第7話 モブと主人公の器の違い
「マジで言ってたの? マジで?」
「うん。遅刻遅刻~ってマジで言ってた」
「曲がり角?」
「曲がり角」
「で、ぶつかった?」
「避けた」
「そうか。惜しかったな……」
「……惜しいかなあ……?」
そんなわけで放課後だ。
朝、一瞬だけ話はしたけれど、その後何があったわけでもない。特に変わったイベントもなく、僕は光則と帰路についていた。
藍原さんはああいう人だ。自己紹介の一幕そのまんまの人だ。そんなだから、休み時間は男女問わず質問攻めにされていて、あっという間にクラスに馴染んだ。
そんな人気者の彼女と事前に接点があったらしいということで、僕もひそひそと噂をされた。なぜあいつが? 何があった? そんな空気はあったのだが。
クラスのムードメーカー的な男子が何人か、休み時間にやってきて――
「なあ。なあ、首藤ちゃん。首藤ちゃんよ。なに? もしかして首藤、藍原さんとなんか知り合いだったりする?」
「あー……朝ちょっと、来るときに会った。道わかんないから教えてくれって」
「あ、そういう?」
という会話があって、後は誰も僕に事情を聞きにくる人はいなかった。まあ、クラスではその程度の立ち位置だ。
だから、何があったのかを事細かに報告する相手というのはオタク仲間しかいない。のだが、光則も退屈そうにアスファルトを蹴っていた。
「もったいないと思わんか、おまえは」
「なにが?」
「食パンくわえた女子高生が『いっけなーい遅刻遅刻~!』だぞ。リアルで現場に遭遇したんだぞ古典的青春オープニングの」
「食パンはくわえてなかったけど……」
「じゃあフランスパンでもなんでもいいよ。どう考えても物語が始まる感じの流れじゃんこれ。教室でお互い顔を見合わせて『『あー! おまえ(あんた)はあのときの!』』でハモる流れまで行ったんだぞ」
「や、ハモってないけど……」
「そうだよおまえ何テンパってんだよ。あそこはおまえも叫べよ『今朝の!』って。叫ぶところだろうがよ声を合わせて!」
「待って」
「……正直な話、転校生が来るって聞いて俺はテンション爆上がりした。でもその後で爆下がりした。どうせ俺は高峰さんに見向きもされねえ男なんだ。転校生が来ようが隕石が降ろうが俺には縁のない話なんだよ。ラブコメなんて始まらねえんだ……」
「待って?」
どうも光則は例の主人公うんぬんの話を引きずっているらしかった。
「でもな、今朝藍原さんがおまえに話しかけたときは……それもありかなって思ったんだよ」
「……なにが?」
「そりゃショックも受けたけどな。俺もおまえも同じオタクだろうに、まさか、主人公はおまえだったのか!? 俺はおまえにも置いて行かれるのか!? ……って。でもまあ考えてみれば、主人公の気のいい親友ポジションってのもありかなって思い直したんだよ。主人公にはなれないとしても、名脇役ってのも悪くない。そう思った」
「気のいい親友……」気のいい。気のいい……?
「……それがなんなんだよあれは! 結局おまえは道教えて一瞬話しただけで退場して、あとはいつものリア充どもが群がって、結局は転校生も既存のカーストに組み込まれて終わりか! 富の再分配は!? ないのか!? 階層社会は揺るがないのか!?」
「大丈夫?」
たぶん光則はもう自分が何を言ってるかわからなくなっていると思う。
ここは普通に通学路なのだが、光則はまるで人目を気にしない。がなり立てるだけがなり立てると、燃え尽きたようにうなだれてしまった。
「……わかってんだよ俺だって……んなこと言ってっから冴えねえままだってのは……んなこと言ってる暇があったら少しはテメーを磨けってことくらい……」
「わかってたんだ」わかってたんだ……。
「でもなー……。結局俺はそーいう器じゃねーのかなって思うとな、なんかむなしくなる」
「器って」
「たとえば、俺と豊田を見比べてみて。俺も自分を磨きさえすれば豊田みたいになれるのかって考えたとして、おまえどう思う?」
「…………」
「……いや、黙んなや……」
暗い話をしながら歩いていると、いつの間にか駅が見える位置まで来ていた。
シケた、と小さく呟いて、光則は駅のほうへ歩いていく。
「あれ。今日は一回デュエルしてから帰ろうって……」
「やめた。さっさと帰って寝る」
どうも本当にシケているようだ。
仕方がないので、僕は光則のうらぶれた背中にバイバイと告げて、ひとり踵を返す。
「……や、俺は帰るんだけど」
「ああ、僕はちょっと、本屋寄るから」
駅近くにある本屋は、本屋といいつつ一階が新刊・二階が古本・三階がトレーディングカードゲーム・四階がレンタルDVD店という雑多な構成になっている。三階にはカードゲーム用のデュエルスペースなんてのもあったりするので普段よく利用するのだが、今回は単純に本を買いに行く予定もあった。結局僕の行先は変わらない。
「あ、そう……。……んじゃな」
光則は少し寂しそうに見えた。
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