第二十九話


ルーシァの言う、秘密の裏道。

その中は本当に真っ暗だった。

どちらかと言えば夜目の利くミャコでさえ、道が分かれてるとか、うねってるとかがかろうじて分かる程度で。


そんな中、アキはとにかく早かった。

足音をたてないだけでなく、迷いもない。

いくつもに枝分かれしている水の滴る背の低い道を、止まることなくずんずんと進んでいく。


ルーシァはさっき指示するって言っていたから、喋らずともそれができる方法があるのかもしれないけど。

ミャコには、アキとえっちゃんの手を離さないでいるのが精一杯だった。


道を覚える余裕すらなく、ただルーシァの言いつけを守って語ることなく暗闇の中を進んで。


しばらくすると、それまでと地面の様子が変わっていることに気付く。

でこぼこつるつるとしていた岩の道は、いつの間にやらならされた平らな道になっていた。

目的地が近い、そう思い気持ちが浮かび上がりかけたその瞬間。



「……っ!」


数人が駆ける足音が近い天井から聞こえてきた。

息を殺すように、立ち止まりしゃがみこんだアキ。

ミャコもえっちゃんも、それに倣ってしゃがみ込んだ。

どうやらこのルーシァの家にグーラの人達が誰かが入り込んでいるというのは本当らしい。


しかも、それなりの人数。

自然と緊張感が高まる。

どんな音も聞き逃さぬようにと、聞き耳を立てて。

案の定と言うかなんというか、上の人達は中々ミャコたちの頭上付近から去ろうとしない。


それは何かを探しているようで。

なら彼らは、一体何を探している?

ミャコがそう思った時。


「下だ、下にいるぞ! 反応があるっ!」

「……ちっ」


その決定的な言葉が、はっきりとミャコの耳に届いて。

怒りのこもった舌打ちをするアキ。

ミャコたちの方を一度だけ振り向き、立ち上がって駆け出す。

ミャコは、やっぱり引っ張られるようにしてアキの後に続いて。



目指す目的地は近かったんだろう。

すぐに丸くくり抜かれて、ちょっと広くなってる場所へと辿り着いた。

その対面には、何やらごちゃごちゃくっついた赤い光の点滅している鉄の扉がある。


アキは、ミャコたちを引っ張ったまま鉄の扉に駆け寄った。

そして、体勢を低くしたと思ったら、肩上にいたルーシァが扉の光っててごちゃごちゃした部分にその小さな手を伸ばした。

そのまま、目にも留まらぬ速さで何かを操作する。


すると、赤い文字が浮かび上がった。

それは数字の羅列。

一見デタラメに見えるたくさんの数字の並び。

30桁を超えたところで数えるのを諦めたミャコをわき目に数字はどんどんと増えて横滑りしていって。


ふいに聞こえる、ちん、と金属を打ち鳴らす音。

扉の周りから噴き出す水蒸気。

何が起きるんだろってミャコが目を白黒させる中、その鉄の扉は勝手に開きだした。


「おぉーっ」


感嘆の声をあげるえっちゃん。

だけど、声を出したら駄目なことに気付いたのか、慌てて口を噤む。

驚きの光景だけど、初めて目の当たりにした驚きとは少し毛色が違って。

そんな、微笑ましいえっちゃんに見とれていると、またもや問答無用で引っ張られた。


勢い余ってえっちゃんと一緒に転がるようにして、ミャコは開かれたその扉の中に入る。

入った扉のその先は相変わらずの真っ暗だったけど、そこそこ広い、いや……だいぶ広い四角い部屋だということが分かって。


闇に紛れて、ミャコよりもずっと大きい、たくさんのものが置かれているのに気づいた時。

扉の脇にいたえっちゃんを追いやるようにして、ぶしゅうと白い煙が噴き出し、鉄の扉が勝手に閉まった。

がちゃんと何かが嵌るような音がして、扉が消えてなくなる。


一体どういう仕組みだろう。

無意識のままに扉に近付こうとして、ぱっと辺りが明るくなる。



「みぎゃっ!?」


突然の光に目をやかれて、思わず声を出してしまうミャコ。


「静かにね。ここまで来れば安心だけど、用心することに越したことはないから」


すると、やっと喋れることに安堵しているかのような、ルーシァの囁きが聞こえた。


「だいじょぶなの? みつかっちゃったけど」


それに、まだ安心するのは早いんじゃないのかなって、ミャコの気持ちを代弁するかのように、えっちゃんが小声で呟いた。


「平気平気、この場所にさえ来ればね。そこの扉あるでしょ? これってワタシだけが知ってる特別なパスワード……まぁ所謂ひとつの『金』のナヴィだけが使える呪文みないなものなんだけど。いくらグーラのヤツラと言えど解読には時間がかかるだろうね。もちろん強度だってばっちり。少なくとも、ワタシたちがここでするべきことを終えるまでは、間違っても邪魔はされないよ」


すると、返ってきたのは今までで一番って言ってもいいくらい自信に満ち溢れたルーシァの言葉だった。

ルーシァの示す扉のあった場所を見ると、そこには灰色の壁しかないと思いきや、壁にははめ込まれた形で同じ色の扉がはまっているのが分かった。


なるほど、だからさっき消えたみたいに感じたんだろう。

っていうか、見てて気付いたんだけど、こちらからだと本当にただの壁だった。


向こう側の人が入ってくるこない以前に、ミャコたちも出られないような気もするんですけど……。


  

             (第三十話につづく)







「ま、外で騒がれてもなんだし、とっとと用事済ませちゃおっか。……アキ様、こっから見て右奥、一番遠いとこに、青い布のかけてあるやつがあると思うんだけど、そこまでお願いします」

「…………」

ミャコがそんな疑問を投げかけるより早く、最早御者のような扱いでアキにそんな事を言うルーシァ。

対する長いアキの沈黙は、それに腹を立てている、というのとはちょっと違うようだったけれど。

言われるままにミャコたちは、部屋の置く、随分と大きな青い布のかけられた何かがある場所までやってきた。

アキは、ルーシァが言葉を発するよりも早く、その青い布を取り去る。

「おおー、でっかい」

「鉄の……何?これ?」

するとそこには、青光りする鉄でできた何かがあった。

それは一見すると、翼あるもののような大きな翼を持った何かが、その翼を一杯に広げて、空を飛んでいる姿を切り取って鉄の彫刻にしたみたいな、そんな感じだった。

それは、レッキーノの氷山であいまみえたガルラに匹敵するくらいの体躯を持っている。


「ふふふ、驚いてるね諸君。これぞ我が能力(ちから)の真骨頂!人を乗せて、翼あるもののように夢幻の空を舞う、その名も『ブルバドゥ』よ!」

ミャコやえっちゃんのリアクションが、期待に沿えるものでテンションが上がったんだろう。潜めていた声はどこへやら、朗々と得意げにそんな事を言うルーシァ。


「いるぞ!この向こうだ!」

と、そこにタイミング悪くそんな声が遠くに聞こえてきた。

「……コドゥ、たくさんいる」

上がりかけたその場の空気が、そんなえっちゃんの言葉に冷や水を浴びせ掛けられたかのような緊張が走る。


ドッゴォォーンッ!!

「……うひゃっ?」

続いたのは、今の壁の継ぎ目になってる扉の向こうからの爆発音だった。

無意識なのかあえてなのか、繋いだままだったえっちゃんの手の力が強まる。

おそらく、発破か何かを使ったんだろう。

ミャコたちと同じ道を通ってきたのか、それとも他に別の道があったのか。

ミャコたちに気付いてからの手早さときたら、目を見張るものがあった。

それほどまでに、ミャコたちの……いや、ルーシァの力や、命のキセキが欲しいのだろうか。

呆れる一方で、そんなことは絶対にさせないって、強い気持ちミャコの中で燃え上がる。

ざっと辺りを見回してみたが、全て鉄の壁に囲まれていて逃げ場はない。

だとすると手段はひとつ。

戦うしかないんだろう。

狭い洞窟の道、逃げ場はないのは向こうも同じだ。

ミャコのレイアークを、開いた扉と同時に繰り出して……。

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