第8話 物語を大きく動かすのは悪役の仕事である


 胆座無人著、『魔法学校にコネ入学したはいいけど、定期試験が突破できなくて死にそうです⑤』――集めているライトノベルの新刊がちょうど今日発売だったので、それを買って店を出た。

 で、あとはもう普通に帰ろうとしばらく歩いたところで。


「あ」

「おっ」


 転校早々、こんなところで何をしていたのかは知らないが。

 歩道の柵に腰掛けていた藍原さんと、ばったり出くわした。


「……、……。…………」


 ひょいっと柵から立ち上がると、藍原さんは口をパクパクさせながら、よくわからない身振り手振りとともに、僕のほうへ歩み寄ってきて――


「……そういえば、名前知らないね?」


 苦笑しながらそう言われたので、首藤紘一ですと名乗った。しゅとーくんねしゅとーくんと繰り返して、いい名前だねと笑ってくれた。

 光則とあれやこれや話をしていたそばから本人と遭遇。なんとはなしに、気まずい空気。

 適当に会釈のひとつでもして帰ってしまおうと思ったのだが、藍原さんのほうはにこにこと微笑みながら僕の前に立っている。

 僕のほうもぎこちない愛想笑いを返して、さりげなく藍原さんの脇を通り抜けて帰ろう――と、一歩踏み出した瞬間。藍原さんもさりげなく、さりげなく僕の進路を遮るように、横に一歩動いた。


「……」

「……」


 藍原さんは微笑んでいる。


「えっと……一人ですか?」

「そ。待ってたんだ」

「はあ、待ってた……」

「……」

「……」

「……なっ、んでそんな緊張してんの!」


 どうすればいいのかわからず突っ立っていると、藍原さんは心底おかしそうに笑いながら僕の肩をバシバシと叩いた。


「あたし転校生なんだよ。まだこの街に来たばっかりのー、友達も知り合いも誰もいない。寂しい転校生なんですよー。ちょっとくらい話付き合ってくれてもいいじゃんねー? 人情、人情!」

「はあ……」


 ちょいちょいと指で僕を招いて、藍原さんはまた歩道の柵に座った。

 よくわからないが、さすがにこれを無視して帰ったら感じ悪いなというのはわかる。


「えっと、誰か待ってたんですか?」

「うん、誰か。誰かを待ってた。誰でもいいから誰かと出くわさないかなー、って」

「……誰でも?」

「そ、誰でも。誰でもいいから今日ここで出会ったその人が、あたしの運命の人。どうかな?」


 藍原さんは指で銃の形を作ると、それで僕を撃つ真似をしてみせた。というか「ばきゅーん」と口に出して言った。ばきゅーん。このご時世にばきゅーん。

 よくわからない絡まれ方をしている。

 鈍いなあとぼやいて藍原さんは目を閉じた。


「『遅刻遅刻~!』って走ってきた転校生の女の子と、曲がり角でぶつかる……かと思ったら、普通に避ける。『じゃあ、転校生さんの席は……お、ちょうど紘一の隣が空いてるな』って話になるかと思ったら、ふたつ後ろ……」


 指を一本、二本と立てて、そこで再び目を開く。


「ちょっとズレてるんだよね、君」

「……」


 ――なんだろう?


「おかげで、わかりやすくてよかった。……っふふ、いいこと教えてあげよっか」


 いたずらっ子みたいな、楽しそうな笑いを口の端から漏らして、藍原さんは立ち上がった。


「ほんとなら、君はただのモブキャラ。台詞のひとつもない、その他大勢の中のひとり。この世界における君の”役”っていうのは、そんなもの」

「……はあ」

「だから、ほんとなら転校生と曲がり角でかち合ったりとかしないし、席が隣同士になることもない。もちろん放課後に、あたしと二人っきりで出会うなんてことも起こんないはずなんだよね。そういうのは、モブに回ってくるようなイベントじゃないから」


 ――なんだろう。

 光則がしていたのと同じような話を、藍原さんも言っている。

 というか、なんかモブキャラ認定されている。

 これはなんだ、もしかして馬鹿にされているのか?

 考えは、まとまらない。


「でも、君はそこにいたんだ。朝も、学校でも、あと今も。ちょっとズレた形、不完全な形ではあるけど……モブキャラの役を越えたイベントに遭遇してる。なんでだと思う?」


 まとまらないので、そんなふうに藍原さんから聞かれても、答えられるわけがなく――



「――揺らいでるんだよ。君の”役”が」



 後に続いたこの台詞の意味も、理解できるはずがなかった。


「君本人は普通なんだけど、君の近くに普通じゃないのが現れた。一生人並みの日常の中で生きるはずだったモブキャラが、おもいっきり非日常を生きてる存在と、接触して……”普通”の枠からはみ出した」


 ぱちん、と手を叩く音がした。

 いただきますの姿勢で、藍原さんは胸の前で両手を合わせる。それからちょっと小首をかしげて、目を細めてやわらかく微笑むと――



「――灰塚鏑。今どこにいるの?」



 鏑。

 灰塚鏑。

 ―――鏑!?


「たぶん匿ったんじゃないかなって思ってるんだけど、どう? 当たり?」


 まったく声のトーンを変えずに藍原さんは続けた。

 ――なんで、この人から鏑の名前が出てくる!?


「突然現れたミステリアスな女の子、追われている女の子を匿う――そんなイベントがあったから、だから君の主人公度数は一気に跳ね上がって、それで転校生のあたしとすれ違ったわけだよ。といっても元がモブだから、所詮モブはモブっていうか、主人公には程遠いけど。……違うかな?」


 ずい、と一歩踏み込んで首をかしげる。妙な迫力を感じて、僕は一歩下がる。

 さらに一歩、距離を詰めてくる。


「違うかな? 美少女転校生ヒロインと曲がり角で出会うのは、やっぱりそのお話の主人公でしょう! ……あ、でも、あれだった」


 そこで藍原さんは腕を組んで立ち止まった。

 片手を頬にやって、何事か考えるように目を閉じる。


「あたしは美少女転校生だけどー、でもヒロインではないんだよね。残念なことに――」


 うんうんと頷いてから、それから、ポケットに手を突っ込んで、そして――



「”敵”なんだよ。”悪役”」



 ――――銀色の、拳銃を。

 取り出して、銃口を僕に向ける。


「灰塚鏑。どこだよ?」


 声の調子はそのままだけど、口調がちょっと変わっていた。

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