第四十六話


そうして……。

ミャコは今、何の憂いもなくなった黄金の翼を、上がり始めた朝日をいっぱいに受けて、一路水の国を目指して飛んでいた。


両肩には、溶けない氷のロープ。

それを伝って目線を下にやれば、お手製の氷でできた籠に座って、気持ち良さそうに風を受け、そのさらさらの髪を靡かせたえっちゃんが目を細めている。



「お客さーん、乗り心地のほうはどうですかーっ!」

「さいこーっ!」


風と羽ばたきの中声を張ってそう言うと、えっちゃんが笑顔のまま顔を上げ、そう言葉を返してくる。



あの後。

早速ミャコは翼を披露して、ようやく風のナヴィらしくなったとか、偉い人に見えるとか、別人のようだとか、褒められてるんだかそうじゃないんだかよく分からない賞賛を受けて、実際に飛んで見せた。


心のつかえが取れたからなのか、飛ぶことに思ったより恐怖心は感じない。

問題はなさそうに見えたんだけど、いざそれぞれがどこに向かうか決めようとした時に、その問題は発覚した。


翼は生えても、やっぱりミャコはミャコと言うか、ルーシァの乗り物とは違って、その背に人を乗せて飛ぶなんてことは不可能だ、ということが分かったのである。


当初の計画では、4対4で別れる手はずだったんだけど、たとえミャコ側にルーシァがいたとしても他に二人を背負ってくのはきつかったし、それより何より、

ルーシァの『ブルバドゥ』は、ルーシァがいないと動かないらしく。

色々あーだこうだと考えて……。


結局今の形になった。

ミャコ側、水の国のあるリルミータへ向かうのは、えっちゃん自慢の溶けない氷で籠をつくったえっちゃんと、アイラディア大陸から合流することになってるセイルさん。


雷のレイアのカコや、火のレイアのコウがいるユーディル大陸には、アキ、ルーシァ、マイカ、アズ、ミズという組み合わせに。


それは、三人一緒のほうがやりやすいといったマイカの弁と、予言を回避したとはいえ、地の国のあるユーディル大陸には寄らないほうがいいだろうというセイルさんに対してのアキの言い分もあっての結果だった。


それは、今ミャコたちのできる最上の組み合わせだったんじゃないかなってミャコは思う。

それでも強いて苦言をあげるなら、ルーシァの『ブルバドゥ』の後ろの席に三人でぎゅうぎゅうになって座るマイカたちが、ちょっと不憫だったかな、なんてことで。

悠々自適なえっちゃんを見ていると、余計にそう思うミャコだったけれど。



ふと、そんなえっちゃんがごそごそしていたと思ったら、取り出したのはルーシァから預かってた鏡みたいなやつだった。

それを両手で持って覗き込んでいるえっちゃんを背中から見ていると、やがてそこに映し出されたのは、相変わらず笑顔のセイルさんで。


強い風の中、何かを話し込んでいるえっちゃんとセイルさん。

何を話してるのかなって知りたいのは山々だったけど。

この風の中、聞き耳立てられるほど余裕があるわけでもなく、驚くほどに軽い氷の籠をそっと背負いなおし前方を見据えた。



朝方ザオーキ大陸を出発して半日ほど。

見慣れてきた海と空だけのまあるい世界の端っこに、目指すリルミータ大陸が見えてくる。



「ミャコ、セイルさん待ち合わせ場所のシノイの町についたって!」

「え? も、もう? わ、分かった!」


話が終わったのか、鏡をしまい口元に手を当てて、えっちゃん渾身の大声がミャコに届いてくる。

ミャコはそれに大声で答え、翼を急がせた。



シノイ。

元は光の一族が主に暮らしていた町。

現在では、そこで暮らしていた一人のナヴィが水の国の王の元に嫁いだことで、水の一族と和平を結び、水と光の一族が共存している。


そんなシノイの町は、ミャコたちレイアにとっても大きな意味を持つ町だ。

何故ならシノイは、始まりのレイアが生まれた町なのだから。


世界で唯一命のキセキを正しく使うことのできたナヴィのいた町。

願うならばその力を正しく使いたい。

そう思うミャコたちのとっても、捨て置けない場所だった。


けど、そこをセイルさんとの待ち合わせ場所に決めたのは、それが理由ってわけじゃない。

水の国ウルガヴに一番近い町って理由もあるにはあるけど。

そこには水の国の騎士、ディノ・ウルガヴがいるはずだからだ。


アイラディアの神にも、コドゥにも、最も従順で敬虔だとされる水の一族。

レイアの生まれにくい環境の中で、レイアとして生まれたディノは、水の国の王女にして二代目になる光のレイア……ユーミ・セザールを守る盾であると同時に、ユーミと同等の地位を持っていた。

水の国の宝として、水の国を象徴する二人のレイアとして。


水の王ウルガがそれをどんな意図を持ってなしたかはミャコにはよく分からない。

あるいはえっちゃんのように、レイアであることを晒すことで、国を持って二人を守るつもりだったのかもしれないし、二人の命のキセキを使うに相応しい人物を探していたのかもしれない。

初代の光のレイアを愛することで、正しく命のキセキを使いこなしてみせた王のことだから……何らかの意味があったんだろうけど。


そんな王のこと、水の国のこと、ただ一人願いを叶えた光のレイアのこと。

ミャコに知るきっかけを与えてくれたのがディノだった。


かつてのミャコは、えっちゃんとともにシノイの町へと訪れ、そんなディノと出会い、町や国を離れたがっていたディノを仲間に加えて、新たな旅に出たわけだけど……。


その時のミャコたちと、今のミャコたちとでは、同じようでやっぱり違うんだろう。

前にシノイを訪れた時より時期は遅いし、何よりそんなディノを町や国から離してしまったことが失敗だったってことを知っている。


それに、アキの予言、二人に訪れる命の危機、それがミャコの知っているものであるならば、明らかに起こる時期が早い気がした。


それが、ミャコの記憶の通りのものならば、それは水の国の崩壊を意味していて。

必然的に気持ちが焦る。


「ちょっと飛ばすよ、えっちゃん! ちゃんと掴まってて!」

「わわ」


ぐんと急降下、思う通り空を飛べている自分に、何か夢を見てるような気分になりつつも、ようやく見えてきた港町へと急いで。


逸る気持ちのまま、ミャコは辺りを確認しながら、町に程近い野原に降り立ったのだった……。


足から降りて、えっちゃんの氷の籠ごと抱え込む形で、ゆっくりと。



            (第四十七話につづく)






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