第五十二話
その先は、戦場。
水の国の兵士たちと、黒い怪鳥のドリードたちが入り乱れて戦いを始めている。
水の兵士たちの数は、ミャコの思っていたよりも少なくて。
戦況は、空を飛べることもあり、ドリードのほうが優勢といったところだろうか。
と、その真っ只中に飛び込んでいくたくさんの水の大蛇たち、そしてセイルさんとディノ。
城内へと食らいつくように落ちてゆく水の大蛇は、城内に降り立つとともに大量の水と化す。
その味方も敵も構わない攻撃にミャコは一瞬戦慄を覚えたけど。
その水が去った頃には戦況は一変していた。
水の軍の兵士は、水のナヴィで構成されていたらしい。
平和主義者で有名な彼女たちも、その身を、仲間を、国を守るためにはその力を発揮するのだろう。
ディノが運んできた水の力を利用し、水の力で生まれる剣や盾を手にしていた。
一方、怪鳥のドリードたちは水に羽をやられたのか、墜落してもがいている。
これなら水の国の優位、そして勝利は時間の問題だろう。
水の国、やっぱりすごいなって、そう思った時。
「ミャコ!」
ミャコにしがみつくようにしていたえっちゃんの、切羽詰った声がごく近くで聞こえる。
その瞬間、射していたはずの陽がかげって、視線を向ければそこにあったのは、城ほどに巨大な花のドリードだった。
それはいくつもトゲの生えた茎を伸ばし、城に向かっている。
でも、えっちゃんが声をあげたのはそれのせいじゃなかった。
ミャコの正面、今まであったはずの黒い雲が割れて、それぞれが黒い鳥のドリードになって、その中から現れたもののせいだった。
そこにいたのは、震えるほどの凶悪な存在感をぶつけてくる3つの存在だ。
一つ目は、黒光りしたフルアーマー。
それだけだと一見ルーシァの親戚みたいにも思えるけど、様相は大きく異なる。
触れただけで切れてしまいそうな禍々しいフォルム。
羽もないのに不気味な紫の煙を足らしき部分から噴出させて宙に浮かんでいる。
二つ目は、同じく全身真っ黒の蝙蝠のような翼を生やした豹だった。
口からのぞいた牙は、その捕食者そのものの顔のゆうに三倍はある。
そして三つ目……いや、三人目と言ったほうがいいのかもしれない。
ミャコと同じ背中に黄金の縁取りがある、純白の翼を持った……ナヴィの姿をした、何者か。
「アキ……じゃない」
その何者かは……えっちゃんが思わずそう呟いてしまうほどに、その翼ある人はアキに似ていた。
でも、えっちゃんがすぐにそれを否定したように、アキに似たその人はどう見てもアキじゃなかった。
まるで灰色の粘土で模倣したみたいに、その人には全ての色が抜け落ちていて。
髪も目も肌も服も、その翼以外は全て灰色一色だったからだ。
アキの姿を借りてみせたにしては随分稚拙すぎる。
それに何より。
「まんまと姿を現したな……神の地位を奪いしまがい物めっ!」
その憎悪のこもった声と、残酷な笑みを浮かべるその表情が、そっちこそまがい物じゃないと、ミャコに確信させる。
「まがい物はそっちじゃない。アキの真似にしてはお粗末すぎるんじゃない?」
ミャコは風の力をさりげに集めながら、はっきりきっぱりそう言ってやった。
その時思ってたのは、時のレイアと出会って戦うようなことになったらどうしようか、なんてことで。
「黙れっ! アイラディア様の意志を継ぐのはこの私だっ!」
あっという間の沸騰。
その場に溢れる怒りの感情と、時の魔力。
「この程度の挑発でキレるなんて程度が知れるわよ?」
やっぱり。
ミャコは内心でそう確信する。
尋常ならざるその時の魔力に、離れようともがくえっちゃん。
「……」
「……っ」
ミャコは、そんなえっちゃんをぎゅっと抱きしめて、えっちゃんにだけ聞こえる声で、そっと耳打ちした。
えっちゃんの抵抗がなくなったのはその瞬間で。
「……いいだろう。時の眷族、ディアルの力をとくと見るがよい!」
目の前の灰色のナヴィの輪郭が一瞬ぶれる。
見えたのは鳥のくちばし。
たぶんそれこそが、そいつの正体だったんだろうけど。
「ヴァーレストよ! とめて!」
その名乗りに返す代わりに、ミャコはそう叫んだ。
周りに展開する風の魔力。
ミャコはそのまま風を纏い、戦いやすい下へと降りようとして。
ギシィンッ!
聞こえてきたのは、世界が軋むような音。
「ギャルルゥッ!」
気付けば目の前に、黒い豹と、黒の鎧の姿があった。
黒い豹の顎が、ミャコの首もとめがけて伸びる。
かわせない。
ミャコにはえっちゃんを守るようにして背を向けるのがせいぜいせいで。
ブゥンッ……。
初めて聞く、不気味な音。
視界の端に映るのは、青い相貌をぼぅと光らせた、黒い鎧の姿で。
その口元から放たれるは、青い光の線。
ミャコとそれが繋がるように。
気付けばその光は、ミャコの翼を貫いていて。
ザザシュッ!
獣の息遣いが近い。
生ぬるく赤いものが、ミャコの視界を覆って。
ミャコは落ちてゆく。
「ミャコ!」
胸の中のえっちゃんの叫ぶその声を、心に響かせながら……。
(第五十三話に続く)
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