第三十三話


「これからどうするのっ?」

「とりあえず走って! 城の場所は彼らが案内してくれるはずだから!」


走ってるのはアキのはずなのに、走りながら喋ってる雰囲気を醸し出してるルーシァに、ミャコは先行するえっちゃんに手を引っ張られながら、叫んだ。


その回りの木々には変わらずざわめきが続いている。

よくよく見ると、そこかしこに光る一対の目は、ミャコたちに付かず離れずに付いてきているのが分かる。

襲ってこようとしないのは、小さな彼らがやっぱり偵察用だからなのだろう。


「案内してくれる? ミャコ、あのさるどもと、もう仲良しさん?」


何故だか彼らに対してだけ風当たりの強い口調な気もしなくもないえっちゃんが、器用に背走しながらそんな事を聞いてくる。


「ふふ、まぁね。ある意味、そうかも」


走ってるうちにハイにでもなったのか、ミャコもおかしなテンションでそう答える。

たぶん彼らは、ミャコたちを案内してるとは思っていないだろう。

彼らはただ、城に近付くもの、主に近付くものを監視しているだけなのだ。

よってミャコたちが少しでもそのルートに外れると彼らはミャコたちの元を離れていく。


数で攻める……たくさん出てくる系のレイアークは、力をあまり使わずにすむぶん、コントロールが難しいのだ。

事実えっちゃんだって、火を消すときに使ったはいいが、命令系統なってなくてばらばらの好き放題だった。

そんなレイアークの力をただ一つの命令とはいえ、固く守らせているのは凄いと言えば凄いんだけど、ちょっとツメが甘かったね。

まさかその習性を知って裏をかいてくるなんて、思ってもみなかったんだろう。



「いたい、いたいょっ」

「アズちゃん!」


枝の上を駆ける、ミズのレイアークたちを見やりながら森を走っていると、やがてミャコの耳に、案の定というかなんというか、二人のナヴィの声が届いてきた。


だけど、ちょっと様子がおかしい。

ミャコはみんなとちょっと顔を見合わせると、その声のするほうへと飛び込んだ。


二人が何者かに襲われてる?

一瞬そんな事を考えてしまったミャコだったけど。

木々の途切れた岩壁の窪みに隠れるようにしていたのは、ミャコの記憶と変わることのない、闇の魔王の片腕、二人合わせて両腕? の、アズとミズだった。


アズは、月の根源アーヴァインの御名を持つレイアで、額に巻かれた青い鉢巻がトレードマークだ。

そこから零れる肩までの髪は、赤い月のような光沢を放っている。


ミズは、木の根源ピアドリームの御名を持つレイアで、その小さな頭の倍はあろうかという桜色リボンがチャームポイントだ。

同じくそのリボンに纏められてる肩口までの髪は、新芽の萌芽を思わせる黄緑色をしていた。

視覚的にもまちまち、よるべの根源も違う。

だけど二人はほんとの姉妹と言っていいくらいによく似ていた。

それは、ミャコとえっちゃんに負けないくらい、二人が仲良しさんなんなのもあるからなんだと思うけど。

危惧していたそれ以外のものの気配はなかった。

遠巻きにミズのレイアークで作られたものたちが見守っているだけで。


それなのに、アズは苦しそうだった。

ミズも心配気にそんなアズの事を気遣っている。

目の前に侵入者がいるというのに、まるで気がつく様子がない。

レイアークの力で守られたあの森を抜けられるはずはない。

もしかしたらそんな自信も、二人にはあったのかもしれないけれど。


ふいに、ああ、そっかと、ミャコは納得してしまった。

ほとんど同じようでいて、確かに違う部分のあるセイルさんやえっちゃんと同じように、かつてこの場所で会った二人と、今目の前にいる二人は違うんだって。


はっきり言ってしまえば、ミャコの知る二人と今の二人では、レイアとして生きるための経験に、大きな差があるんだろう。

ここにいる二人は、世を席巻する魔王と化したマイカにふさわしき片腕になる……

ずっとずっと前の二人なんだろう。


だからツメが甘かった。

まだ世界の嫌なことを何も知らない、無垢な二人。

それに気付くと、当初感じていた恐怖感は跡形もなく消え去っていて。



「大丈夫? どこか痛いの?」


ミャコは、そう声をかけていた。

そこで初めてミャコたちに気付いたらしい二人は、びくりと顔を上げる。

潤んだエメラルドを秘めし瞳と。

青ざめた月を思わせる、瑠璃の瞳。

そこには、一瞬だけ、敵意と怯えが浮かんでいたけど。


気をきかしてアキは剣を納めていたし、ミャコの手を繋いだままの緊張感のないえっちゃんとかがいたし、何よりミャコたちみんながナヴィだって気付いたんだろう。

何やら痛がっているアズの代わりにと、並べるとどちらかと言えば大人しい印象を受ける、ミズが口を開いた。



「わたしたちの森に誰かが入ってきたから、追い出そうとしたんですけど……」


何の警戒心もなく、当の侵入者の前で。

ミャコはそれに、どうもいたたまれなくなって。


「あの……ごめんなさい。それって多分、ミャコたちだと思うんだけど」


思わず正直にそう言ってしまった。



「え?」


驚いて、一歩下がるミズ。

きょろきょろと辺りを見回して、ようやく自分のレイアークが権化したものたちが、警戒するようにミャコたちを囲んでいたことに気付いたらしい。


「そ、そんなっ」


色を失ったようなミズの呟き。

しかもちょっぴり震えてるし、何だか見てるミャコの方が泣きたくなってきちゃって。


「くぅっ。ボクのケルベロスを倒してきたってのか……いたっ、いたたた」

「アズちゃん! っ、お願いです攻撃を止めてください! ケルベロスをいじめないで! アズちゃんが死んじゃう! わたしがアズちゃんに代わりになんでもしますからっ!」

「……えーと」


二人の剣幕に言葉を失うしかないミャコ。

なんかすごく大げさと言うか、勘違いしているような気がしなくもない。


っていうか、止めてって。

そもそもミャコ、骨っこあげただけで何もしてないと思うんだけど……。



「さぁ、ミャコさん、か弱きナヴィの悲痛な願いに、どう応えるのかっ」


なんて事を考えていると、ちょっと離れた後ろから、そんなルーシァの説明的な小声が聞こえてきた。

気付けば、ちゃっかりえっちゃんもアキも後ろに下がっていて……。


どうやら全部ミャコに押し付けるらしい。

ミャコは、内心で深い深いため息をついて。

その仕打ちにひどく冷めた……というか、冷静になったミャコは、こう言っちゃなんだけどこの茶番の真実に行き当たる。


レイアークの力は、言わば使うレイアとイコールだ。

特にアズのように一体で大きなレイアークならばそのダメージはそのままアズに返ってきてもおかしくない。

そうなると、アズが痛がってるのはやっぱりミャコのせいなんだろう。

骨っこが一本しかなかったから三つの首が喧嘩してしまった。

お互いを噛み合うくらいに激しく。

どうやら、そんなミャコの妄想は正しかったらしい。

未だにアズが痛がっているということはまだ喧嘩してるってことなんだろう。



「とりあえず、アズがレイアークの発動……ケルベロスを戻せばすむことだと思うんだけど」

「……あ」


ミャコの疲れたような、決定的な一言に、呆けたようにミズが声をあげる。

痛がっていたアズの動きも、ぴたりと止まって。


「なんていうか……その、ごめんね」



ミャコには、そう言って苦笑を浮かべることしか、できなかった。

ミャコの記憶にある、二人とは違うってのは分かっていたけど。


そのミャコの心に残る思い出とは逆方向にかけ離れた二人のと出会いを、痛感しながら……。


            (第三十四話につづく)







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