第四十七話



「とうちゃくっ」


それは、決して進む道に絶望していない、えっちゃんの元気な声。

村を滅ぼしてしまったことで、強く傷つき沈んでいたえっちゃんとは大いに違う。

ミャコはそれに複雑な思いを感じつつ、氷の籠を無に帰すえっちゃんに合わせて、翼を待機状態に変化させた。



「あ、ミャコの翼なくなった」


それに気付いたえっちゃんが、不思議そうな顔をしてそう言うので、ミャコはなくなってないよと一言笑ってから振り向いた。


「あ、ちっちゃくなってる。……ミャコ、かわいい。こっちのほうが似合ってる?」

「喜んでいいような、ダメなような」


えっちゃんの言うように、待機状態の翼は、ミャコの肩から膝まであった通常のものから姿を変え、手のひらほどの大きさになっているはずだった。

これだとちょうど道具袋にくっついておもちゃみたいになるので、作り物ですって言い訳ができる。

一度つけたら全ての叶わなかったレイアの命のキセキを集めるか、ちぎれ壊れるまで取れない(実際はそんなことなかったけど)、この翼の苦肉の策だった。


通常状態の時よりも興味津々なえっちゃんが、遠慮なく触ってくるのがくすぐったくてパタパタと抵抗していると、ふいに生暖かい風が吹いた。



「……ん? 雨でもふるのかな、黒い雲」


見上げるえっちゃん。

確かに大陸の……水の城があるだろう場所よりも遥か向こうに、黒い雲がわだかまっているのが分かって。

根拠はないのに、なんとなくいやな予感がする。



「急ご、えっちゃん。天気が崩れても困るし」

「うん……」


えっちゃんと同じようにその向こうの空を見上げつつ、ミャコはそう言った。

そして、なんの躊躇いもなくミャコからえっちゃんの手を取り、駆け出す。



そして……。

ふいに沸いて出た不安とは裏腹に、ミャコたちは何の問題もなく、シノイの町の前まで辿り着くことができて。


宿屋かどこかで待っているんだろうなって思ってたセイルさんを、何故か町の入り口に立ってる門番さん(別に関所とかがあるわけじゃなく、ほとんど立ってるだけ)からも見えないような、背の高い草むらの中で発見した。


ミャコたちがそんなセイルさんを見つけることができたのは単純。

そんなセイルさんのほうから声をかけてきてくれたからだ。



「待ちくたびれたよ、子猫ちゃんたち」

「わ、びっくりした」


急に声をかけられたから、二人してびくってなって。

振り返ればそこには、待ちくたびれたようには見えない、セイルさんの朗らかな笑顔がそこにあった。



「何してんのそんなとこで……って、いうか随分早かったね」

「ああ、私のレイアとしての力の賜物さ。大地を走るならお手のもの。君の可愛らしい翼にも引けはとるまい。後は、この子の案内もあったしね」


翼での移動にはそれなりに自身もあったんだけど、それにしてもセイルさんがここにいるのは早すぎるような気がして。

思わずそう聞くと、返ってきたのはそんな言葉だった。



「あ、ルーシァ」

「えっ?」


セイルさんの力……レイアークって確か……なんて考えようとして、呆けたように呟くえっちゃんに、ミャコは思わず素っ頓狂な声をあげてしまう。


えっちゃんの視線の先を追うと、そこには地の国の紋様の入ったマントをばさっとはためかせるセイルさんが腕に抱えてる、小さな金色のフルアーマーの姿があった。



「めぇ……」


ミャコとえっちゃんの視線が集まったことに気付いたのか、何だか変な言葉を返すルーシァを訝しく思っていると。

何を思ったのかえっちゃんがとてとてとルーシァ? に近付き、その暗い面差しの向こうを覗き込む。


「めぇっ」

「……っ!」


何か怖いものを見たみたいにびくっとなってだだだって戻ってくるえっちゃん。


「も、もしかして、羊でもいた?」


その鳴き声と、今頃ユーディル大陸にいるはずのルーシァがここにいるわけないって事実と、かつてルーシァと戦ったときの、そのレイアークの記憶。

それらを鑑みて聞いてみたミャコ。

えっちゃんはそんなミャコをじっと見て。



「ぐふふ……後悔したくなければ、ミャコも自分でみればいい」

「めぇ~っ」


似合わない笑みと、イジワルな言葉。

どうぞと言わんばかりの、誘ってるような羊っぽい何かの鳴き声。



「や、やめとく……」


臆病なミャコは、そう答えるのが精一杯だった。


たぶん、ミズのお猿さんみたいな、あまり力の使わないタイプのレイアークなんだろうなって、勝手に納得することにして。



「そ、それで? 何でこんなとこに? 別にシノイは危険な町じゃないと思うけど」


セイルさんも国を出てきたわけだから、ミャコみたいにコドゥのたくさんいる町が嫌なのかも、なんて思いつつもそう聞いてみると。


「危険かどうかは計りかねるが、町がおかしいのは間違いなさそうだよ」


ルーシァ? を肩の上に乗っけて、いささか真面目な口調でセイルさんはそんな事を言う。


「おかしい?」

「ああ、そうとしか言いようのない何かが、町で起きているようだ。あの、時のお嬢さんの言う予言に関連してるのかもしれないが、私には判断つきかねるものでね。実際体験してみれば分かるだろうが」


セイルさんは自分にそう言い聞かせるみたいに頷き、歩いていこうとする。

だけどすぐに立ち止まって。


「ああそうだ。この町を落ち合う場所に決めたのは、何か訳があるんだろう?」


そう聞いてきた。

ミャコはそれにひとつ頷いて、答える。


「うん。この町にディノが、水の騎士がいるはずだから」

「場所は?」

「光の神殿のほう……かな?」


アイラディアさまの像が祭ってある、神聖な場所。

初めに、ディノと出会った場所。

確証はなかったけど、ディノは今もそこにいるような気がして。

ミャコはそう答える。



「神殿か。よし、では早速向かうとしようか」


そして、今度こそそう言って華麗に先陣を切るセイルさん。


ミャコはえっちゃんと目配せだけして、その後についていって……。



             (第四十八話につづく)







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