってみれば、私たちは。『現実』という世界を舞台に展開される、『現実』という物語の登場人物。……ここまでは、わかる?」

「……わか……る、よ。……たぶん」


 何が言いたいのかはよくわからないけど、言っていることの意味はわかる。……たぶん。

 鏑は、ついひと月ほど前に買ったばかりの父の新車を指さした。


「となると、この車は『現実』という世界に存在する車。『現実』という物語に登場する車、ということになる」

「……うん」

「では、その車をこの拳銃で撃ち抜くと何がどうなるか」

「――うん!?」


 鏑が左手に本を掲げると――『未来都市ユートピック・ワールド』は、突如真っ白な光を放ち始めた。

 三百ページ十万字超の厚みを持つ文庫本。それが少しずつ透けていき、やがてガラスケースのように透明な箱だけが鏑の手元に残る。

 空いた右手で鏑が拳銃を手に取ると、それが合図だったかのようにガラスケースは粉々に砕けた。

 羽虫の群れが一斉に飛び立つかのごとく。

 黒々とした、無数のインク文字が泳ぐように宙を舞う。

 すっと鏑が手を差し出すと、宙を舞うおびただしい量の文字は一斉に、鏑の手の中へと飛んできて――鏑の手のひらの上で、真っ黒な、一発の弾丸を形作った。


「『未来都市ユートピック・ワールド』を、"世界弾"として"世界銃"に装填。これであの車を撃つ」

「せ……せかいだん?」

「そう。世界銃せかいガン世界弾せかいだんを装填する」


 やけに手慣れた様子でシリンダーに弾丸を込めた鏑は、それが何でもないことであるかのように、父の車めがけて発砲した。

 弾丸はフロントガラスに吸い込まれて消え、直後、波打つ水面のように車の表面がぶるんと震えたかと思うと――車は、めきめきと変形を始めた。


「世界弾が撃ち抜いたものは、

「…………」


 父の車が、スーパー戦隊のロボットみたいな変形を見せている……。


「この車は本来、『現実』という物語に登場する車だった。けれど、『未来都市ユートピック・ワールド』を世界弾として撃ち込んだことにより……」


 がちゃん、がちゃんとトランスフォーマーばりの滑らかなフォームチェンジを果たし、やがて、僕の父の車は――


「この『現実』という物語に登場する人や物の中で、今、この車だけが、世界観を書き換えられて……"『未来都市ユートピック・ワールド』の世界に存在する車"、となった」


 普段道路で見かける車のフォルムとは似ても似つかない、やけに丸みを帯びた形状。

『未来の車』のイメージ像をそのまんま形にしたような、いかにも空を飛びそうな車がそこにあった。


「……鏑」

「なに?」

「……これは……あの、……戻せるんだよね? 元に……」

「もちろん」


 鏑がぱちんと指を鳴らすと、車はまばゆい光を放つ。

 目がくらんだ一瞬の間に車は元の形に戻り、手元に戻ってきた『未来都市ユートピック・ワールド』の本を僕に手渡すと、鏑は家の中へ戻った。

 父になんと説明すれば、という僕の心配は杞憂に終わり。僕の部屋に戻ってきた鏑はベッドにちょこんと腰かけて、僕はそれと向き合うように座布団に正座する。


「なお、"世界弾"の材料は今みたいな小説に限らず……漫画でも、ゲームでも、物語のある創作作品であれば、なんでも構わない」

「ええっと……ということは」


 おずおずと手を挙げる僕に、どうぞ、と鏑は教師のように応じた。


「今まで、いろいろやってたのって……あれはつまり、……ゲームだったの?」

「その通り。……勝手に借りた」

「いや、それはまあ、いいけど……」


 本棚の一角、ゲームソフトを乱雑に突っ込んでいる棚から、ややマイナーなRPGの名前――『ゼータ・ファンタジア』と表面に書かれたパッケージを抜き出す。開けてみると、中にはディスクが入っていなかった。

 鏑のほうを見れば、――『ゼータ・ファンタジア』と表面に書かれたディスクを、ひらひらと振っている。 

 藍原さんから逃げる間、鏑はナイフに向けて銃を撃った。


「『ゼータ・ファンタジア』を世界弾にして、あのナイフを撃ったことで……"『現実』世界のナイフ"が、"『ゼータ・ファンタジア』世界のナイフ"に変わった。装備アイテムのひとつ、ダガーナイフに」

「それで合ってる。……呑み込みが早いのは助かる」


 ぱちぱちと気のない拍手を送る鏑に、僕は首をかしげる。

 鏑は他にもいろいろ撃った。


「……コンビニ撃ってたじゃん?」

「"『現実』世界のコンビニ"が、"『ゼータ・ファンタジア』世界のコンビニ"に書き換わる」

「……と、どうなるの?」

「RPGにおけるコンビニとは、つまり道具屋。あのとき、あのコンビニは……"『ゼータ・ファンタジア』世界の道具屋"になっていた」

「じゃあ、財布を撃ったのは……」

「当然、財布も"『現実』の財布"から"『ゼータ・ファンタジア』世界の財布"に書き換わる。つまり中のお金が日本円からゲーム内通貨に変わる」

「五千円が五千ゴールドになる、みたいな……?」

「違う。『ゼータ・ファンタジア』の通貨はギル」

「……律儀だね」

「でないと買い物ができない」


 道具屋ですることなんて他にないだろうが、それにしてもどうやら鏑はあのとき買い物をしていたようだ。あの状況で。大マジに。


「そこで攻撃用アイテム……『サラマンダーの息吹』を買って、使った」

「ええっと……ボムのかけらとか、南極の風みたいな」

「そう。それでピンチを切り抜けた」

「……えっと、お金払ったほうがいいかな」

「別に。……巻き込んだのは私だから」


『使用すると相手に火属性の小ダメージを与える』とか、そういう系の使い捨てアイテムだ。使いきりだからと出し渋るうちに存在を忘れられてしまい、結果終盤ごろにはもはやダメージソースとしてはまったく期待できないにもかかわらず無駄にアイテム欄に残っていたりする。

 そんなだから、プレイ中にお世話になった記憶はあまりないのだが――まさか現実世界で命を救われることになろうとは。いったい何がどうなっているのかといまさらのように頭を抱え、

『小細工ばっかり上手だよね』という藍原さんの呆れた声が、頭の中に蘇る。


「救急箱も同じ理屈で、けど、あれは少し賭けだった」

「……というと」

「回復アイテムが普及しているRPG世界の救急箱には、ポーションが常備してあるんじゃないか。そういう読みで撃って、成功した」

「……」そういうものだろうかと思ったが、実際にそうなった以上はそういうものということでいいのだろう。たぶん。

 つまり、あのとき血まみれになっていた鏑は救急箱から手にしたポーションでHPを回復したわけだ。……現実の人間に『HP』なんて単語を使う日が来ようとは。

 鏑は心なしか得意げな顔をしていて、おおよその種明かしはこれで済んだ。

 ――大きな疑問をひとつ除いて。


「……藍原さんは、自分を撃ったんだ」


 途端に鏑は表情を消し、僕はその瞳をまっすぐに見据えた。

 今までは、不思議なことが多すぎて何を聞けばいいかわからなかった。

 でも、もうそんなことを言ってられるような状況ではない。


「教えて、鏑。この拳銃は、結局どういうもので……鏑は今、……どういう状況?」


 数秒の沈黙があって、鏑は何も言わずに立ち上がった。

 部屋を出て、階段を下り、洗面所へと向かうその背中を、僕は追う。

 洗面所の鏡の前に立つと、鏑は腰の拳銃を抜いた。

 シリンダーの上あたりで緑色のホログラムスコープが立ち上がり、

 隣に並んだ僕に、鏑は銀の拳銃を差し出した。


「覗いてみて。……スコープ」


 鏡を指して言う鏑に従い――僕は、鏡に映る自分の顔面に、銃口を向けてみる。

 そして緑色のスコープを覗き込んで、


「……あれ!?」


 すぐにスコープから目を外して、鏡を直に見つめてみた。

 当然、自分の姿が映るのみ。

 でも、スコープを通して見てみる、鏡の中の自分の身体には――

 左胸のあたり。心臓のあたりに、弓道の的みたいなターゲットマーカーが張り付いていて。


「仮に、『ゼータ・ファンタジア』を世界弾として、紘一を撃ったとする。その場合、紘一は"『現実』の登場人物:首藤紘一"から、"『ゼータ・ファンタジア』の登場人物:首藤紘一"に、世界観を書き換えられる」


 その的には――緑色に燃える細い炎が、文字を描いている。

 ――『mob character』と書かれた、文字。


「ただし、物ではなく、人を撃つ場合は……『役柄』が、ここに影響してくる」

「……『役柄』?」

「そう。現実世界での役柄をそのままに、世界観だけが書き換わる」



 ――――"敵"なんだよ。"悪役"。

 ――――言ったのにね。あたしは、悪の魔法少女なんだ――って。



「この銃の所有者……元締めの連中は、この世界の『主人公』を探してる」


 藍原さんの左胸に浮いていた、紫色の炎――『Villain』の文字が。

 瞬きをするたび、瞼の裏に浮かぶようだった。

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