第五十三話



「……はっ」


息を吐き出すようにして目を覚ますと、そこは知らない場所だった。



「目が覚めましたか」


一瞬混乱してて状況を掴みかねていたミャコにかかる、冷たさを装ってる……聞き覚えのあるそんな声。

冷たい地面が何だか心地よくて抗いたかったけど、我慢して顔をあげ、声のほうを見る。


「わ」


そこには、白銀の髪を前のとこで編みこんでる、仏頂面でも凛々しくかわいらしいひとりのナヴィと、角を生やした白馬……ユニコーンの姿があった。



「全身打撲、凍傷、返り血の浄化。全て治療済みです。本来ならしかるべき代価をいただくのですが。その背中の翼だけは治せませんでした。すみません」


水の国の人が見たら何かの間違いなんじゃって思うかもしれない、そんなユーミのらしい言葉。

まんまりにもミャコの知ってるユーミと変わらなかったから、思わずミャコは苦笑を洩らしてしまう。

何がおかしいのでしょうと、その真珠の輝きを秘めた銀の瞳で、訝しげにミャコを見てくるとこなんかも、やっぱり同じで。


「大丈夫、これは元々ミャコのものじゃないから。むしろこうして使いものにならなくなるのを望んでたのは、ミャコ自身かもしれないし」


大穴が開いて羽がぼろぼろになってるアイラディア様からもらった翼。

レイアの命のキセキを溜め込むことができるもの。


当然痛みはある。

身も心も。

だけど今は、前向きに考えたかった。

この翼が役に立たなくなったからこそ、みんなを守って……本当に意味で、いつか命のキセキを使える、その機会を与えてあげたいって、もう誰も悲しい思いをさせたくないって、そう思った。



ついさっきの瞬間のえっちゃんの悲しい声が心に響く。

それは、中々うまくいかないのかもしれないけど。

でもやれるって努力はしたかった。



「ユーミは無事だったんだね。よかった」


ミャコはがばっと立ち上がり、ユーミのレイアークだろう力のおかげか、身体に翼以外の異常がないことを確認すると、そう問いかける。


「ええ、おかげさまで。危ないところをねえ……ディノに助けられました」


まるで、それがダメだったみたいな慇懃な物言い。

それにミャコは少し首をひねる。


「当初の話と違うんじゃないですか? ディノは、ここに来るはずじゃなかったはずです。あなたを狙った彼らをおびき寄せる餌は、私だけで充分だったはずなのに」


ユーミの、ちょっときつめの非難の言葉。

だけどミャコには、どうも言っている意味が分からない。



「ディノには、町にいる父様と兄様を守ってもらえればそれでよかった。ここにいるのは、邪魔者の私一人でよかったんです。なのにあなたは、ディノを連れてきた」


分からないけど……分からないなりに、全容が見えてくる。

姿が見えないから気になってたけど、王や王子はここにはいないらしいということ。

ディノがユーミに遠慮していたように、ユーミもディノに遠慮していたと言うこと。

たぶん、ユーミもミャコのことを、ディノの言うところの新しい神だと思ってるらしいこと。


そして……。

新しいミャコと同じ翼を持つ、ディアルと言う名の、アキの姿を真似た何者かをおびき寄せると、ユーミは言ったこと。

まんまと姿を現した、ディアルがそう言っていたこと。


ミャコには分からないことだらけだけど、それでも一つだけはっきり分かることがある。

それは、誰かがミャコを新しい神へと仕向けようとしているってことで。



―――お前に全てを任せる。


遠い昔のアイラディア様の言葉。

深くは考えようとしなかったこと、本当はミャコに押し付けて、世界から逃げちゃったんじゃないのかって、ミャコはそう思っていた。


だけどそれは違うのかもしれない、

アイラディア様は、ずっと近くにいてくれたのかもしれない。

それは、本人に聞いてみなくちゃ分からないことだけど。


だが今は……。

その筋書き通りに、ミャコがしなくちゃいけないことがあるはずだった。



「そんなにいいコドゥなの? ユーミのお兄様は?」

「な、何を言って」


図星を刺されたって真っ赤な顔。

鉄面皮のようでいて表情がくるくる変わって楽しい。


「ディノもあなたと同じこと言ってたわ。わたくしなんかより、ってさ。だからユーミとお兄様から離れてたんだと思うし」


言ってないかもしれないけど。

二人がそのお兄様のことを想ってる命のキセキで願いを叶えたいと思ってるのは間違いなさそうだったから、ミャコはそう言って笑う。


この世で一番嫌いだったコドゥのはずなのに。

この世界ではどうやらそうじゃないらしい。

この世界は、ミャコに知るアイラディアとは違う。

それはもう、何度も思ってきたことだけど。

それが、王の相談役をしてた人の仕業だとしたら……やっぱりその人こそが、この世界の神なんじゃないかなって、そう思う。



「……勝手です、姉様は。一度腹を割って話さなくてはいけませんね」

「うん、それはいいね。んじゃ、今の状況、ぱっぱとなんとかしなくっちゃ」


ミャコとユーミは頷きあって駆け出す。



そうして。


ミャコたちの最後の戦いが、始まろうとしていた……。



             (第五十四話につづく)






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