第3話 緑色に光る幼馴染
慌てて鏑を抱えて自宅の玄関を蹴り開けたはいいが、折り悪く父も母も不在! どうしよう!
「待ってて!」
焦り切った僕は玄関に上がってすぐ鏑の身体を横たえると駆けだした。
キッチン居間部屋書斎とあちこちあちこちあちこち漁り倒して、ようやく目当ての十字マーク、救急箱を発見する。
救急箱ごときでどんな処置ができるのかという話だが、他に何も思いつかなかった。
「鏑! 鏑! えっと、えーっと……!」
頭の横あたりで跪いて、とりあえず意識を確認する。
鏑は、わずかに頭を持ち上げ、苦しそうに、ワンピースのポケットへ手をやると――
取り出した”なにか”を、僕に向けて差し出した。
「これ……うって……」
「う、うん!」
震える腕から手渡されたそれを僕はしっかりと受け取って見る。
グリップは木製、バレルは銀色、
レンコンみたいな弾倉が銃身からぽろりとはみ出している、
「……うん?」拳銃だった。どう見てもリボルバー。
"うって"と言うから薬か何かを打てという意味だろうと思ったら拳銃。
本物を知らないが本物のような重量感が手の中にあった。
――なにゆえ拳銃?
――なんだこの拳銃?
「それ……を……」
僕はかなり混乱していた。していたので、もしかしてこれは「楽にしてくれ」という意味ではないかと勘違いして、まず鏑に銃口を向けてしまった。
――鏑はつらそうに腕を上げ、僕が持ってきた救急箱を指さす。
これを撃てということか? 視線を向けると、弱弱しい頷き。
手の中の拳銃に目を落とす――シリンダーには、弾が一発だけ込められている。
何も意味がわからなかった。
わからなかったけど、とりあえず、僕は――
言われるがまま、救急箱に銃口を向けて、引き金にそっと指をかけた。
――本物は反動がすごいと聞く。素人が撃てば肩が抜けると。
それを思うと、まったく手ごたえを感じなかったこの銃は――
本物ではなかったのだろう。
一瞬の出来事だったから、なにかの見間違いかもしれない。
見間違いだったのかもしれない、が、
銃口から飛び出した弾丸が救急箱に着弾した瞬間、
硬い木製の救急箱に弾丸がぶち当たったその瞬間、
救急箱の表面は、ゼリーか寒天のようにぶるんと波立った。
普通の銃ならたぶん救急箱を砕いて木片を飛び散らせ、弾丸は箱を貫通して床にめり込んでいくのだろう。
しかし、まるで水面に弾を撃ち込んだかのように――
弾丸は救急箱の表面にわずかな波紋を立てたかと思うと、箱の中へと吸い込まれて消えた。
撃ったのに箱は壊れていない。手元に反動も感じなかった。
けれど銃声はたしかに聞こえたし、今でも鼻先に火薬の香り。シリンダーを外してみると、さっきあった弾が消えている。
なんだこれはと顔を上げると、救急箱が白くなっていた。
「……」
白く――白く?
さっきまではもっとこう、濃いフローリングの床みたいな茶色っぽい木だったはずなのだが、今ではヒノキのように綺麗な白い木の箱になっていた。
と、いうか。
「……あれ!?」
フタと側面にプリントされていたはずの十字マークが消えている。まっさらな木箱になっている!
とっさにフタを開けると、中に入っていたはずの絆創膏や風邪薬は影も形もなくなっていて――かわりに、青やピンク、色とりどりのガラス瓶がぎっしりと詰め込まれていた。
一本取り出して見てみると、薬瓶よりは香水の瓶に近いオシャレな形をしている。「錬金術師の研究室にはこういう瓶がいっぱい置いてありそう」とか、そんなことを考え――
「そ、れ……」
「わっ」部屋の蛍光灯にかざして見ていると、背後から伸びてきた鏑の手が僕の手から瓶を奪い取った。
一瞬だけ触れ合った肌からはほとんど体温を感じなくて、そんな心配通りの弱弱しい手つきで、鏑はなんとかキャップを外し――瓶の中身を一息に飲み干す。
すると鏑の全身は淡い緑色の光を放ち、
緑色の光!
これがいわゆる『後光がさす』かと一瞬思ったが違う、体内だ。体の中から光っている。光量は『暗いところで光る』レベルのものではなく、全身に緑色LEDが埋め込まれているとでも言わなければわからない。
――七年会わないうちに、幼馴染は発光するようになっていた!
開いた口がふさがらないほどに驚いたのだが、目をぱちくりさせている間に光は自然と消えていた。
鏑はふうと長い息を吐き、けだるげに長い髪をかき上げる。疲れはあっても痛々しさは感じさせないその仕草、ふと見れば服の破れ目もきれいさっぱり消え去って新品のようになっている――
「……え、……え、治った?」
「……ありがと」
「あ、うん……」
鏑は短く礼を言うと、困惑している僕の手に握られたままだった拳銃を、さりげなく、そっと取り返すと、ポケットの中にしまった。
* * *
さて。
父は仕事で遅くなる、母は友達と映画を見に行くと言っていたがまだ帰ってこない――とはいえ、いつ戻ってくるかは不明。なので、
「……」
「……」
玄関先の血痕を掃除した後、ひとまず鏑は僕の部屋に上げたのだが。
非常に微妙な沈黙が生じた。
「えー、っと……」
最初に無理な要求を突き付けて相手にそれを断らせ、その後でもう少しレベルの低い要求を出すと、相手は「一度断った」という罪悪感があるのですんなりと要求を呑む――というセールスのテクニックを、前にネットで見たが。同じ効果が今発揮されていた。
最初に全身血まみれの格好で姿を現して、その後拳銃を手渡し「救急箱を撃て」と言ってみせる。そこからなにか謎の薬を飲んで体を緑色に光らせると、相手は何一つ状況が理解できないので、どこから何を聞けばいいのかまったくわからなくなる――いや、別に同じじゃないな。
僕はひどく混乱していた。
「……あの、鏑」
「……なに?」
「えっと、……髪、伸ばした?」
「……」
「……」
「……うん」
「そっか……」
どう考えても今聞くべきことではないのだが、本当にどうすればいいのかわからなかった。
現在、鏑は血に汚れた肌をタオルで拭きながら部屋のベッドに腰掛けている(ちなみに僕は座布団の上に正座している)。小学校の頃から大して変わっていない部屋の中を、控えめに、ちらちらと見回している。
昔はもっと遠慮がなかった。本棚の漫画は勝手に読むし、ゲームのセーブデータは上書きするし、遊び疲れたら僕の布団で勝手に寝るし、シンデレラごっこをするなら僕は継母・姉・姉・魔女の一人四役くらいは押し付けられるのが普通だし――
「……その、鏑」
――それどころじゃないとは思うのだが。
小五から高二。七年の時を越えて、鏑が今僕の部屋にいるのだと思うと――
何よりも先に、まず言っておくべき台詞があるような気がして。
「まあ……とりあえず、おかえり」
ひとまず場を和ませねばと思い、最初に、こんなことを言ってしまった。
「…………」
「えっと、それで……」
「うん」
「うん?」
鏑はベッドから立ち上がると、床に両膝をつき、僕と目の高さを合わせた。
目が合った。
瞳が揺れた。
のぞき込んだ黒い瞳が、今、たしかに、ゆらりと、揺れたように――
――鏑の両眼だけを見ていた僕は、鏑の全身に焦点を合わせていたなかった僕は、その瞬間、何が起きたのかわからなかった。
「……うん……!」
揺れて見えたのは涙だった。
両目いっぱいに涙を溜めた鏑は、ふらふらと上体を揺らしながら、僕のほうににじり寄ってくると――
がばりと。
がばりと、僕を抱きしめて――僕の胸元に顔をうずめて、わあわあと泣き始めた。
――僕には、小学四年生のころまで幼馴染がいた。
けど、彼女は転校してしまって、離れ離れになって七年。
七年の時を経て、幼馴染はこの街に帰ってきた。
血まみれの姿で。
拳銃を持って。
僕の名前は首藤紘一、花の高校二年生男子。
どこにでもいる普通の高校生だ。
僕は、普通の高校生だ。
だから――もしも普通じゃない点があるとするなら、それはやはり、幼馴染の存在だろう。
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