第三十六話
「それで、今度はあたしたちの番ってことなんだ? あたしたちを助けるために、あなたたちはここへ来たってこと? その予言っていうのに導かれて」
ミャコたちがここに来た理由。
それを真剣な面持ちで聞いていたマイカは、そう呟いて、考え込むように空を見上げる。
そうしてると、この中で一番幼く見える彼女が全然そうは見えなくなるから不思議だった。
「想うものに裏切られ……か。う~ん、何て言うかさ。そこのとこだけはプライドとして反論したいとゆうか、強くて気高い闇の魔王のこのあたしが、いちコドゥ無勢に心奪われるなんて、ありえないと思うけどな~」
「……」
そう言うマイカの言い分も、もっともだった。
―――『欲しいなら、あげたのに!』
だけど、信じたコドゥに裏切られ、泣きじゃくるマイカが目に浮かんで複雑な気分で顔を伏せるしかないミャコ。
同時にちょっとだけ思うのは、あの時のマイカは、確かに悲しい目にあったかもしれないけど。
そんなことあるはずないって思ってたマイカが本気で誰かを想うことになる、コドゥを信じることになるきっかけがあったのは確かだったんだろうってことだった。
その悲しい運命を止めるということは、その本気の想いがなかったことになるってことなんだろう。
その気持ちを奪ってしまうってことなんだろう。
その責任は取らなくちゃいけない。
ミャコはそう思っていて。
「……あるはずがない。そう思ってるうちは何も変わらないさ。その意味を知る機会を奪ってしまうことは謝ろう。予言なんて曖昧なものを信じられないのも分かる。だからこれからのことは、私たちの我が侭だと思ってくれていい。君自身すら想像できないだろう悲しみの涙を勝手に止めに来たおせっかいな奴ら。その程度に考えておいてくれればね」
まるで、そんなミャコの気持ちを代弁するみたいに、まるで泣きじゃくるマイカのことをその目で見たと言わんばかりに、それまでずっと沈黙を守っていたアキが口を開いて。
「なんかさ、くどき文句みたいだよね、それって」
返事を待つアキに、マイカはそんなこと言って再び空を見上げる。
そしてアキを見て、何故かミャコを見て、ちょっと表現に困る複雑な笑みを浮かべた。
「くやしぃなぁ。すごく悔しいのは何でなの? アキちゃんも、ミャコちゃんも今日が初対面なのにさ、どうしてあたしを、そんな目で見るの? まるで、ずっと一緒にいる友達みたいにさ。そんな顔されると、何であたしだけ覚えてないんだろって、そう思っちゃう」
「……っ」
言われたアキは、珍しく目を見開いていた。
たぶん、ミャコも同じ。
マイカを知っていること。
心には思っても言葉や顔には出してない、そのつもりだったのに。
ここは、どう言葉を返せばいいんだろう?
ミャコにはそれがすぐには思い浮かばなかった。
謝るのも何か変だし、かといって何も言わないのも……。
「だいじょぶ。それ、私もおんなじ。ミャコもアキも、それにルーシァも、私のことすごく知ってた。……たぶん、どうしようもないくらいのお人よしなんだと思う。だから、会ったばかりでも、もう親友。疑うことを知らない。いきなりえっちゃんって呼ばれたのは、びっくりしたけど。でも……うれしかった」
なんて思っていると。
助け舟を出してくれたのはえっちゃんだった。
たぶんそれは、咄嗟に出たえっちゃんの本音だったんだと思う。
言葉の繋がりはばらばらで、たどたどしかったけど。
それだけに真摯にその言葉が沁みてくる。
「うぅ、ありがとー。エミィさーん。ワタシも仲間に入れてくれて」
それを聞いたルーシァは、完全に涙声で。
「……そっか、うん、そうだね~。確かにみんなそんな顔してる。末期で手の施しようがなさそうな、お人好し病の患者さんだ」
ふだんは聞けないだろうえっちゃんの本音に応えるみたいに、マイカは破顔する。
それは、どきっとするくらい可愛い笑顔で。
事態が急激に動いたのは、そんな風に和んでいた時だった。
「……っ、誰か来ます、この森に! しかもとてもたくさんです!」
それまで、穏やかな笑みすら浮かべてミャコたちの会話を聞いていたミズが、急に立ち上がったと思ったら、そんな切羽詰った声をあげた。
「なんだって? ボク、ちょっと見てくる!」
それに、鏡写しのように立ち上がったアズがそのまま駆け出し、軽い身のこなしで物見やぐらへと上ってゆく。
そして、両手のひらで丸を作ってやぐらをぐるりと一周。
ミャコたちが来た方向、海のあった方向でぴたりと止まる。
「でっかい船……そこからたくさんのコドゥが出てくるのが見えるょ! 先頭はもう森に入っちゃってる。みんな鎧着てて槍とか持っててなんだか怖いょ!」
それからミャコたちに向かって叫ぶ言葉は、その映像が浮かんできそうなほど、具体的なものだった。
「アズちゃんは月明かりさえあれば、どんな闇でも見通せるんだよ」
その何故を問う前に、マイカが誇らしげにそんな事を言う。
「水の国のひと……夜はこないんじゃなかったの?」
緊張した面持ちの、えっちゃんのもっともな言葉。
その答えを求められるミャコ。
「そのはず。なんだけど。どういうことなのかな? だって予言と違う……」
言いながら自身の記憶との齟齬に、動揺を隠せない。
死の間際まで、ひとりのコドゥを信じていたマイカ。
それには、そうなるだけの下地があったはずだった。
こんな夜に、武器を持ってたくさんで押しかけて、そこまで好意的に思うようになるなんてありえるのかと。
「まさか、ワタシたちがいるの、気付かれたのかな」
「その可能性はあるかもしれないけど、だからって強行するの? ミャコたちが抵抗するの、分かってるはずなのに」
そんな態度を取られて黙ってるミャコたちじゃない。
こういう言い方はなんだけど、今ここには世界の半分以上のレイアがいるのだ。
戦って無事にすむ相手じゃないことくらい、ミャコたちに気付いているなら考えれば分かりそうなことだった。
「もしかしたら、初めからそのつもりだったのかもしれないな。懐柔する……手に入れるのに、優しく接するとは限らない。力づくでも屈服させられるような、なにか策があるのかもしれないな」
「へえ? それはそれは……面白いこと言うね、アキちゃんは」
悩むミャコたちに答えを提示するみたいに、ふいにアキが口を開く。
「力づく。それってつまり、あっちにもレイアがいるってこと?」
「それは有り得ないな。それなら予言に示されているはずだ」
ミャコたちに対抗できるもの。
すぐに浮かんできたのは、ミャコたちと同じレイアだった。
でもそれにはきっぱりと首を振るアキ。
自分の予言に、相当の自信があることが窺える。
「あるいは、何かドリードを手なづける術でもあるのかもしれない。他のナヴィを手駒するというのはあまり考えたくはないが……」
しかし、そう言うアキの表情はすぐに苦悩のそれと変わった。
ミャコたちレイアほどじゃないけれど、戦力として考えるなら、コドゥよりナヴィのほうが上だろう。
コドゥに従順なナヴィならば、命令されて戦いに参加する、なんて可能性もある。
つまり、アキが苦悩してるのは、そのナヴィたちのことなんだろう。
それは、アキの予言の力がレイアのことしか知りえないという残酷な事実にも思えて。
「アズちゃん、もっとよく見てみて! 他に何か見えない? ドリードっぽいのとか、ナヴィが混じってるとか!」
それを慮ったのか、マイカが上にいるアズに向かってそう叫んだ。
言われてすぐに再び手で丸を作り、じっとその先を見つめる。
「うーん。全身の鎧の人が多くて……見える範囲には、ナヴィやドリードはいない感じだけど……んん? 何か変だな。コドゥってみんな顔が同じだからよくわかんないけど、顔の見えてるひとは、みんなおじいさんみたいな……ううん、すごく痩せたひとかな? ガイコツみたいな……」
悩み悩みの、必死なアズの声。
「……まさか、アンデッドか?」
不死者(アンデッド)。
人とほとんど変わらない姿をした、別名ゾンビとかグールとか呼ばれるドリード。
呟くアキの言葉は、アズの見たものの答え。
そんなセリフに思えたけれど。
「ふ~ん? 闇(エクゼリオ)の力であたしに喧嘩売ろうってこと? 面白いじゃない」
まるで裏返ってしまったみたいに、ぞっとする声で笑うマイカ。
そう。アンデッドは、それを使役する力は、闇の力によるものだった。
アズの見たもの。
アキの読みが正しいなら、マイカと同じ闇の力を持つ何者かが、水の国の船を使ってまで、やって来たってことになる。
その時、唐突に思い出したのは。
火の力を下手なナヴィよりうまく扱うガルラのことだった。
レイアであるミャコに対抗しうる力を持ってた、火の力を持ったドリード。
それは考えてみれば、かつての世界では有り得ないことだった。
コドゥでもナヴィでもない、その二つの種に拮抗しうる第三の種族。
そんなものがもし存在しているのなら、彼らのようなもののことを言うのかもしれない。
ミャコが確信の持てないその考えが、妄想めいたその考えが、どうしても頭から抜けなかった。
もしかしたらそれは、喋るドリードであるガルラを見たときから、薄々感じていたものなのかもしれないけれど。
「相手の出方にもよるけど、作戦を立てなくちゃね。向こうがワタシたちとやる気なら、こっちにも準備があるってこと、見せてやらなくちゃ」
重い雰囲気を振り払うように、朗らかにルーシァはそう言う。
戦わないですむならそれに越したことはないんだろうけど、そもそもここに来たのは、予言によって起こることを止めるためだった。
そのために戦わなくちゃならないのなら、それは充分目的の範囲のはずで。
結局、ルーシァの言葉に異を唱えるものはいなかった……。
(第三十七話につづく)
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