第三十一話


そんなこんなで。

半分以上寝ていたせいか、ほんとにあっという間の感覚でザオーキ大陸に到着したわけだけど。


「さてさて、いざ魔王の城へっ! ミャコさん、案内よろしくっ」


羽ばたきもせず、ルーシァの言うブルバドゥが降り立ったのは、波寄せる白い砂浜だった。

続くはずの大地は、大波のように突き出しせり出している、えぐれた岩壁で見えない。

ここに来るまでに気取られてれば話は別だけど、たまたまここに海からやってこない限り、止めたルーシァの力の結晶を見咎めるのは難しいだろう。

そこは、まるでブルバドゥを隠すためにあるような場所だった。



「たぶん、ここからあんまり遠くない場所に魔王の住む城があると思うんだけど」


ミャコはそう言って、返しになって向こうが見えない岩壁を見上げる。

アイラディア大陸からまっすぐ進んできたのなら、これを超えればたぶん城が見えるはずで。



「……」


同じようにせり出す岩壁を見上げているアキがいる。

真剣な面持ちのアキを見ていると、アキなら翼なくても飛び越えていけるんじゃないかなって気がしたけれど。


「フックつきロープもあるにはあるけど、下手なことして崩れでもしたら困るしね。迂回してこ」

「……」


ルーシァがそう言うから。

ブルバドゥをそこに残し、ミャコたちは海側に出て、上陸できそうな所まで迂回することにした。

そのことに、何だか残念そうな様子のアキの姿が印象的だったけど。



「わ、今度はほんとにお城だ。黒いお城」


距離のためか微かに霞んで見える、本物の城を見て、心なしかはしゃいだ声をあげるえっちゃん。

やっぱり、かつてここにミャコときたえっちゃんと、今のえっちゃんは違うんだなってしみじみ思った。

まぁ、えっちゃんとここに来たのはえっちゃんと旅するようになってからずっとずっと後なわけだから、そりゃ違うに決まってるんだけど。

ミャコには、そんなえっちゃんだけでなく、その城すら違うもののように見えてしまう。


砂浜から直接、緑豊かな大地へと続いていくなだらかな丘までやってきて。

ミャコは、改めてその目的の城を見据えた。

見えるのは、夜になったら闇にのまれて消えてしまうんじゃないかなって黒い色の壁を持つ、城の尖塔だ。

それを支えているように見えるのは、ルーシァの家付近にあったものとは規模の違う、暗く鬱蒼と茂る森。


ミャコが前にここに来た時は、闇の力によって生まれたドリードたちが跋扈する森だったけど。

まだ陽が落ち始めたばかりのせいか、何か得体の知れぬものが棲まうような、そんな不気味さは感じられない。



(……それもそっか)


だけど、ミャコはその違う理由が、この時ばかりはすぐに分かった。

あの城に住む主が、魔王と呼ばれるのはもっと先のこと。

まだ何も始まってはいないんだから、って。



「あの城に魔王さんがいるの?」


一応だけど、なんて言わんばかりにそう聞いてくるルーシァ。

そこでミャコは、またしても答えに窮してしまった。


えっちゃんの時と同じだ。

ミャコはそのルーシァの問いかけに、確信を持って頷くことができない。

闇のナヴィであるマイカたちが暮らしてるのかすら、この目で見ない限り確たるものが得られないのだから。


「えっと、急な引越しとかしてなければいると思うんだけど、氷の姫で世界に広まってるえっちゃんと違って、魔王って呼び名はあんまり広まってないっていうか、ミャコが勝手に呼んでるっていうか、アキの言う魔王がほんとの彼女たちと限らないっていうか……ほら、翼あるものの例もあるし」


だから結局。

ミャコの口から出た言葉は、まとまりのないそんな言葉で。


「……つまり、行ってみなければ何もかも分からないってことだな」


返ってきたのは身も蓋もない、アキのそんな言葉だった。


「まぁ確かに、言ってみてからのお楽しみってのはこの旅の醍醐味みたいなものだよねぇ」


でもそれは、口にしたからにはやっぱり意味があったんだろう。

ミャコの曖昧な言葉に納得してくれているルーシァがそこにいて。

もしかしてアキ、困ってるミャコのことを助けてくれたのかな、なんて思っていて。



「ミャコっ」


それまでルーシァが買ってくれた飴ちゃんを手に城の方を見上げていたはずのえっちゃんが、らしくない誰何の声をあげる。

視線の先には城ではなく、ただ広がる海。

そこに染みを広げるような、ゆらめく何か。


「おや? 船、だね。ひぃ、ふぅ、みぃ、4隻も」


ルーシァもそれに気付いたらしく、律儀にその数を数えている。


「まだそこそこ距離はあるみたいだけど、だいぶ大きいよ。アレ、どっかの軍船かも」


それがほんとん軍の船だとしたら。

何しに軍の船が来たのか。

考えれば、そこには悪い想像しか浮かばない。

一人のコドゥに惑わされ騙されて、魔王と化す破目になるひとりのナヴィ。

それを阻止するためにやって来たミャコたち。

単純に考えるのならば、その船に乗っているのは、魔王をこの世に産み落とす結果となった張本人なんだろう。

前の世界では、結局その黒幕の姿を確認することはミャコにはできなかったんだけど……。


「涙滴の紋様……水(ウルガヴ)の国の船だな、あれは」


同じように船を見据えていたアキが低い声でそう言うから、ミャコはぎょっとなる。

「水の国? まさか!? だって水の国はナヴィに一番やさしい国のはずなのに?」


わざわざアキが嘘を言う意味なんてないだろうから、そこにいるのはアキの言う通り水の国の軍船なんだろう。

だけど、マイカに酷いことをしたのが水の国の人たちだなんてなかなか信じられなくて、思わずミャコは反論してしまう。


「……おそらく、現王とは無関係に動いているんだろう。他に軍の船を動かせるものがいるとすれば……確か、現王には息子がいたはずだ。子であるのに命のキセキの恩恵を受けられぬと勘違いし、現王にあまりよくない感情を抱いている、と聞いている。おそらくは、独断で動いているんだろう。……もっとも、そんなものは勘違いで、なにか別の理由……現王が友好を結びにこの地へ足を運びに来ただけなのかもしれないけどな」

「……っ」


だけど、返ってきたのはそれ以上に反論の余地を与えないかのような、辻褄のあう完璧な答えだった。

そう、確かに現王……ウルガ王が、ナヴィを傷つけるような真似をするとは思えない。


だけど、彼には息子が二人、娘が一人いた。

そのうちの一人、ガブリエ王子。

後に現王を手にかけることとなる、ミャコの思い出せる限りでは一番だって言っていいくらい憎いコドゥが。


マイカを騙し、泣かせたコドゥ。

魔王にしたコドゥ。

それが、ウルガ王を殺したガブリエ王子と同一人物とするのはいささか暴論な気はするけど。

確かに、水の国の軍船がここにやってくる、その辻褄は合うような気がした。


「友好を結ぶための船か、だったらすごく助かるんだけどね」


だからミャコは反論する代わりに、ごく低いだろう希望的観測を口にする。


「うーん。悩むなぁ。あの船の意思がなんなのか待つべきか。一足先に城へと乗り込むべきか」


「軍の船、みてみたい気もするけど。コドゥたくさんいたらいやだし」


ここでミャコたちが選ぶべき道は、ルーシァの言う二つに一つなのだろう。

ミャコの服の裾を掴んだままののんきなえっちゃんのそんな言葉を聞いていると、待ってるのは危険なのような気もしなくもないけれど。

気付けばその正しい答えを求めるみたいに、ミャコを含めたみんなの視線は、アキに向いていた。

こう、困ったときのアキというか、この数日で確実にミャコたちのパーティーのリーダー的ポジションを獲得しちゃってるアキである。

表情はさほど変わってはいないようだったけど。

意外とそんな立ち位置が満更でもなかったんだろう。

視線を受け、一同を見渡したアキは、おもむろに口を開く。


「……せっかく先に上陸したんだ。会いに行こう。魔王に。船の彼らはその後に一緒になって迎えればいいだけのこと。善意の客だろうが、悪意の客だろうがな」


いっしょに。

それは、今までアキがそうしていたように、起こる悲劇を防いで、あわよくば行動をともにしよう、と言うことなのだろう。


その言葉に異を唱えるものなど、当然いなかった。


何よりミャコたちがここにいることが、その言葉に説得力を持たせていたから……。


              (第三十二話につづく)






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