第三十八話


キィキィッ!


と、その時だった。

少し離れた森の向こうから……いや、そこらじゅうから、ミズのレイアークによって生まれた者達の鳴き声が夜の静寂に届いてきたのは。



「……来たっ!」


続いて、夜目のきくアズの鋭い声。

アズの視線の先を追えば、確かに何者かが隊列を組んでこちらに歩み寄ってくるのが分かる。



「でも、ミズのレイアークがいろんなとこで騒いでるってことは」

「森……城ごと囲む気なのかも。ボクたちが逃げられないように」


さっきとは打って変わって真剣な声。

囲む気、つまり当初の予測通り、こちらと話し合いに来たというわけじゃないんだろう。

否応に緊張感が高まる。


「後は、相手の意思を確認するだけだね」

「う、うん」


ミャコたちはそう言葉を交し合うと、そのまま地面に降り立った。

そして、月明かりに照らされた、相手に見えやすいところまで歩いてゆく。


それこそが、今日の作戦でもっとも重要なミャコたちに与えられた役割だった。

相手がミャコたちをどうしたいのか、逃げも隠れもせずに聞いてみる。

有無を言わさず攻撃されるかもしれない、危険な役割。

ミャコとアズが選ばれたのは、まぁ選ばれるべくして選ばれたって感じだろう。


本域ではないとはいえ、レイアークを連発していて、今もミャコたちを守るためにその力を使っているミズはもちろん、作戦上ほかの場所での役割を持つえっちゃんやルーシァも論外。

いろんな意味で、交渉と言うか会話に向いていないアキとマイカはもっと論外といった感じに。


だが、その危険な役割をミャコたちが相当するにあたって、多少の不満も出たのは確かだった。


あたしの心を奪おうとするコドゥがどんなものか、見てみたい。

なんてだだをこねてるマイカがいたり。

みんなで口をそろえてミャコは無茶しいだって言われたり。


そんなわけで、アズはミャコのお守り兼、森の案内役だったりした。


一応ミャコが相手との交渉役になってる。

ただ、元気そうに見えるアズだったけれど、すでに一度レイアークを使役している。


もし二度目のそれを使うようなら、アズの力量にもよるけど、アズの身を危険に晒すことは間違いないだろう。

あくまでミャコたちは、相手の出方を伺うことだけど……できるのなら戦わない方向でいきたいところだった。



キキッ!

と、じわじわと大勢の気配が近付いてくる中、ミズの作り出した緑色の猿一匹が、ととっと降り立ってアズの耳元まで駆け上がる。

そしてミャコにはよく分からない言語でふむふむと会話。


「ミャコさん、ここ以外の敵さんは、やっぱり森を城を囲むようにして進軍してるみたい。みんな闇の力に依るドリードたちだって」


敵、つまりはそう言うことなのだろう。

やはりただの話し合いではありえないようだ。


「もうあちらさんには話し合いする気はなさそうだょ? もう作戦、次の段階にしちゃう?」


こちらからは戦うつもりはないとはいえ、アズにとっては初めてに近い実戦なのだろう。

下手したら殺されるかもしれない。

命のキセキを奪われるかもしれない。

そんな緊張感と焦りが、アズから伝わってくる。



「まだ早いわ、確実だと分かっていても、交渉はしてみないと」

「あ、ちょっと、ミャコさん!」


マイカの心を踏みにじった奴がどんな奴だったのか。

まぁ、そのコドゥとは別人の可能性もあるけど、ミャコも知りたかったってのが本音で。


ミャコはそう言い、一歩前に出る。

より、月明かりに晒される茂みの無い場所へと。


アズは、そんなミャコにへばりつくようにして後ろについてきていて。

そんなアズに、無茶はしないことを目と目で約束して。


再び前方を見据えれば、水の国の軍を表わす涙滴の紋様の入った旗が、揺れてミャコの視界に入った。


次に、綺麗な葦毛の馬。

それに仕え後に続くように見えるのは、やはり水の紋様が入った銀の甲冑たち。


その中で、ロングスピアを持ち、馬を引いていた銀甲冑のひとりがスピアの柄をたてて立ち止まると、その一群は音をそろえて一斉に静止する。



「……この地に住む闇のナヴィとは、お前たちのことか?」


と、闇に隠れ見えなかった馬上から、ミャコが思ってたよりも若く、そして冷たく虚ろな声が響いてきた。



「だったら何よ。こんな夜更けにそんな大勢で。仮にも天下に名高い水の軍のひとが、そんな常識なしで許されるわけ?」


一応ミャコは今、いつものウルガヴのケープの上に、アズとおそろいのまっくろなローブを身に纏っている。


その背中と胸元には闇の根源を表わす、円のうちに描かれた星……その紋様が刻まれていた。


それでミャコたちが闇のナヴィのひとだって勘違いしてくれるかどうかは、相手次第なんだろうけど……。


              (第三十九話につづく)







「……今すぐ闇のレイアを差し出せ、連れ去ったという月と木のレイアもだ」

「そんな事して、どうするつもりよ」

名を呼ばれてこわばるアズを庇うようにして、だけどとぼけることもなく、ミャコはそう聞いた。

その返答次第で全てが分かる。

そんな期待を込めて。


「……決まっている。アイラディア様を裏切りしレイアはこの世界にとって害悪。ひねりつぶして、くだくのみ」

「……っ」

そして返ってきたのは……予想の範疇ではあるけど、一番聞きたくなかった、そんな言葉で。

「バーカ、そんな事絶対させるもんですか」

心の内から滲み出す怒りにも似た衝動を、何とか抑えると、ミャコはべっと舌を出し、交渉決裂の意を示す。


「ならば全員まとめてむごたらしく死ぬがいい」

どこまでも冷たい、感情の含まない声。

それを合図に、銀の甲冑が一斉に獲物を向けてくる。

「アズっ!」

ミャコは背後のアズに一声かけて、身に纏っていたフードを、向けられた槍先に、馬の鼻面にかぶせる。

ヒヒィンッ!

驚いた馬がいなないて、前足をあげた。

すると、馬上の人物が月明かりに晒され、その正体を露わにする。

「っ!」

「ミャコさん、早くっ!」

ミャコの掛け声とともに駆け出していたアズが、悲鳴に近い声をあげた。

作戦のための釣りかと思いきや、結構本気な声。

それは不覚にも、ミャコが馬上のコドゥその人に目を奪われ、立ち尽くしていたからなんだろう。

「あなたはっ……」

ほんとに一瞬、そこに唯一尊敬すべきコドゥであるウルガ王の姿があるのかと思ってしまった。

だが、現王より一回りも二回りも若い。

それはおそらく、かつて耳にしたことがあった、海上で行方不明になったという二番目の王子だったんだろう。

親殺しの兄とは似ても似つかないのは、母親似だったからか。

予想に反して優しげな顔立ちが、先程までの会話とのギャップを感じさせる。

激しい違和感、と言ってもよかった。

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