第三十九話


ブスブスブスッ!


「わっと!」


そんな事を考えていると、ローブを突き破っていくつもの槍先が飛んできた。

ミャコはそれを軽く上体を逸らしてやり過ごす。


「何やってんのミャコさん! ボクたちが掴まっちゃったら意味ないんだょ!」


そこに怒ったようなアズの声。

そうだったと思い立ち、そのままミャコは走りだす。


「水の国の……ナヴィだと? ……ううっ」


と、そこに聞こえてきたのは。

今の今までとは打って変わった、人の温かみのようなものが感じられる、だけど苦渋に満ちたそんな声だった。


思わず、反射的に振り向くミャコ。

青く長い髪に隠れていた、その相貌と目が合う。


「にッげ……ロッ……」


ウルガ王と同じ、お茶目で純粋な青の瞳。

その瞳でミャコをしっかりと見据えて、王子は呟く。


……逃げろ。

ミャコには、それがさっきとはまるで逆の言葉に聞こえて。

何が何だか分からなくなって、混乱しかけた時。

その首ががくんと落ちる。



「殺せっ! レイアも、レイアに組するものも皆殺しだっ!」


そして、再び顔をあげたときにはすでに別人がそこにいた。

その頭上に立ち昇る、黒い煙のようなもの。

闇の魔力。



「ミャコさんってば!」


ついにはそこでぐいとアズに引っ張られて。

銀の甲冑たちが、その槍先がすぐそこまで近付いていたのに気付いたのはその瞬間で。



「っ、ヴァーレストよ!」


はっとなったミャコは、アズに繋がれた反対側の手に見えない風の渦を作り出し、足元に叩きつける。



「わ、わ、わぁっ!」


激しい風圧に、甲冑どもが、ミャコたちがともに吹き飛ばされて。

アズが悲鳴をあげる中、ミャコは打ち付ける風を翼に換えて、森の中へと飛んで行った。


目まぐるしく天地が入れ替わる急旋回。

ものすごい勢いで近付いてくる木々を華麗にかわし、充分森の中に入ったところで、立ち並ぶ木々のひとつに足かけてくるっと一回転。

アズが傷つかないようにふわっと降り立つ。



「こ、ここ」

「ここ?」

「こわかったょう! ボクは風のレイアじゃないんだから無茶しないでってば!」

「……ご、ごめん」


思いっきし無茶しました。

今の一連の行動、成功したのもまぐれです。

なんて口には出せない本音を心内にしまいながら、それをその言葉ひとつに集約させる。


「もうっ、作戦と違うじゃんか! 相手が敵だって分かったらすぐに逃げるんじゃなかったの!」


だが、さっきまでの興奮冷めやらぬのか、アズが涙目で抗議してくる。


「うん、そうなんだけどさ。あの馬に乗った人、おかしくなかった? なんて言えばいいんだろ、何かに操られてるっていうかさ」

「えぇ、そう? ボクにはよく見えなかったけど」


何かに操られている。

そんな風に見えたのは、どうもミャコだけだったらしい。

なまじ知らない人でもなかったからなのか、その辺りはよく分からなかったけど。



キィキィッ!


なんとなく二人で考え込んでいると、森の奥のほうから城のほうへと向かって逃げていくたくさんの緑色の猿たちの姿が見えた。

さらに、木々と闇にまぎれて、いくつもの人影が見えてくる。



「ミャコさん、こっちも来たょ!」


アズの声とともに、聞こえるのは甲冑のがちゃがちゃと軋む、たくさんの音。

落ち着きを取り戻した他しい馬の蹄の音。

どれもが、確実にミャコたちの元へと近付いてくるような、そんな予感……というか悪寒。


「ねぇ、これって」

「うん、闇の魔力だね。マイカさまの力に比べたら、ぜんぜん弱っちいけど」


悪寒の正体。

立ち昇る、黒い煙の正体。

それは、辺りの闇に溶け込み紛れる、何者かの闇の魔力だった。


水の国の王子、あるいはその部下たちが……コドゥが使える代物じゃないことは確かで。

やっぱり、彼らの裏で糸を引いている何者かが別にいるらしい。

ミャコが達した結論はそんな感じで。


「とにかく城へ急ごう。囲まれちゃったらまずいし……あ、そだ。今度はボクの番だょね。いっくぞー、アーヴァイン! 変身だっ!」


そんな事を考えていると、アズは月の魔力を高め、その拳を天に掲げた。

するとアズに月の光が降り注ぎ、その小さな身体はみるみるうちに大きくなってゆく。



「うわっ!?」


ミャコが驚いて(一度見たことあるはずなんだけど)目をしばたかせていると、アズは気付けば青い毛並みがふさふさの犬へと姿を変えていた。


アズのレイアークがケルベロスなら、アズ自身が月の力で変身したその姿は、さしずめフェンリルと言ったところだろうか。

こんな時に言うのもなんだけど、物凄く苦戦した記憶が呼び起こされて。



「ほら、早く乗って!」


そんな事を考えて内心びびっているミャコなんかものともせず、アズはそんな事を言う。


言われるままに背中にまたがると、そのままダイブしたくなるくらいぬくぬくのふかふかだった。

敵対していたときは、こんな事も知らなかったんだなって、ちょっと切なくなって。


「よし、しっかり掴まってて、いくょーっ!」


アズがそう叫んだ瞬間。

ミャコは飛ぶがごとく風を切っていた。


周りの視界が丸く見えるほどに、目まぐるしく視界が移り変わる。


夜の森のざわめきすら、置いてきぼりにされるくらいに。



              (第四十話につづく)






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