【プロローグ】どこにでもいる普通の高校生
第1話 モブキャラ首藤くん
「紘一。なあ、紘一」
「ん?」
「……俺はさ、時々むなしくなるんだよ。自分の、この状況が。わかるか?」
「……」
まったく意味がわからなくて、思わず周囲を見渡してしまった。
ここは駅前のマクドナルド。学校帰り、友達と駄弁るのによく使わせてもらっている店。
目の前に座っているのは、同じクラスの大久保光則。僕の名前は首藤紘一、高校二年生。
高校生の男子ふたりが、学校帰りに友達同士マクドで駄弁っているというだけだ。
さて、光則はこの状況の何がむなしいと言っているのだろう……?
「……おまえと俺と、男二人で帰りに仲良くマクドやってるこの状況だよ。逆に聞くけどおまえむなしくないのか? 花の高二だぞ俺たちは。青春したいと思わないのか?」
「そんな今時『花の』って……。いや、僕は別に、なんとも思わないけど」
「じゃあ聞くけどな、おまえさっき買ってきたその本なんだ!?」
光則がびしりと指さしたのは、テーブルの上に置いてあった紙袋。
本屋のロゴがプリントされた袋から雑誌を一冊取り出して、僕は言われるがまま読み上げる。
「Zジャンプ、七月号」
「それだけじゃないだろそれだけじゃ。あと二冊出してみろ!」
「ええー……?」
紙袋からはZジャンプの七月号がさらに二冊出てきた。
「ほら見ろおんなじ本三冊……。Zジャン三冊買い……」
「いや、いまさら何言ってんの。カード付いてる号は三冊買いって常識でしょ」
何を隠そう、僕と光則は今『King Of Game(略称:KOG)』というトレーディングカードゲームにハマっている。で、今日買ってきたこの雑誌――『Zジャンプ』には、三か月に一度くらいの頻度で、『KOG』のカードが付録として同梱されるのだ。
KOGのルールでは、同じカードは三枚までデッキに入れていいということになっている。そういうわけで、『Zジャンに強力なカードが付属するときは、三冊買ってカードを三枚確保する』というのはカードゲーマーの鉄則なのであ――
「だっ、からその買い方が一般人にとっちゃ異常なんだよ異常!」
「おわっ」
「いいか? 同じ本を付録目当てに三冊も四冊も買うのはオタクのやることなんだ。 俺たちはオタクなんだよ! オタク!」
「いや、そりゃオタクなのはわかってるけど……」
どうしたんだろう今日の光則は、と首をかしげて、それから思い当る。
「ああ、そういえば。高峰さん、豊田くんと付き合うって――」
そこまで言ったところで、光則がテーブルに顔面から倒れこんだ。
「……大丈夫?」鼻を強烈にぶつけたように見えた。
「ふ、ふふ……高峰さんもよぉ、ちゃんと他に好きなやついるなら、最初にそう言ってくれりゃいいんだよ……そうすりゃ余計な勘違いしなくて済む……」
「……ほんとに大丈夫?」
テーブルにどくどくと広がる鼻血をナプキンで拭き取りつつ、合掌する。
高峰さんというのは僕と光則と同じクラスの女子で、シンプルに説明すると、とてもかわいい上に明るく、誰相手でも分け隔てなくスキンシップ多めに接する女子である。
豊田くんというのは僕らとは違うクラスの男子で、シンプルに説明すると、とてもイケメンな上にサッカー部の次期キャプテンと目されていて、男女問わず人気の高い男子である。
光則というのはそこまでイケメンでもなくクラスでも目立たないオタクである。
どんな悲劇が生まれたのかは、説明しなくてもいいと思う。
「わかってんだよ俺だって……。俺みてえなオタクより豊田のほうが何十倍もモテるってことはさすがに俺でもわかってんだよ……」
「まあ、豊田くんかっこいいしね。この前体育サッカーだったじゃん、あれ見てほんとすごいなって思った」
「……サッカー部は今度準決勝らしいぞ。県大会」
「今年は優勝狙えそうって聞くよね」
豊田くんは二つ隣のクラスで、加えて言うなら僕らはオタクだ。教室の隅っこで固まってる勢、校内事情に詳しいわけじゃない。
豊田くんというのは、そんな僕らの耳にすらその噂が届くほどの有名人物である。
頭も顔も性格も良く、サッカー部の次期キャプテンがほぼ内定しているという彼を、同じクラスの友人たちはこう呼んでいるそうだ――
「ほんとに”主人公”みたいな人だよね、あの人」
「そう!」
「おわっ」
固まった鼻血がべりべりと剥がれる音を立てながら光則は顔を上げた。
「そうだよ、認めるよ。豊田はすげえ。ほんとに主人公みてえなやつだ。俺なんかとは比べ物にならない。……でもな、でもな? 俺にだって俺の人生がある! 俺の人生の主人公は俺だ! そうだろ!?」
「そう……なん、じゃない?」
粉末状になった鼻血を舞い散らせながら、鬼気迫る目で語る光則。
が、その目に宿る光はだんだんと色を失っていった。
「……自分の人生さあ、自分が主人公になりたいって思わないか? 思うだろ? でもな、俺たちはオタクだ。このままじゃ俺たちは主人公になんかなれねえんだよ。朝の読書の時間にはデュフデュフ笑いながらラノベ読んで、昼休みには教室の隅っこで固まってカードゲームやってるオタク。それだけで高校三年過ごすんだ。耐えられるか?」
「……」
言いながら、光則はずいぶんとしょぼくれてしまったので。
僕はウエットティッシュの袋を開けて、鼻血の始末をしながら聞いた。
「そんなにショックだった? 高峰さん」
「死ぬほど」そうか、死ぬほどか……。
思わずため息をついてしまうと、同じようなため息が向かいからも聞こえた。空気がどんよりと重くなり、光則はじっとりした視線を僕に向ける。
「おまえもさあ、どうなんだよ? なんか余裕ぶってるけどよ、おまえだってな、灰塚はもういねえんだぞ」
「いやいや、なんでここで……」
「……あ、そうだ。灰塚だ」
鏑の名前を出すのか、と続けようとしたところで。
光則は思い出したように手を打った。
「そうだよ、聞こうと思ってたんだ。灰塚、こっち戻ってきたってマジ?」
「こっち? 戻って? ……鏑が? なんで?」
「いや、吉田が灰塚みたいなやつ見かけたって言ってたから……」
「……吉田くんって、え、西高だったよねあの人。え? あのへんで? 鏑?」
「見かけたらしい。まあ何、他人の空似か見間違いかもしんねーけど……おまえ、なんか聞いてないの?」
吉田くんというのは、僕らと小学校・中学校が同じだった男子で――
「まあ、なんも聞いてないならたぶん見間違いか? でもな、つまりそういうことだよ――」
驚いている僕を見てふんふんと頷いた光則は、びしりと人差し指を一本立てて立ち上がる。
「――『大きくなったら、結婚しようね!』とか。そんな約束を遠い昔に交わした幼馴染だって、現実じゃあ結局転校で離れ離れになっちまうんだよ! なぜなら俺たちが主人公じゃないから!」
「いや、結婚の約束はした覚えないけど……」
「うるせー王子様ごっことかお姫様ごっことかはやってたって言っとったろうが! おまえあれか!? まさかこの先どっかで『すっかり美人になった幼馴染と偶然の再会!』みたいな展開があるとでも期待してんのか。そんな展開がまだあると思うのかおまえ俺らもう高二だぞ!? 高二で再会できなけりゃ後はもう社会人なってからに賭けるしかねえ。冷静に考えろ、その時点でもう学生時代棒に振ってんだよ! 消えた青春! 灰色の闇!」
「落ち着いて」
またも鼻血を垂らし始めた光則にとりあえずポケットティッシュを差し出して、言う。
「まあ……たぶん主人公ってガラじゃないよね、僕ら」
「だろう?」
「でも、そんなもんじゃない?」
ああん? と声を濁して威嚇する光則を制して、僕は続けた。
「豊田くんみたいな人が特別なんであって、普通はこんなもんだよ。僕らはこんなもん。こんなもんで十分幸せ、そういうもんじゃない?」
「……俺と高峰さんが結ばれないのも普通だってのか?」
「……」
「……」
「……普通なんじゃない?」
そこで光則は泣きながら店を出て行ったので、僕もさっさと帰ることにした。
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