第三十話


「ルーシァっ」


なんて、ちょっと物騒なことを考えていると。

急かすようなアキの声が聞こえてくる。


「案外幼稚だなぁ、壁があったらいきなり爆破ですか。そんなんじゃ一生かかったって壊せやしないってのに」


対するルーシァは、そんなアキの言葉を聞いているようないないような、皮肉げな声をもらしていて。


「まぁいいや、とっとと脱出しましょ。ほらほら、アキ様は前に乗って、ふたりはそうね、エミィさん、ミャコさんの膝の上で我慢できる? これって二人乗りだからさ」


かと思ったら、逆に急かすみたいにそんな事を言った。



「……」

「わかった。ほらミャコ、はやく」


それを即座に理解したのか、一つ頷いて前方……(どうやらそれは乗り物らしい。前後に並ぶ形で、翼の真ん中部分がへこんでいた)の席へと乗り込んだアキ。

一方のミャコは、わけの分からないままにえっちゃんに背中を押されるようにして乗り込んで。



「よいしょっと」

「あわわわっ」


それに続いて乗り込んでくるえっちゃん。

あろうことか顔を付き合わせる形で見上げるようにぎゅっと抱きついてくる。


「おもい?」

「にゃ!? ははっ、まさかっ、そんなことはないけど」


平気そうなえっちゃんに対し、ミャコは冷や汗だらだらものだった。

何て言えばいいんだろう?

ふと気を抜けばわーって叫びたくなって、ミャコの中の抑えていた何かが暴れ出してしまうような、そんな感覚。


おんなじナヴィのはずなのに、何でこんなやわっこくてあったかいんだろうって考え出すと、全身のぞわぞわ感が止まらない。



「ぐふふ、たまりませんな」

「みぎゃっ!?」


そこに止めをさすように、えっちゃんの意地悪な笑顔。

似合わないこと甚だしい笑い声。

ぼふんと、胸の谷間に吸い込まれる、えっちゃんの顔。


かっとなった。もう、色々と。

自然と、ミャコの手が伸びる。

鋭い爪を潜ませたミャコの手のひらが。

見下ろすえっちゃんの首は、その両手で余るほどに細く華奢で……。



「ちょっとちょっと、じゃれあうのはいいけど前向いてなきゃ危ないよお姫さま。これから空を飛ぶんだから」

「む……そうか、それじゃ仕方ない」

「くしゅっ?」


それは、ミャコが我を失うほとんどギリギリのタイミングだった。

ニヤニヤしてるのが想像できるルーシァの声。

それにしぶしぶといった風に、えっちゃんがもぞもぞと方向転換。

そのおかげで、えっちゃんのつやつやの髪がミャコの鼻をくすぐって、くしゃみひとつで我に返る。



「あ、あれ?」

「あ、ごめん」


ミャコは、何が起きたのかも分からず呆けていると、えっちゃんは見上げるようにしてそう言ってきた。


「え? な、何で急にこんな? ち、ちち近いよっ!?」


触れるほど、というか完全に触れ合ってる距離。

背後にいるミャコを見上げる視線がやばいくらいにツボで。

しかも、何故か手持ち無沙汰になっていたミャコの手に気付いたのか、抱えるように握ってくるから、もうたまらない。


「……きゅう」


ミャコの完全敗北だった。

ミャコの弱っちい心は、距離感ゼロのおいしい……じゃなくて、危険な状態に耐えられるはずもなく。

そんなミャコにできることは、その意識の中へと撤退することだけだった……。






風の音が聞こえる。

強く、早く……まるで空を飛ぶような風切り、流れる音が。

それと重なり聞こえるのは、なにか大きなものの鼻息。


ぶろろろと、間断なくミャコの耳朶をうつ。

ふと、鼻先を覆うように甘い香りがして、ミャコは目を覚ました。



「……っ、わわわっ」


視界一杯に広がる、えっちゃんのさらさらの髪。

ミャコの鼻先にもたれかかってくる。

慌てて飛び退こうとしたけど動けなかった。

何か、狭いところに座っている。

風に飛ばされぬ命綱代わりにと、えっちゃんがミャコの手を掴んでいる。


ごつ。


「ふぎゃっ」


結果、えっちゃんに思い切り頭突きされました。

そのおかげでミャコは再度、はっきりと我に返って。

もう一度辺りをきょろきょろと見渡した。

空、雲、風。そして頭上を照らす朗らかな太陽。

目に映るものは、空舞うことでしか味わえないことばかり。


「と、飛んで……」


思わず悲鳴をあげそうになったけれど、鼻を強打してきたえっちゃんが、心地よい風に誘われたのか眠っていたから、慌てて口を噤む。


「お、ようやく起きたねミャコさん。どう? ワタシの最高傑作は。ミャコさんの翼にも負けてないでしょ」


と、ミャコが目を覚ましたことに、ルーシァが気付いたらしい。

何故かルーシァとおそろいで色違いのかぶとをかぶっているアキの肩上で、得意げに胸を張っている。


「空を飛ぶって、そのままの意味だったんだ。これがルーシァの……金のナヴィの力なんだね」


金のナヴィの力。

それはやはり、他の11の力とは一線を画しているらしい。

人々が生きていく上で便利なものを作る力。

そのナヴィの力量にもよるだろうけど、ようは何でもありに近い。

前の世界では、やっぱりまともに体験することのなかった力で。

風のナヴィでもないのに空を飛ぶことができる。

ミャコはその言葉以上に、ルーシァの力の凄さを感じていた。


たぶんきっと、ここまでの力が使えるのは、金(ヴルック)の御名を冠するレイアである、ルーシァだけなんだろうなって、そう思って。


「この空飛ぶ道具を作る力って、ルーシァのレイアークなの?」


ミャコは、小声でそう聞いていた。


「いやいや、これはワタシの発明のひとつにすぎないよ」

「へぇ、凄いのね。ルーシァって」

「いやぁ、それほどでもあるけど?」


それからは、やっぱりお互い小声で分からないことへの質問攻めだった。

例えば、他にはどんな発明をしたの、とか。

いったいこれはどうやって飛んでるの、とか。

機嫌がいいのか、ルーシァも快く答えてくれる。


「あ、そう言えば、どうやってあの洞窟から脱出したの? コドゥ、たくさんいたはずなのに」


そして、最終的に聞いたのはそのことだった。

結構話し込んでいたけど、包み過ぎ行く風のせいか、えっちゃんは船を漕いだままで。

同じく眠ってでもいるのか、かぶとをかぶったアキはしゃんとした姿勢のまま、一度もミャコに視線を向けることなく、前を見ている。


「ああ、その時のこと? 惜しいことしたね、ミャコさんも。あのタイミングで気絶しちゃうんだもんなぁ」


一体なにがあったの?

そう聞いてくることがなかったのは、ミャコがなんで気を失う破目になったのか、もしかしなくても気付いているからなんだろう。

表情は見えなくても、ニヤニヤしてる様子が容易に伺える。


「自分で言うのもなんだけど、壮観だったよアレは。ぐいーんって床が沈んでさ、ざばって滝になったみたいに海が割れてさ。……いやぁ、もったいない。あんな凄いのが見られないなんて」


大げさに身振り手振りの効果音つきで、そんな事を言うルーシァ。

まぁ、脱出できたのは確かなんだろうけど、ミャコが見てないからって、何か誇張してるんじゃないかって思わずそう疑ってしまうくらいに。


「浪漫だな。確かにもったいないことをしたかもしれん」

「うぅ、そんな事言ったって……」


と、そこで。寝てなかったのか、ちゃっかり会話を聞いていたらしいアキが口を挟んでくる。

アキがわざわざ口に出してしまうくらいなんだからほんとに凄かったんだろう。

なんかこんなことばっかりだなって、ちょっとへこむ。


だいたい、今日はミャコが対人恐怖症だって分かってて抱きついてくるえっちゃんが悪いんだよっ……って。


(対人恐怖症?)


何で急に、ミャコはミャコのことをそう思ったんだろう?

ふいに湧き出す、わけの分からない疑問と違和感。


「そう落ち込むな……見えてきたぞ。ザオーキ大陸が」


でも、そんな不可解な感覚は、そんなアキの言葉で、魔法のように吹っ飛んでいってしまった。



「ほんとだねー。いやぁ、近い近い!」

「……ん?ついた?」


ルーシァが歓声をあげて、えっちゃんが眠気眼でのびをする。


「ぐふふ、ちょうどいいまくら」

「……っ? も、もうっ、えっちゃんてば!」


頭がちょうど胸に当たるのが気に入ったのか、またしても顔に合わない笑みをこぼして寄りかかってくるえっちゃん。


文句は出るけど、微笑ましい成分が強くて、さっきまであったような気がするぞわぞわ感はそこにはない。


ミャコはそれに首をかしげる。

確かめるようにえっちゃんを抱きしめて。


もう慣れたのかな?

なんて思いながら、これから向かうだろうザオーキ大陸へと視線を向けたのだった……。


             (第三十一話につづく)






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