第四十八話


「もうすぐ門番の前を通る。なるべく顔は隠しておくんだ」


門番さんたちの見えるとこまで来て。

セイルさんはミャコたちだけに聞こえる声でそんな事を言う。


それには断る理由はない。

おそろいの水の紋様の入ったフードをかぶって、セイルさんの後に続いて。



「シノイの町へようこそ!」


お決まりの、何の変哲もない言葉。

気になってその門番さん(なんと、コドゥとナヴィの二人一組だった)をちら見する。



「……っ」


別に通せんぼしてるわけでもないし、難癖つけるわけでもない。

だけど明らかに、門番さんたちはミャコのことを見ていた。


いや、じっくり観察していた、といってもいいかもしれない。

そこにはただ興味深げな視線がある。


なまじ敵意や悪意が感じられないのが、余計にミャコの不安を掻き立ててきて。

一体なんなんだろう? そう思いつつも、それ以降声ひとつかけられることもなく、ミャコたちは町の入り口である門を通過して。



「……っ!」


町へと入りいくばくもしないうちに、セイルさんの言っている意味を理解した。


町を歩く人々。

露店の人、見回りの水の軍の兵隊さん。

その誰もがほんの一瞬だけ、入ってきたミャコたちのことを注視する。

だが、その視線を受けようとしたら、そんなことは初めからなかったみたいにその視線が消えた。


その得体の知れない居心地の悪さ。

それは、ヤーシロの町でもルフローズの村でも、僅かに感じたものだったけど。

シノイでのそれは、なんというか規模が違った。



「……」


えっちゃんが無言のまま、くっついてくるのが分かる。


それは期待だ。

何かを待つ、期待の視線。

そこには怖いもの見たさの喜びがある。



「全く不可解だと思わないかい? これならまだ射殺すほどの敵意をぶつけられた方が正直だ」


後ろ手に、独り言のようにセイルさんは言う。


「だがその一方で、彼らが何かに追い詰められ、緊張しているのも確かなようだ。

まるで祭りの前日か……これから戦争でも起こそうか、なんてくらいに」


そして、町の中央広場まで行ったところで立ち止まり辺りを見回し、そう続けた。

確かに町はセイルさんが言うように、何か共通なものに沸き立ち、緊張感が高まっているように思える。


本屋に花屋、武器屋に道具屋。

やっていない店もあるけど、買い物なんかしてる暇ないって感じに、どこも閑古鳥が鳴いている。


数人が集まって何やら話をしているのを見れば、どこか興奮しているようにも見えるし、見回りの兵隊さんなんかは、見回りもせずに素振りなんかしてて。


かと思えば、鐘つき係の兵隊さんは、一心不乱に辺りを警戒していた。

戦争……そんなセイルさんの言葉にフラッシュバックするのは王殺しの罪を背負わされ、国中の人々に追われることとなった、過去の記憶。


この昂ぶる感覚は、その時のものに近いような気がして。

いよいよミャコの中でいやな予感が止まらなくなってきたとき。



「ねぇ。ミャコ、あのでっかいの、何?」


呆けたようなえっちゃんの声がごく近くに届いてきて。

えっちゃんのほうを見、その指し示す方向を見やる。



「わっ。何あれ?」


それは、広場の土地全てを覆ってしまうんじゃないかってくらい大きい四角い何かだった。

一見すると、物凄く巨大な鏡にも見える。

と言うかぶっちゃけ、今はえっちゃんが持ってるルーシァ仕様の鏡のでっかいやつを想像してしまった。


ただ、鏡の部分はまっくろで、かろうじて縁取られた銀色が見えるくらい。

それを支えるのは、たぶん鉄だろう、大木のような柱だった。



「前に来たときは、こんなのなかったのに……」

「そうか、キミも知らないか。来たことがあると言っていたキミなら何か知ってるかと期待したのだが」


どうやらそれのために、セイルさんはここで止まったらしい。


それが何であるのか、何に使われているのか、セイルさんは町の人に思い切って聞いてみたそうなのだが、その返事は芳しくなかったようで。



「知らぬ存ぜぬの一点張りだったな、誰も彼も。それなのにも関わらず、本当は知ってるって顔をされる。全く、やってられないよ」

「めぇ……」


お手上げだと両手を上げるセイルさんに、どこか切なげなルーシァもどきの羊さん。

結局、それについては何も分からずじまいで、どこか釈然としない気持ちのまま、ミャコたちはその場を後にして……。




その大きな四角を抜けるようにして後ろに回り(後ろは平べったい鉄の板だった)、その向こうにある神殿を目指す。


神殿……光の根源を表わす太陽の印が刻まれた白亜の神殿は、ミャコの想像以上に静かだった。



「妙だね。さっきはここにも嫌になるくらい人がいたのが見えたんだが」


神殿の中ほどまで来たところで、唸るようにセイルさんが呟く。

それは深々と白い地面へと染みていき……。



バババチィッ!

返事として返ってきたのは。



「きゃぁっ!?」


雷が炸裂した音と、ナヴィの悲鳴だった。


「……ディノ!」


それが、知っている声だったから。

知っている人の聞くことのないだろう悲鳴だったから。

気付けばミャコは駆け出していた。



「ミャコ!」


後ろ手にえっちゃんの呼ぶ声。

それでも止まれない。

すぐに辿り着いたのは、大きな扉のある聖堂だった。


アイラディアの像がある神聖な場所。

その扉は開かれていて。


ミャコはえっちゃんやセイルさんが追いかけてきてくれていることを確認し、中へと飛び込む。



「終わりだ……アイラディア様の名の下に、塵と化すがよい、偽物の神を信じる愚者め!」


そこには片膝をつき、青い髪を床にこぼしながらも水の剣を構えるディノと、大きな斧に紫電をまとわせた、巨大なドリードの姿があった。


大きすぎて、言葉を喋っていてそうだという確信が持てなかったけど、たぶんトロールだろうそいつが、今まさに止めを刺そうと、その斧を振り上げている。


対するディノの構える剣は水。

到底それを受けきれるものじゃなかった。



「やぁぁーっ!」


低い姿勢で右手を前に突き出し、気付けばミャコは走っていて。


なのにそいつは、突然の闖入者に怯むことはなかった。


ミャコを見、わずかに凍えた笑みを浮かべて、その斧を振り下ろして……。



             (第四十九話につづく)






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