第6話 「「あー!あんた(おまえ)はあのときの!!」」
そして登校してみて驚いた。
このクラスには、よく言う「窓側の一番後ろの席」というのがない。四十人という人数の都合、普通に机を並べても真四角にはならず、『凸』の字みたいに後ろの角が空く。が――
「窓側一番後ろの席」が急に出現していた。
僕の席から見て、ふたつ後ろの位置――そこに、机がひとつ増えていた。
「そういや聞いたか? 転校生来るらしいぞ、このクラス」
「ほんとだったじゃん!」
「は?」
教室に入って席について早々、光則が手招きをするものだから何の話かと思ったら。トンチキな反応を返した僕に、光則は怪訝そうな顔をしている。
「鏑だよ、鏑!」
「灰塚? なんで」
「いや見たって言ってたじゃん光則も。昨日来たんだよ僕の家!」
「え、マジで?」
目を丸くする光則に僕は頷いてみせたのだが、やはり納得いかないらしい。
「……マジで帰ってきたの? いや、なんで帰ってきた? あいつたしか親両方……」
「……あ」
そこだ。光則と僕は小学校からの付き合い――もちろん、鏑とも。
「……えっとさ。鏑って、なんで転校したんだっけ? 覚えてる?」
「どしたのおまえ。なんでそこ忘れんの?」
「いや忘れてないけど。忘れてないけど……なんでだった?」
「……お父さん死んだんだろ。お母さんも」
――光則は、覚えている!
妙なのは父と母のほうなんだと確信を強め、改めて頭を抱える。じゃあなぜ僕の親はあんなこと言った?
答えの見当すらつかない思索は、担任が教室へ入ってきたせいで打ち切られる。
「はい。はーい。静粛に。さてですね、たぶんみなさん噂くらいは聞いていると思いますが……このクラスに、急遽。転校生がやってくることになりました」
教室が一斉に沸き立った。男子ですか女子ですか、イケメンですか美人ですか――担任は必死に制止をかけていたが止まらず、最終的にはブチ切れて「ハードルを上げてやるな!」と絶叫することによって鎮圧した。
「まあな、そりゃまあ楽しみだろうな……。じゃあ俺が何言ってもしょーがないよな……。それじゃまあ、この空気で申し訳ないけど……藍原さん、入ってきてくれる?」
――藍原。
よく考えればわかりそうなものだったが、昨日から立て続けに起こる鏑がらみのイベントのせいで、すっかり印象が上書きされていた。
土地勘、ないって言ってたもんな……。
「――
髪は鏑よりずっと短い。肩にも届いていない短髪、茶髪、いかにも活発そうだ。
丸い瞳は、鏑の鋭いそれと比べると温和さや明るさを連想させる輝きを放っていて、スカート丈は膝よりだいぶ上。
あと、そんなに大きいかっていうとそうでもないんだけど、決して小さくはないというか、つまり……鏑よりは、大きい。
鏑、身長は伸びたと思うんだけどな、胸はそんなに……
……だめだ。すべての基準が鏑になってしまっている。
昨日からいろいろありすぎたんだと頭を振って、黒板を見上げる。
縦にズドンと『藍原微』。『微』の右側に『少女』と付け足して、左側には『not』。ちょっと下に『美』をどかーんと書いて、その右に『少女』。でかでかと二重丸。
わかりやすい自己紹介の黒板はホームルームが終わってもそのままだった。
「えー、じゃあ藍原さんの席は、後ろ……あそこね。空いてる席あるでしょう。あ、視力の関係で黒板が見にくいとかそういうのがあれば……」
「大丈夫です大丈夫です。目悪くなるくらい勉強したことってないんです」
空いてる席というのは、まあ、当然。僕のふたつ後ろに増えた席だ。
クラスメイトたちの視線を一身に集めながら、机の間を歩いてきた彼女は――ふと、僕に目をやって、それから一度手を叩いた。
「今朝の!」もともと大きな目をまん丸くして、びしりと僕を指さす。
「あっ……あー、はい」
「いやー、ありがと。初日から遅刻はなんとか避けたよ。……ふたつ後ろかあ」
よろしくね、と藍原さんはウインクして、それから席に着いた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます