第四十二話


バシャァンッ!


「い、いったぁ」


ミャコとルーシァが水にのまれて、息ができなくて意識飛びかけたその瞬間。

そんなミャコをたたき起こすみたいな、落下による打ち付けられた衝撃に襲われる。


「こ、こんなつもりじゃ……なかったのに……ぶくぶく」


頭を振り振り顔を上げると、そこは滝つぼだった。

深い森の中、わずかに届く月明かりに照らされて、そう言って力尽きたルーシァが水面下に沈んでいくのが見える。


「ミャコさん、手をっ」


あの鎧やっぱり重いんだなってしみじみ思っていると、見事水に流されることなくトンネルを抜けたらしいアズが、浅い滝つぼにへたり込むミャコに手を貸してくれた。

一方沈んでったルーシァは、そこに待機していたミズとえっちゃんに救助されているのが見えて。



「うぅー。ぐしょぐしょだ」


思わず愚痴るミャコだったけど、それも作戦の想定内と言えばそうなんだろう。

水面には、えっちゃんが作った氷がだいぶ小さくなってぷかぷかと浮いている。

これで証拠は残らない。

まさか、城に攻め込んだ彼らも、すでに城の中がもぬけの殻だとは思っていないだろう。

よしんば城にいないことに気付いたとしても、すでに手遅れ。

仕掛けは上々って感じだ。



「……っ、敵さんはほぼ全てが城の中に入ったみたいです」


猿たちを使ってそれを確かめる役割を負っていたミズは、ルーシァを介抱していた手を止め、はっとなってそう呟く。


「……うう、けほっ。よ、ようやく……ワタシの出番……た、たまやーっ」


すると、ルーシァはよろよろと立ち上がり、いつの間にやら取り出した銃の引き金を、まるで最後の力を振り絞るかのように引いてみせた。


カチッ。

聞こえるのは、鉄を打つ小さな音。

だけど、弾丸は出てこない。


刹那の静寂。

一瞬水でしけって壊れちゃったかと思ったけど……。


森の茂みの向こう、城のある方向から聞こえてくる爆発音。




「はじまりましたね……」


それを聞いて、沈んだ呟きを漏らすミズ。


「っ、それじゃ、急いでマイカさまたちと合流しょ」


それはアズも同じで。

気持ちが沈むのも仕方ないよねって思う。

今までずっと暮らしてきた場所を離れることになってしまったんだから。



「うん、そうだね」


自分の住処が燃えて崩れゆくさまを見なくてすんだのは不幸中の幸いか。

言って駆け出すミズとアズにミャコは頷き、またまた鎧を脱ぐはめになったルーシァを、お人形さんみたいに両手でぎゅっと抱きしめてるえっちゃんとともにその後を追った。

もちろん、ルーシァの脱ぎ捨てた鎧はミャコが持って。




今回の作戦、発案者はルーシァだった。

まず、ミャコとアズが相手の目的を探る。

相手がこちらを害する目的でやってきたことが分かったら第二段階。


ミャコとアズは、追いかけてくる相手を誘導しながら城に向かう。

そしてそのまま地下へ直行して、第三段階。


戦わずして逃げるという今回の作戦の肝となる部分。

闇の力から生まれた彼らが水を嫌う、というのは結果論だったけれど。

ミャコたちはその逃げの一手を、地下を流れる用水路に託した。

それは、森を囲い逃げ出さないように包囲していた彼らの裏をかくもので。

ミャコたちを追って城の中に入った彼らが城の中にミャコたちがいないことに気付くより早く、ルーシァの力で城を破壊することだった。


ルーシァの金(ヴルック)の力で作られた『ボムズ』。

それは、火(カムラル)の力にも似た、物を爆発させ、壊し、火をつけるもので。

ミャコたちが交渉してる間に、それを城じゅうにしかけていた。

後は、相手がもれなく城に入ったことをミズのレイアークの力で確認し、爆発させるだけだった。


今頃、闇の城は火の海だろう。

それだけを思えば、ミャコの知る結末に似ていたけど。

火に焼かれることで、死してなお縛られることになった彼らの魂が解放されることを、ミャコは祈りたかった。



まぁ、そんなわけで何とか作戦を成功させたミャコたちは、城を離れて森を抜け、落ち合う場所と決めた浜辺を目指してるわけなんだけど。


アズとミズ、そしてマイカがずぅっと暮らしてきた住処、それを破壊するというそんな作戦に対して、やっぱりマイカは渋った。


マイカにとって闇の城は思い入れのある場所だろう。

だからマイカが渋るのも仕方ないとは思ったけれど。

渋っていたのは、そもそも城を云々のことでじゃなかった。

きっと、強がっている部分もあったんだろうけど。

闇の城は三人で暮らすのには広すぎて、目立つから引っ越そうと考えていたそうで。


何よりマイカは、城を壊すことにより、自分たちの所在を不明にさせる意味合いがあることにも、ちゃんと気付いていた。


マイカが渋っていたのは、その作戦の計画の中にマイカの出番がないことだった。

ゾンビ程度なら、真っ向からぶつかっていけばいいじゃないかって、身も蓋もない感じでだだをこねていた。

確かにこの面子なら、それは可能かもしれないってミャコもちょっと思ったけど。


結局、渋るマイカをなんとかなだめすかし、ミャコたちの足でもある、ルーシァの『ブルバドゥ』のある入り江の番をしてもらうことにした。


同じく出番のないアキを、そんなマイカのお守りにして。

だけど……こう言っちゃなんだけど、ミャコはちょっと心配だった。


じっとしてるのが嫌でやきもきしているだろうマイカを、果たしてアキが抑えておけるのか、と。

まぁ、それはミャコの勝手な心配なわけだけど。



そんなミャコには、もうひとつ気にかかることがあった。

死者の水の軍が闇の城に攻め込んだのは、決して彼らの意思じゃない、ということが。

彼らを操っている、闇の力を使う黒幕がいる、ということが。


思えば、ミャコと会話した水の国の王子……てっきりミャコは彼と話してたとばかり思っていたけど……その相手こそが、本当の黒幕なんじゃないかなって、そんな気がしていた。


だとすると、死者の水の軍をどうにかしただけじゃ、何も終わってないってことになるんだけど……。


             (第四十三話につづく)






  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る