【魔法少女】モブキャラ首藤くん

第9話 転校生はヤクザな魔法少女


「ふつうの高校生はさ、そりゃ拳銃出されりゃビビるよ。でもビビり方がなんかおかしいね。ちょっと違う反応混じってない?」


 まっすぐ額に向いた拳銃――藍原さんは、静かに撃鉄を起こした。


「見たこと、ある?」


 シリンダーの少し上あたりで、青色のホログラムスコープが立ち上がる。

 いまさらのように冷や汗が噴き出した。

 これは拳銃。拳銃なのだ。当たれば人を殺せる武器で、普通の高校生の日常には、たぶん、決して出てこないもの――

 ほぼ無意識に台詞が滑り出た。


「その、銃……えっと、なんていうか」

「なーに?」うたのおねえさんのような合いの手だった。

「……本物の銃じゃ、ないでしょう……?」


 あれが鏑の持っていたのと同じものだとして、それならあの銃はたぶん本物ではなかった。おもちゃというには不思議すぎたし、殺傷能力の有無もわからないけど――

 俺は事情を知っているんだぞと強がれば。向こうも、迂闊な真似はできないんじゃないかと。

 そう思ったのだが――藍原さんは、感心したような声を出した。


「あ、結構知ってるじゃん! ならあんまり遠慮しなくていいやつだよね」


 死ぬほど墓穴を掘ったことに気づいて一瞬で血の気が引いた。

 が、そこで藍原さんは拳銃を真上に放り投げた。

 そして、くるくると回転しながら降ってくる銃を、両手でキャッチすると――

 まっすぐ両腕を突き出して、拳銃を、逆向きに構えた。


「……?」


 僕のほうに突きつけられているのは、拳銃の尻。

 銃口は、まるで自殺でもするかのように――藍原さん自身の胸を向いている。

 藍原さんは意地の悪そうな笑みを浮かべると、

 親指で、引き金を押し込んだ。



 銃声――



 弾丸はちょうど心臓の位置に着弾した、ように見えた。

 が、飛び散ったのは鮮血ではなく――紫色の炎。

 ちょうど心臓の周りにひとまわりぐるりと油をひいて火をつけたように――

 左胸、制服の胸ポケット周辺を紫色の炎が走り、はじけた。


「なんか、気の利いた呪文みたいなの、言えればいいんだけどね」


 紫炎は弓道の的のような多重円を描いていた。

 心臓の位置に浮かぶ炎の的、撃ってくれと言わんばかりのその的に――

 炎の文字が、一文字ずつ。浮かび上がっていく。


「でも、残念。この漫画、変身の呪文とかそういうの、ないんだよね。とはいえ、気分は出したいので……」


 V、i、l、l、a、i、n――『Villain』。

 くるくると手の中で拳銃を回し、藍原さんは銃をポケットに差した。そして空いた右手の親指と中指を合わせ、バチンと派手に指を鳴らし、叫んだ。


「――変身!」


 左胸の紫炎が噴き上がり、藍原さんの全身を覆う。

 卵が割れるように炎がはじけて消え、再び姿を現した藍原さんは――なぜか髪の毛が真っ白になっていて、漆黒のゴシックドレスを身にまとっていた。

 アニメの中でしか見たことがない、魔女が着るような黒ドレス。でも、何より僕が驚いたのは、突然の衣装チェンジよりも――藍原さんの右手に握られている、藍原さんの身長よりずっと大きな――鎌。ぬらぬらと濡れたように光る真っ黒い鎌。

 こつん、と鎌の刃先が地面を突いたその瞬間。

 白い紙に垂らした墨汁が、またたく間に紙全体を黒く染め上げていくように――

 ――空の色が、一瞬のうちに紫色に塗り替わる。

 周囲から人の気配が消えた。


「そーいうわけで、改めて質問です」


 丸く黒い無数のシミがアスファルトにぶわりと広がった。

 ドブ川のように淀んだその黒から、理科室の人体模型みたいな骸骨が何体も這い出してくる。カタカタとひとりでに動く上になにか黒い瘴気を漂わせてすらいる、邪悪な人体模型――


「灰塚鏑の居所。教えてくれないかな?」


 ――に、気を取られているうちに。

 いつの間にか、僕の首元には鋭利な鎌が突きつけられていた。

 藍原さんは変わらずにこにこ微笑んでいるけれど、あまりに奇怪な衣装と状況、その笑みはかなりうすら寒いものに映る。そんな彼女の背後に控える無数の骸骨、首筋にぴたりと添えられた鎌。


 あのあと鏑がどこに行ったかなんて僕も知らないのだが。

 ――何がどうなって鏑はこんな得体の知れない女に追われている!?


 答えようもなく黙っている僕に、藍原さんは小首をかしげてウインクをひとつ飛ばした。

 それが合図であるかのように、一匹の骸骨が僕をめがけて一歩踏み出す。

 何をされるのかと全身に悪寒が走った次の瞬間、



 どこからかくるくると回転しながら飛んできた銀色の刃物が、骸骨の首を跳ね飛ばした。



「……え?」


 硬質な金属音とともに、落ちてきたナイフはきれいにアスファルトへ刺さった。そのへんのお店じゃ買えないのが明らかなほどに刃渡りの大きなナイフ。

 藍原さんは一瞬だけ目を丸くしたけれど、その瞳はすぐにうんざりしたような色を湛えて、僕――ではなく、僕の背後に目をやった。


「……年頃のお嬢が投げナイフとか。もうちょっとおしとやかになれないかな」


 途端、右腕を乱暴に掴まれ、僕の身体は強く後ろに引かれる。ひっくり返りそうになりながら、僕は――


 ――僕と入れ替わりに前に出た鏑が、足元に煙玉を叩きつける瞬間を。

 はっきりと、目に焼き付けた。

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