第四十九話


それからの一瞬は、ミャコにとってはすごく短くて長いものだった。


「ガイアットよ、守りたまえ!」

「レッキー……守って」


ディノに迫る斧は、這い出し伸び上がってきた地面に遮られ、ぶつかりあって。

流れ飛んできた雷が、ミャコのほうに飛んでくる。

だが、それは突如としてミャコの前に現れた氷の盾によって防がれ、打ち消されて。


「なっ!?」


ようやく見せる、雷のトロールの驚愕の顔。

ミャコはそれを隠すように、手のひらを内側に開いて。


「風のキセキよ、その姿を示せ! 【アンヴァ・ヴァーレスト】ッ!!」


そう叫んでいた。

ミャコの身体の中に眠るレイアークを発現させる、その一句を。



生まれるは白金の虎。

目の前のそれの断末魔と、虎の咆哮が重なって。


食らわれる獲物。


長い一瞬が終ったとき、そこにあるのは鈍い黄色の輝きを放つ、石だけだった……。







「はふぅ。びっくりしたぁ。ディノってばいきなりピンチなんだもん」


刹那の戦いが終わって気が抜けて。

レイアークを使った反動も加算され、ミャコはへなへなとへたり込み、ディノに笑いかける。


「全く、飛び出したら一直線なんだからな」

「ミャコ、自分勝手」


そこに、やれやれと苦笑を浮かべたセイルさんと、むすっとしてるのも可愛いえっちゃんがやってくる。



「ありがと、うん。助かったし、間に合ったよ」


アキの言っていた予言によるディノの危機が去ったと断言できるわけじゃないけれど。

それは恐ろしいくらいギリギリのタイミングだった。

あと一秒でも遅れてたらと思うと、ぞっとしてしまってますます力が抜けてくる。


とはいえ目の前のディノが、さっきの雷のトロールに苦戦を強いられてたのは確かなんだろう。

何度か水のナヴィの弱点だろう雷の攻撃を受けてしまったらしく、その青銀のプレートアーマーはところどころが焼け焦げ、髪をくくっていた髪留めがちぎれてしまったのか、いつものトレードマークって言っていいポニーテールじゃなく、深海のような青い髪が、ディノを覆うように広がっている。

その澄んだアクアマリンを秘めし相貌は、どこか呆けたままでミャコのことを見ていて。

そのままあんまりにも動かないものだから、ちょっと心配になってくる。



「ディノ、大丈夫?」


だから伺うように声をかけると、はっと我に返ったかのように目をしばたかせて。



「今のはレイアだけに許される力。それにその翼。あなたは、もしや……」


ミャコを再度見て、いつのまにか通常状態になってたらしい翼を見て、そう問いかけてくるから。



「うん? そうだよ。アタイはミャコ・ヴァーレスト。風のレイアで翼あるものなの」


先んじて頷き、そうきっぱり答えた。

もう黙ってるのに意味はないし、何より正直でいたかったから。



「私はエミィ・ルフローズ・レッキーノ……氷の姫?」

「始めまして、凛々しくも瑞々しいいナヴィの人。私はセイル・ガイアット。その名も愛の狩人さ」


それに続けと、えっちゃんとセイルさん。

ディノはそれに礼儀正しく頷き、膝を突いたまま深々と頭を垂れて。



「危ないところを助けていただき……わたくし、ディノ・ウルガヴは深い感謝の念を禁じえません。新しきアイラディアの神よ」


まずはえっちゃんとセイルさんに自己紹介をするみたいに。

それからミャコに向かって、そんな事を言ってくるディノ。



「あれ?ミャコの名前また増えた」

「え。ちょ、ちょっと。新しい神ってどういうこと? アタイはミャコだよ?」


ディノの態度を見て、ミャコを見上げて首を傾げるえっちゃん。

死神って言われるならともかく、新しい神ってなんなの!? って感じで、思わずうろたえるミャコがいたけど。



「お名前まで聞かせていただけるとは、恐悦至極にございますわ」

「いや、だからね? アタイはミャコで、その新しい神さまっていうのじゃ」

「もうお隠しにならなくても結構ですわ。その黄金の翼、そのお声、かつてあなた様が城においでになられていた時に、しかと拝見させていただいてます。……それに何より、あなた様はわたくしの名を知っておられました。まるでわたくしの危機を余地していたかのように、この場所に参られました。それらのどれもが証明しています。あなた様が、この地に顕現なされた、新しい神であると」


もう頑固なくらい、ディノはかた頑なだった。

何故かミャコを新しい神さまだって信じ込んでいる。



「あーうー」


だけどそれに、ミャコは違うってすぐに反論できなかった。

今更ながら気付いたのが、お互いに初対面のはずなのに、平気で彼女の名を連呼するミャコ自身だったからだ。



「めぇー」


どうしようもない気まずい間。

それを破ったのはルーシァの鎧をかぶった羊さん? で。



「話の腰を折るようで悪いがね、凛々しい騎士様。子猫ちゃん……彼女は別に隠してるわけじゃないと思うぞ。私と初めて会った時には、野に伏していたし、記憶喪失か何かじゃないかな。事実、かまをかけてみたけど、私の宿の宿賃を払ってないのにも気付いてなかったみたいだからね?」

「え? あ、うん。言われてみれば、そうかも」


笑顔でこれでいいんだろって顔をするセイルさんに、ミャコはこくこくと頷く。

前の世界の記憶はともかくとして。

ミャコにセイルさんの宿で目を覚ます前の記憶がないのは確かだった。


もしかしたら……ないと思うけど、ディノが言ってた通りなのかもしれないし、ディノの名前知ってることにも辻褄が合う。


若干後ろめたい気分もなくはなかったけど。

ミャコはそれにうんうんと頷くしかなくて。



「いろいろと情報が錯綜してるようだからね、まずはお互いのことを話そうじゃないか」


まとめるように手を叩いてセイルさんがそう言ったから。

改めてミャコたちが、ディノの知るミャコのこことか、ミャコたちがここに来た理由を話すことにしたのだった……。



              (第五十話につづく)







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