第五十六話


「ま、まてっ!」


彼らはきっと何か知っている。

そんな確信を持たせるような行動。


特に示し合わせることもなく、三手に分かれてミャコたちは追走劇を始めた。

ミャコとともにそのうちの一体を追いかけたのは、やっぱりというかなんというか、えっちゃんで。

ルーシァのフルアーマーを着ていたそいつは、ミャコたちを誘うように逃げてゆくうちに、その鎧をこぼれ落としてその正体を晒した。


中身は、その鳴き声の通りの金色の羊で。

たぶん、ルーシァのレイアークなんだろう。


そんな考えを証明するがごとく。

金色の羊に導かれて辿り着いたのは、ヴルックの洞窟だった。

いつの間にやらグーラの灯りが取り外されてる、本来の入り口を無視して、いつか通った裏道へ。

そしてさらに波打つ崖の下にある秘密の入り口を通っていく羊さん。

その頃になると、明らかに誘ってるってことにも気づいていて。

ミャコはえっちゃんと手を繋ぎ、羊さんの消えた闇を進む。



前に来た時は、早すぎて沢山分かれ道があったことしか分からなかった場所。

そこを羊さんは、ぼぅと金色に体毛を光らせながらミャコたちを導いていく。

一度目通った道とは明らかに違うルートで。


そして……小一時間ほど進んでたどり着いたのは、くりぬかれた岩肌にぽつんと木の扉が見える、そんな場所だった。

その扉の真ん中には、もこもこのへこみがあって。

そこにぴったりとはまる羊さん。

それにびっくりしていると、いつの間にかそこに羊さんはいなくて。

キィ、と軽い軋みを立てて扉が開いているのが分かる。



ミャコはえっちゃんと一度だけ顔を見合わせ、思い切ってその扉を開け放った。

するとその先に広がっていたのは、真っ暗闇の中に星のようなカラフルな光を明滅させているような……そんな部屋だった。



「フフ、来るのはあんたたちだと思っていたわ」


そして、真ん中奥にある背もたれの高い椅子。

ふいにくるりと振り返ったそこには、そう言って笑うルーシァの姿がある。



「ルーシァ、おっきくなってる」


そう、えっちゃんが言うように、ミャコたちと同じくらいの背格好をしたルーシァが。



「違う違う、元々この大きさだったのさ。あの小さな姿は世間の目をくらますカモフラージュだったの。……この世界の神も含めてね」


本物のルーシァ。

言われてみれば、そりゃそうなんだろう。

同じナヴィにしてはあの姿は小さすぎた。

当たり前すぎてそんな事忘れてたけど。



「……この世界の神様って、アキなんでしょ?」

「いかにも。まぁ、流石にあそこまであからさまなら分かると思うけど」

「ここにいるルーシァのこと、アキも知らなかったんだ?」

「ええ。たまたま、偶然だけどね。ワタシの作ったミニルーシァちゃんを、ワタシだと勘違いしてくれたみたい」


そう言うルーシァは楽しそうだった。

何か話したいことを話したくてうずうずしてる、そんな感じ。



「なんで、ほんとのこと言わなかったの?」

「それが、好都合だったからかな。この世界の神の、アキ様の本当の正体を知るために。実はね、神としてこの世界を救ってくれたアキ様には、ワタシたちの知らない真の姿があるみたいなんだ。この世界にいたあのアキ様は、ほんとのアキ様じゃない。だってあの姿は、かつてこの世界を支配していた……アイラディア様のものだもの」


えっちゃんが聞くと、ルーシァは大きくなっても変わらない、まくしたてるような口調でそう言った。


「勝手にワタシたちを救ってさ、黙って帰っちゃうなんて……許さないから」


その後に、きっとルーシァの本音だろう言葉を乗せて。



「その話をミャコたちにしたってことは、ルーシァには、アキを探す方法があるってことだよね?」

「さすがミャコさん、話が早くて助かるよ。そう、まさにこの場所がそうなんだな。分かりやすく言えば、ここはアキ様を探すための時の扉そのものなんだよ。

時空を超えて、異界に続いてる」

「そ、それって大丈夫なの?危なくない?」


そう言うルーシァの言葉が、あまりにも分かりやすくミャコの不安を煽って。

気付けばミャコは、そう聞いていた。

すると、あろうことかルーシァはそれに頷いて。



「分からない。何せ試したことないから。……だから、この旅に出るかどうかは、ミャコさんたちに任せるよ。これは背負わなきゃいけない宿命じゃない。オマケみたいなものだから」


秘密めいた仕草で、そんな事を言う。



「……」

「……」


ミャコは再び、えっちゃんと顔を見合わせる。

でもミャコの中では、もうその答えは出ていた。

たぶんそれだけルーシァが話し上手だったんだろう。


正直言えばわくわくしていた。

その与えられた使命から外れた、オマケの旅に。


「私の答えはきまってる。ミャコは私のいちばんだから、ミャコのしたいようにすればいい」

「だってさ、あっついねー、このこの。……で?ミャコさんはどうしたい?」


返ってきたのは、泣きたくなるくらいのそんな言葉で。



「行くよ。オマケの旅に行って、アキに会って、言わなくちゃいけないことがあるから」


ミャコは、その決まっていた答えを口にする。



「オーケー。いい答えだ。んじゃ、二人とも真ん中に立って……そう、その魔方陣みたいなやつの真ん中に」


破顔するルーシァ。

さくさくとミャコたちを部屋の真ん中に導いて。


「では、いい旅を。みんなも連れて、ワタシもすぐに行くからさ」

「あ……」


最後には、悪戯っぽいルーシァの笑顔。

先発の毒見めいた事をやらされてると気付いたのはその時で。



その瞬間。

ミャコたちは……その世界から、剥離した。



             (第五十七話につづく)






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