第2話 幼馴染との運命の再会
帰りの電車に揺られる間――ぼんやりと、考えていた。
――久しぶりに、鏑の名前を聞いた。
僕は普通の高校生だ。どこにでもいる平凡な高校生。趣味は読書(主にライトノベル)と映画鑑賞(主にB級)とアニメ視聴とカードゲーム……まあ、普通のオタクだろう。
もしも普通じゃない点があるとするなら、それは幼馴染の存在。
小学校の四年生まで、僕には幼馴染がいた。真っ黒いおかっぱ頭をさらさら揺らしながら庭を駆ける姿――遠い日の記憶というやつである。
家が隣同士だったというのがあって、小さいころはよく二人で遊んだものだ。
内容は、主にごっこ遊び。鏑は童話が好きだった。
「白雪姫ごっこしよう。わたしが白雪姫で」
「で?」
「紘一は七人の小人と継母と魔法の鏡」
「七人の小人と継母と、……え、ぜんぶ?」
「ぜんぶ。一人九役」
「無理だよ」
「だめ。姫の命令は絶対」
「いや白雪姫そんなキャラじゃなかったでしょ?」
鏑はいつもお姫様役をやりたがって、それはいいのだがなぜか僕のほうにはぜんぜん王子様役が回ってこなかった。鏑の描く王子様像に、僕では役者が足りなかったらしい。
幼い日の、微笑ましい記憶。どこにでもいる普通の高校生である僕に、もしも普通じゃない部分があるとするなら――しいて言えば、この思い出がそれだろう。
でも、鏑は五年生のときに転校してしまった。
転校先がどこの学校なのかは教えてもらえなかった。どこか遠いところ、どこか都会のほう。それだけしかわからなかった。
当時小学生の僕らは携帯も持っていなかったから、連絡先もわからないまま――
思い返せば、寂しい話だ。でも、今日光則から名前を聞くまで、鏑のことなんか忘れていたのも事実。ときどき思い出すことはあっても、常日頃そればっか考えてるわけじゃない。
夜道をひとり歩きながら、考える。
『偶然の再会でも期待しているのか』と光則は言った。そりゃまあ期待することはある。けど、まあ実際は会えないだろうなとも、なんとなく思っている。
離れ離れになった幼馴染と、大きくなってから再会する。
それはフィクションのお約束かもしれないけど、現実はフィクションとは違う。たとえば何かのラブコメ作品。昔結婚の約束をした幼馴染が、その後一切本編に出てこなかったら――フィクションなら伏線の放置だとかシナリオの構成が下手だとか言うだろうけど、現実ではそういうことも普通にあるだろう。脈絡も伏線もないのが現実なのだ。
……いや、まあ、僕らは別に結婚の約束とかはしてないけど……なんて、考えているうちに家の前までたどり着いていた。
なんとなく隣の空き家に目をやる。元、灰塚家。
二階の僕の部屋と鏑の部屋は窓から行き来できるほど近くにあった。
だから、今もふと――夜、電気のついていない、真っ暗な元・鏑の部屋を見て――いろんなことを、思い出したりはする。
「……ふう」
ちょっと寂しくなったので、感傷的に空を見上げてみる。満月が鮮明に見える澄んだ空――
足を引きずって歩くような、そんな物音が聞こえた。
「……?」
僕が来たのと反対側。街灯が一本立っている、その道の向こうから――
黒いワンピースを着た、真っ黒い、長い髪の女が、ぜえぜえと息を切らしながら……こちらに、歩いてきていた。
「え」
女は街灯のところまで来ると、支柱へすがりつくようにしてへたりこんだ。
とてもつらそうに呼吸をしている。ぺたんと女の子座りの格好で、顔をうつむけて、肩で息をしている。
おかげで顔が完全に髪で隠れてしまっていて――ちょうどこの前、『貞子vs伽耶子』をレンタルで見たばかりだったのもあって、一瞬そういうものかと思った。
でも、その女がゆっくりと顔を上げ、こちらを見た瞬間――
「……鏑?」
顔にかかっていた髪が、はらりと流れ落ちた瞬間。すとんと理解できてしまった。
「え、……鏑だよね? 灰塚、鏑……」
かち合った視線を外すことができない。
鋭く、冷たげに輝く黒い瞳――切れ長の目は、記憶の中のホンワカした鏑の印象とは、ちょっと違う。髪も随分と長くなった。けれど――
鏑がそのまま成長した姿だと、なぜだか一目でわかってしまった。
しかし、こちらがわかっても鏑のほうが僕を認識できない可能性――に思い当たって、慌てて名乗ろうとしたのだが。
「……こう、いち……?」
弱弱しく動いた唇が紡ぎ出した僕の名前――
その呼びかけで時が戻った。小学生の、あのころに。
「……そう。そう! 紘一! 鏑!? 鏑だ! どうしたのこんな急に! え、帰ってきたの? っていうか、大丈……」
うずくまっている鏑に駆け寄って身をかがめると――
鏑は、僕の着ていた制服の、ちょうど両肩のところを――飛びつくように、両手で掴んだ。
「え」
抱き着いてくるような格好。胸に飛び込んできた感じ。
固くしがみついた拳は震えていた。拳というか、全身が。
「紘、一……」絞り出すような声。
「え、いや、かぶ……あれ」
どうすればいいのかわからず、僕の両手は宙をさまよい――とりあえず、ためらいがちに、鏑の腕に触れる。と、そこで。
……鏑、なんか服湿ってない?
違和感を覚えて手を放すと、街灯に照らされた僕の手のひらは――
真っ赤に染まっていた。
手相の筋を伝って、赤い液体が手首へ滑り落ちた。
いまさらのように鉄っぽいにおいを感じた。
血――
「……血!?」
黒い服だからパッと見でわからなかった。
――血まみれじゃないか、鏑!
「え、……え!? 返り血!?」バカなことを聞いた。
「う……」僕の服を握りしめていた拳が、だんだんと力を失っていく。
どう見ても鏑自身の血だ。出血。出血。出血中?
「救急車!」
「待っ……」
とっさにスマホを取り出した右腕に、白い顔をした鏑がしがみつく。
「病院は……やめ……」
「ちょっと」僕の手首を握りしめるその力はとても弱かった。
握るというか、かろうじて引っかかっているだけ。でもそれが何より重かった。
青白い顔をした鏑が、泣きそうな顔をした鏑が、何度も首を横に振っている。
その振り方がとても弱弱しい。
首を振る速度がとても遅い。
それでも嫌だという意思表示はやめない。
数年ぶりに会った血まみれの幼馴染が、病院だけは嫌だと言っている――
「……」
僕は非常に混乱していた。
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