第四十一話



キィキィッ!

そんなまったり? とした空気もつかの間。

ミズの力から生まれた猿たちが、鋭い警告の鳴き声を発しながら次々と城の屋上へとよじ登ってきた。


それにより役目を終えた彼らは、ぽんとコミカルな音を立てて消えてゆく。

それを見たアズは、密かに名残惜しいミャコから離れて城下が見えるところまで駆け出していった。

そしてすぐに振り向き、ダッシュで戻ってくる。



「まずいょっ、もう城門まで来てるっ!」

「うそっ!?」


せっかく決死の近道をしたのに、どうやら前半もたもたしすぎてたのが仇となったらしい。

血相変えてミャコたちは城の中へと入ってゆく。



「ついてきてミャコさん、地下に案内するからっ!」


実の所一度来たことのある場所だから、地下室のある場所も知ってたんだけど、そんなことで問答してるヒマもないので、ただ頷いてアズに続いていて。



「よし、行っくょ! 風さんの力、期待してるからっ!」


だから城の中に入って、地下まで続く螺旋階段手前の踊り場までやってきて、一度だけ振り向いてそんな事を言うアズの言葉の意味が、一瞬理解できなかった。


理解したのは、一足先にアズが螺旋階段の隙間……奈落まで続いていそうなその場所に飛び込んでいった、その瞬間だった。



「うわぁっ。な、何しちゃってんの!?」


ミャコは青くなって、慌ててその後を追う。

それは、一度死ぬような目にあったからなのか、そこまでミャコのことを信頼してくれたのか、それこそまさに自殺行為にしか見えない究極の近道だった。


「ば、ヴァーレストよっ。加速! アズに追いついて、守って!」


悲鳴に近い命令口調。

風の力も、この時ばかりはふざけてる場合じゃないってことが分かってたのか、うまいこと言うことを聞いてくれた。

ぐんとトラウマになるくらいに落ちるスピードがアップし、まずアズに追いつく。


さっきとは打って変わって楽しげなアズの手をかろうじて掴んで懐に抱くと、ガスガス当たる階段の取っ手に内心泣き言をもらしながら我慢して体勢を整え、空いた手のひらに風のクッションを作り出す。


地下の灰色の地面が見えたのはまさにその時で。

ミャコはクッションを打ち出すと、歯を食いしばって丸まった。



クッションが衝撃でつぶされ、ミャコの足にまでその衝撃が伝わる。

さほど広くない地下室に、砂埃の混じった突風が吹き渡って。


「ごほっ、ごほっ……ああっ、今度こそ死ぬかと思った!」

「わうっ!?」


行き場の無い怒りを吐き出すみたいに絶叫すると、その勢いで腕の中にいたアズをぽいと放る。


「うわっ、ぺっ、ぺっ。投げることないじゃんかーっ」


文句は言うも、非常に嬉しそうで楽しそうなアズ。

はやり、どうやらさっきのでクセになってしまったらしい。


もう二度とアズを連れて飛んだり落ちたりはしない!

未だじんじんと痺れたままの足の痛みを必死で我慢しながら、そう誓ったミャコだったけど……。



「ミャコ……うるさい。突然きて、迷惑」


何だかすごく久しぶりな気もしなくもない、えっちゃんのにべもないそんな言葉に、そりゃないよって思わず力抜けて座り込んでしまうミャコ。


どうせ全部ミャコのせいですよぉ、とくさくさしながらえっちゃんのほうに顔を向けると、そこには顔に飛んでくる砂埃をルーシァという盾? で防御しているえっちゃんの姿があった。

それはそれは優秀な盾だったのか、ルーシァの身体前面は真っ白い埃に覆われている。


「くおうーっ! 殺す気、ぐっ……ごはっ、ごほっ。ち、窒息、窒息するぅーっ!」


それは、冗談じゃないルーシアの本気の悲鳴。

慌てて駆け寄って鎧を脱がし、なんとか事なきを得る。



「……ごめんなさい」


涙でぐしぐしのルーシァを見てさすがに申し訳ないって思ったんだろう。

おろおろして、平謝りするえっちゃん。


「ひどい、ひどいよう。せっかく頑張ってるひとに向かってこの仕打ちは酷すぎるっ!」

「ご、ごめん」

「うう、地下室の掃除をさぼったボクのせいだょね、ごめん」


その泣きっぷりが真に迫っていたので、いたたまれなくなってミャコもアズも頭下げる。


「いいもんいいもん。ミャコさんから慰謝料がっつりもらうから!」

「えっ……な、なん」


なんでミャコなの!? って反論しようと思ったけど、全くもってミャコに責任がないってわけでもなかったから、その反論の機会を失ってしまう。



ドドゥンッ!

と。


上方……おそらく城の正門だろう。

それがついには壊れ、雪崩れこむような音が聞こえて。



「って、遊んでる場合じゃなかったね。ミャコさんたちが来ないからちょびっと焦ったけど頃合いやよし! よろしくエミィさん!」


ミャコが呆気に取られる中、ばばばっと再びフルアーマーを着込んだルーシァが、ミャコの肩上に陣取り、さっきまでの涙など幻であったかのようにそう宣言する。


もしかして今までのやりとりは、頃合い待つ時間合わせか何かだったのかと思ってしまうほどの変わりっぷりだった。


そんなルーシァが小さな指でびしっと指さすのは、海まで続くという用水路だ。

流れの速い水は、ぽっかりと空いたトンネルの向こうに吸い込まれている。



「やっと私の出番きた」


やっぱり何事もなかったかのように、えっちゃんはそんなルーシァの言葉に頷き、ルーシァが指さした反対側の水の噴き出している場所へと歩み寄る。

そして中々勢いの強い水に無造作に手を突き出す。


ピキキィッ!


「おおっ」


すぐ近くで聞こえる、アズの感嘆の声。

それもそうだろう。

えっちゃんがその小さくか細い手を差し出しただけで、その水はたちまち凍りつき、その流れを止めたからだ。

まさしくあっという間に用水路の水は流れ消え、苔の生えた石の地面が露わになる。



「30数えたらどかーん。……気をつけろ」


かと思ったらえっちゃんはそんな事を呟き、ミャコたちの返事も待たずにぺたぺたとトンネルの向こうへと走り出してしまった。


「30っ!? やばいじゃん!」


早い展開について行けなくて……というか、着地の衝撃による痺れがまだ残っていたミャコは、さらにそう言ってえっちゃんの後に続くアズのことをぽかんと見つめるしかなくて。


「……ちょ、何してんのミャコさん! あと20!」

「わ、わぁっ!?」


みしりと、氷の軋む音。

見れば透ける氷の向こうに新たな水が迫っているのが分かって。

ようやく事態を理解し、トンネルに向かって走り出す。


「いたっ、いたたっ。足が頭がっ! ここ天井低いよっ!」

「うわぁっ、人選誤ったぁーっ!」


真っ暗なトンネルはごつごつしてて滑りやすく、尚且つ天井が低かった。

ナヴィにしてはデカイほうのミャコには、ちゃんと立って進むことすらもままならない低さで。


当然先行した二人のようには進めない。

狭いトンネルに、ミャコとルーシァの悲鳴が木霊して。

それを覆い隠すみたいに背後からせまる怒涛の水。



「え? ちょっと! まだ10秒あ……」


そんなルーシァの叫びも、あえなく背中の轟音に打ち消されていって……。


 

            (第四十二話につづく)






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