第五十一話



「地のキセキよ、その姿を示せ!【ギャネル・ガイアット】ッ!!」


急いで城へと向かわなきゃ、アキの予言の通りのことが起きてしまうかもしれない。

そんな焦りの中、そう叫んだのセイルさんだった。


セイルさんの地のレイアーク。

それは、見上げるほどに大きな地の色をした牛だった。

そのあまりの大きさに、蹄を地面に打ち付ける音で大地が鳴動している。

鼻息は荒く、いつ走り出してもおかしくない状態だ。



「みな、彼の背に乗りたまえっ。とにかく時間がない! ……はっ!」


そう言うや否や、セイルさんはその牛のそばでその手のひらを大地につける。

とたん、バリバリと地面が盛り上がって、階段を作り出す。

終着点は、小高い丘のような巨牛の背。

セイルさんは早足にそこへ駆け上がっていって。



「でか。ミャコのにゃんこがちっちゃくみえる」


それに最初に反応したのは、その大きさに感動したらしいえっちゃんだった。

すぐにその後に続こうとしたミャコだったけど。

真っ先に駆け出してもおかしくないだろうディノが苦しそうに俯き、足を止めているのが目に入る。


何故ディノがそんな苦しそうなのか。

それは、王の娘であるユーミを守るための騎士である彼女が、その側を離れてここにいるその意味にも直結してるんだろう。

あまり突っ込んでいいことじゃないような気がしたから、ディノがここにいた意味をあえて問うようなことはしなかったけれど。

それこそ今は、そんな悠長なことを言ってる場合じゃなかった。

俯き頭を垂れた、ある意味らしい彼女に向かって、ミャコは言葉をぶつける。



「自分なんかいない方がいい。またそんな悲しいことを思ってるんでしょ」

「……っ」


驚きに染まる、ディノの表情。

でもその顔を上げることはなく、未だ俯いたままで。

構わずミャコは言葉を続ける。


「王子のこと、好きなんでしょ。叶うなら命のキセキをあげたいって、ディノは思ってる。でも自分には無理だって、ユーミのほうが相応しいってそうも思った。

だからあなたは逃げた。二人から離れるように……遠ざかるように」

「わたくしは、逃げてなどっ」


ミャコの辛辣ともとれる言葉に、かっとなりかけ、顔をあげかけたディノだったけど。

それは痛い部分でもあったんだろう。

堅く唇を結んで、顔は伏せたままだった。


「別にそれがダメだなんて言ってるわけじゃないよ。大切な人のために、大好きな人をゆずる。ディノがその事を選んだのなら、それでいいと思う。何だったら、嫌なことは忘れようって旅に、ミャコも付き合うし。……でもね、今はその事は関係ないの。ディノの大切な人も大好きな人も、死んじゃうかもしれないんだ。こんなとこに立ち止まってたら、絶対後悔すると思う」


思い出すのは、大切なひと全てを失って、それを後悔しながらそれでも城に留まり続けたディノのことだった。


あの時はどうしようもなかったけれど。

今なら間に合う、後悔しなくてすむかもしれない。

そう思ったらいてもたってもいられなくなって。

気付けばミャコはそんな事を言っていた。

そしてそのまま、ディノの手を掴む。



「……ミャコ様は、わたくしの心内でさえ、お見通しなのですね」


ひどいナヴィだと、かつてそう言って笑ったときのディノとおんなじの表情。

そんなんじゃないよ。その旅の途中で、ディノが語ってくれただけだから。

そう言えればいいのに、その言葉はやっぱり口から出てこなくて。

正直になろうって思っていても、結局ミャコは心奥に何かを隠している。

ひどいナヴィだって改めて自覚して。



「そんなかしこまらないで。ミャコでいいよ」


せめて、かつて呼ばれて呼ばれていた通りに、そんな想いを乗せて。

ミャコはディノの手を引っ張り、一緒にセイルさんのレイアーク、その背中へと乗り込んだのだった……。





セイルさんがミャコたちより早く来ていたのは、やっぱりそのレイアークの力のおかげだったらしい。

セイルさんの作り出した巨牛は、物凄い地響きと砂煙を上げて、一路城を目指す。

みるみるうちに、水の国を覆うように掘られた水の城が見えてきて。

巨牛はその少し前でその足を止めた。



「来るよっ!」


ミャコたちが降り立ったのを確認し、巨牛を還したセイルさんが空を見上げ、叫ぶ。

同じように見上げればそこには、黒い鳥のようなドリードがいた。

遠目から見たときには分からなかったけれど、翼と顔以外は人の姿をしており、その手には一体一体が様々な武器を持っていた。


無差別に黒い雲を少しずつちぎるようにして降ってくるそれらのうち一体がミャコたちに気付き、槍を振り上げて突進してくる。



「ガイアットよ!」


だが、ミャコたちが動くより早く、自身の信ずる根源の名を呼んだセイルさんが、それにより出現させた、ドリードの持つ槍よりも何倍も大きな槍を凪いだ。


そう、セイルさんはその大きさ得物を薙いだだけだ。

でもそれだけで鳥のドリードは吹っ飛びばらばらになり、灰色の石となって堀に落ちた。



「とっても豪快だね」

「ふ、子猫ちゃんほどじゃないさ。それより急いで中に入ろう。飛んで渡るにはいささか広いが、4人を抱えて飛べるかい?」


堀のない正門に回っていては時間がかかりすぎる。

とすると、ここを飛ぶしかないんだろう。

えっちゃん一人なら、なんとかなってたけど果たしてどうか。


「いいえ、それには及びません。ここは水の城。わたくしにお任せ下さい」


そんな事を考えていると、すっと前に出たのはディノだった。

ディノは、ミャコたちが返事するより早く、お堀の……水の中へと飛び込んで。



「水のキセキよ、その姿を示せ! 【クァリ・ウルガヴ】ッ!!」


水のレイアークを発動する。


たちまちお堀の水が轟音を立てて盛り上がって。

そこから生まれ出たのは、ディノを頭に乗せた、水の大蛇だった。


しかも、一匹じゃない。

堀に囲まれた城に覆いかぶさるような、数え切れないほどの数だ。



「お願いします、みなさんっ!」


水のないところで発動するよりはいくらかましなんだろうけど、そう言うディノには、あまり余裕がないようだった。

その大きさでこの数、尚且つさっきの戦いの疲労も残っているだろうからだ。



「えっちゃん!」

「うんっ」


迷ってるヒマはない。

キツそうなディノの元へセイルさんが駆け寄り、大蛇の頭へ飛び乗ったのを確認してから、ミャコはえっちゃんに声をかけ、その手を掴んで手近な水の大蛇……

その頭へと飛び乗る。

そしてそれが物凄い勢いで首を伸ばしたのは、まさにその瞬間で。



「にょおっ!?」

「っ!」


ミャコたちは水の大蛇ごと中空に投げ出され、城壁と飛び越えた。



「ヴァーレストよ!」


ミャコはそのまま落ちていくのを回避するために、そう叫んで翼をはためかせた。



             (第五十二話につづく)






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