第四十話



「ちょっ、アズ、飛ばしすぎにゃぁっ!」


抗議の意味も兼ねて首に抱きつき軽く叩いたら、それがまずかったらしい。

スピードをあげろと勘違いしたのか、それともさっきの仕返しなのか、開いた口がでっかくなるんじゃないかってくらい押し寄せる風の勢いが増す。



「……っ!」


こんな速さで逃げちゃったら作戦の意味がなくなる。

そう口にしようとしたけど、もうそれすら言葉にならなくて。

それでももがもがともがいていると、突然物凄い負荷がミャコにかかった。



「んぎゃっ!」


まるで空気の壁に叩きつけられたみたいな衝撃。

さすがにそれはひどいよって抗議の声をあげようとすると、そんなミャコより先にアズのほうが低く唸った。


その瞳はじっと前方、揺れる茂みの向こうを見つめている。


来る!

ミャコがそう思った瞬間だった。

黒煙のように吹き上がる闇の魔力。

それをまとって飛び出してきたのは、各々獲物を手にした三体の銀甲冑だった。


「あっ、さっき見た……おじいさん?」


ついて出たアズの疑問の言葉。

それは、そのうちの一体、兜が取れてさらけ出されたコドゥのその顔を見て言ってるんだろう。


「違うよ、アズ、あれがゾンビよ! ドリードの一種!」


ただれた肌、腐臭、濁った目。

死者がドリードと化したもの。

闇の力持つものが支配し、使役すると言われている存在。

なのにとんちんかんなことを言うアズのことを考えるに、マイカはその力を使うことはなかったんだろう。


あんなのがいたら衛生面でもよくないし、陰鬱な気分になることうけあいだ。

かつてミャコたちがここに来たとき、森は彼らの棲家だった。


0何があってそうなったのか。

その事を考えれば、早くこの地を訪れなかったことに、もう取り返しのつかない後悔を覚えたけれど。


ミャコたちの言葉が判ったのか、それでも単純に獲物と見たのか、ゾンビどもは奇声を上げてこちらに向かってくる。



「アーヴァインよ!」


それに対するアズの行動は早かった。

自らの信じる御名を叫ぶと同時にその喉から吐き出されたのは、大気を歪ませる紫色がかった渦だった。


バチィッ!


「ガッ!」


それは三体のゾンビの中心で炸裂。

迫り来る勢いだった彼らの動きを止める。


……重力。

獣化と並ぶ月のナヴィの代表的な能力だ。


「切り裂け、ヴァーレストよ!」


その威力を身をもって体験したことのあるミャコの行動も早かった。

不可視の風まといし右手のひらを振り上げて、返す勢いで突き出す。


天から地への力が極端に跳ね上がるアズの力。

それをうまく利用して、叩きつけたミャコの風は、その堅固に見えた銀の甲冑を、いとも容易く押しつぶした。


飛び散る腐った肉片。

よく見れば古びた、水垢のついた銀の甲冑が、細かになって大地に降り注ぐ……その直前にそれらは霞み消えて、黒い石へと取って代わる。



「やっぱりミャコさん、知ってるんだ。今の力だって、初めて見せたのに」

「いやぁ、はは」


反射的に一番効率のいいだろう手段を取ったミャコに、目ざとく気がつくアズ。

ミャコはそれに、曖昧に笑って誤魔化すしかなくて。


身に沁みたのは、アズが思っていた以上によく気付く子ってことで。

そんなアズに改めて感心していると、犬の姿のままのアズは鼻をひくひくさせて顔をあげた。


「今ので気付かれたみたい、どんどん集まってくるょ」

「誘引は成功、ってとこかな。後はお城までついてきてくれるかってことなんだけど……」

「うん、それなんだけどさ、いい事思いついちゃったんだょね」


夜空を見上げながら、楽しげにアズは言う。

それに、ミャコはそこはかとなく嫌な予感を覚えたけど。



「飛ぶから、微調整よろしくっ!」

「え、ち、ちょっと!」


焦るミャコより早く、体勢低く沈み込むアズ。



ウオオォォンッ……。

そのまま天まで届けと遠吠え。

迫り来る甲冑たちの注目を一手に引き受け、森の木々の合間をぬって高く飛んだ。


月に照らされて美しく。

その存在を誇示するがごとく。

咄嗟に腹ばいになってしがみ付かなきゃ、ミャコはそのまま振り落とされていただろう。


一瞬にして彼方に見える森。

その隙間を埋めるように、月明かりを反射させて蠢くものたちの姿が見える。

進行方向に僅かに顔をあげれば、そこには漆黒の城が見えて。


聞こえるのは、余韻残るアズの遠吠え。

それに呼応するかのような、馬のいななき。

楽しげに暴れ、纏わりつく風の音。



「ヴァーレストよ、城まで運んで!」


もうミャコにはやけに近い気分で、普通に呼びかけるみたいに、力を発動する。

それは、高いとこが怖くて余裕がなかったってこともあるんだけど……思いのほかうまくいった。


背中に生えた、翼の感覚、浮遊感。

風に包まれてる感覚。

みるみるうちに、城の尖塔が近付いてきて。



「わわ、ぶつかるっ!」

「えぇっ!? そ、そんなっ!」


慌てふためく二人の悲鳴。

気が抜けたのか、身体が軽いほうが衝撃を和らげることができるだろうって判断したのか、ナヴィの姿に戻ったアズと、もつれ合うようにして中空を回転する。


それは、自分のほうが下だって言い張る熾烈な戦いによるものだったけれど。

こういうのはやっぱり身体が大きい方が勝つらしい。

見事に勝利したミャコは、アズを包み込むようにぎゅっと抱きしめて。

衝撃に備えて身体をぐっとこわばらせていると、そんな攻防の全てを台無しにするみたいに、城の屋上、その石タイルでできた地面にぶつかろうかと言う瞬間、ミャコたちをふわりと悪戯な風がさらった。


それでようやく理解したたのは、風の力自体が飛ぶことを怖がるミャコをからかって遊んでいる、と言う事実で。


気付けばミャコはアズを抱きしめた状態で、無事に足から屋上へと降り立っていた。



「はぁ、うーっ」


心の底から搾り出すような安堵のため息。

こんな悪戯な風とずっと付き合ってかなきゃいけないと思うと、何だか泣けてくるミャコだったけれど。


「……あ、あれ? ミャコさん、無事だったの?」


ミャコと同じように覚悟を決めて瞳を閉じていたアズが、ミャコの腕の中で目をぱちくりさせている。

抱きしめてるミャコが言うのもなんだけど、背中向けて見上げられるのってやばいよね。

きゅんとするっていうか、今の今まで自分でずっと否定し続けてきたつもりのミャコだったけど、何かミャコって節操ないっていうか、ナヴィが大好きなんだなぁってしみじみ自覚してしまったよ。



「あはは、うん。うまく着地だけはできたみたい。いっつもこうなんだよね。気難し屋っていうか、いたずらっ子っていうか、風さん、あんまりミャコの言うこと聞いてくれなくて」

「んもう! ミャコさん本気で泣きそうな声あげるんだもん。ボク色々と覚悟しちゃうとこだったょ」


半笑いで言い訳すると、アズは頬を膨らませて講義してくる。

冗談抜きにその身体は震えていたから(ひょっとしたら震えていたのはミャコのほうだったのかもしれないけど)、そんなアズをよりしっかりと抱きしめてあげたのだった。


それは半分以上、ついぞ前に自覚したばかりの、ミャコがそうしたいからって気持ちの表れとも言えたけれど……。



              (第四十一話につづく)








  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る