第二十八話



「ううん、朝まで待ってなんかいられないよ。実は、あの入り口とは別の入り口があったりするんだよねーこれが」


さっきまでの調子はどこへやら、朗らかにそんな事を言ってくるルーシァがそこにいて。

いささか拍子抜けしつつも。

そんなルーシァに従い、ミャコたちは見晴らしのいい丘を下り、浜辺へと近付く。


かと思ったら、洞窟の入り口のある場所には向かわず、浜辺からそこを避けるようにして森の中へと入った。

波音だけだったところに、突如として加わる生き物の声。

浜辺を外から覆うように広がる森は、ヴルックの洞窟の天井部分に座している。

突き出す半島の形をしているそれは、突き当たりまで向かえば当然海に出ることができた。

だけど、今さっき通り過ぎたばかりの浜辺を除けば、望む海は随分と遥か下にある。


文字通りの断崖絶壁。

当然、すき好んでこんなとこを降りていくやつなんかいるわけないって感じなわけだけど……。


「ほい、今度こそほんとについたよ。この下のとこなんだけどね、ワタシしか知らない秘密の入り口があるんだ」


ルーシァの感覚では、そうでもないらしかった。

濡れた岩肌と波しぶきしか見えない、ちょっとシャレにならない高さの向こうを指差し、そんな事を言う。


「何もないように見えるけど」

「そりゃそうだよ。秘密の入り口だもん。一見しただけじゃ分からないさ」


不安なミャコに、自慢げなルーシァ。

どうやらすでにルーシァの中ではここを降りるのは確定事項らしい。

まぁ、風の祭壇の身の毛のよだつ高さに比べれば、地面が見えるだけマシと言うか、地面が見えるからこそ怖い気はしなくもないけど。


「……」

「えっ。も、もう?」


そんな事を考えているうちに、なんの躊躇いもなくアキがひとつ息を吐き、軽く地を蹴って、飛び降りていく。


「お先ーっ」


風に流されて、そんなルーシァの人任せなのんびりとした声が届いて。

ちょっとやばい速さでぶつかる! と息をのんだ瞬間、まさしく時でも止まったかのように、ギリギリのところでアキの身体が中空に制止した。


時の力を使ったのかな? って考えるヒマもあらばこそ。

たん、と軽い音を立ててアキがしぶく岩肌へ着地する。



「ほぇぇ、見てるほうが怖いよ、もう」

「ぐふふ……おもしろい」


不安一杯のミャコの呟き。

不敵な笑みを浮かべるえっちゃん。

一瞬、えっちゃんの言っている意味が理解できなくて。



「おさき」


おさきってなんだろうって考えてる間にも、あろうことかミャコを置いて中空に身を投げ出すえっちゃん。

危ない! って思って手を伸ばしかけたけど。



「ほ、ほ、ほっ」


えっちゃんが声を上げるたびにピキピキと岩壁から氷でできた足場が迫り出してきて、まるで階段でも降りるようにして下まで辿り着いてしまうえっちゃん。

みんなそれぞれの特性を生かしてるんだなあとミャコは感心していて。



「ミャコ、はやくー」

「……」


あれよあれよと言う間に消えてゆく氷の階段。

見えるのは、やっぱり洒落にならない高さから見上げてくる、何だか期待の眼差しのえっちゃんとアキの姿があって。


ルーシァなんか、ミャコが降りてくるのなんか当たり前って思ってるのか、ミャコのことなんか見てもいない。

えっちゃんの作った氷の階段を使って降りればよかったんじゃって気付かされたのは、最早手遅れなその瞬間で。


(高所恐怖症なんですけど。なんて今更言えないよね……)


期待に満ち満ちた目。

そりゃそうだろう。

風のナヴィと言えば、12種族あるナヴィたちの中で唯一その力で空を支配することのできる種族だからだ。


しかもミャコはその代表とも言えなくもない風のレイアだし、翼あるものなんて通り名までついている。

まさか、まともに飛んだことなんてほとんどない、なんて知る由もないだろう。

かといってここで降りられませんと泣きつくのはあまりにも情けない。


アイラディア様からもらった翼を使うこともちょっと考えたけど、その案はすぐに消えた。

それを背中につけると言うことは、翼あるものであることを覚悟しなければならない。

そんな怖さがあったからだ。



「ば、ヴァーレストよ! 力を貸して!」


ミャコはほとんど半泣きの投げやりでそう叫ぶ。

辺りの風をコントロールし、背中に風の翼をイメージする。

風は友達、そういう気持ちを持って飛べばきっと風も……。


ビュウウゥッ!

言うことを聞いてくれるかもしれない、なんて考えたのが悪かったかどうかは分からないけど。

ミャコは突然の突風に煽られてぐるぐると回転しながら落下してゆく。



「……ッッ!」


目を回し悲鳴をあげるミャコ。

だけど、その事すら風にのまれてかき消されて、ぐるぐるの視界の中、あれよあれよと言う間に近付いてくる波打つ地面。

ぶつかるっ! って思って目をつむり衝撃に備えて縮こまる。

だけど、来るであろう痛くて冷たい岩肌の衝撃は、ふわりとミャコの身体に風が纏わりついて。

気付けばミャコは、片ひざをつく格好でどこ傷つくことなく地面に降り立っていた。

おぉ、とどよめき降ってくるのは、水しぶきではなく拍手だった。



「三回半ひねりか、やるな」

「ミャコ、やっぱりすごい」

「何もそこまで派手に決めなくてもいいと思うけど」


三者三様のリアクション。

だけどそこには、一様に賞賛が混じっている。

風にいいように弄ばれただけのミャコには分からなかったけれど、どうやら風のナヴィとしての体裁だけは保てたらしい。



「はははっ……それほどでも?」


ミャコは複雑な心境の中、その喝采に答え、苦笑する。


「よし、それじゃみんな無事に降りられたところで行きますかね」


そして、そんな余韻に浸る間もなく、ルーシァがそう呟いた。


「中は真っ暗だからはぐれないように手をつないでこっか。後、こっからは私語厳禁で。大丈夫だとは思うけど、グーラのヤツラに感づかれても厄介だから」


続くルーシァの言葉を受けて、アキが手のひらを差し出してくる。

それをいつぞやのように掴み見上げると、いつの間にやらしぶく岩壁の窪まったところに、ぽっかりと黒い穴が開いているのが分かった。

さっきミャコが降りる前にルーシァが岩壁に向かって何やらやってたのは、その抜け道を開くためだったんだろう。


ミャコはそう納得して、えっちゃんに手のひらを差し出す。

それにちょっとだけ笑みをこぼして手を繋いでくれる、えっちゃん。


ふたつのぬくもり。

同じようでいて感覚が全く違う。

その感触にも個性がある。

前の世界……その記憶ではほとんどする機会のなかったこと。

文字通り身体も、心も繋がっているような気がして心地いい。

癖になりそうかも、なんてことを考えていると、



「それじゃ行こう。アキ様、道はアタシが指示するから、よろしくっ」


再び指揮を取るルーシァ。

まぁ、ここはルーシァの勝手知ったる我が家なわけだから当然と言えば当然なわけだけど。



「わわっ」


その言葉を合図にして、ぐっと手を引っ張られた。


よろめくようにして、暗闇の広がる穴の中へと入ってゆく……。



             (第二十九話につづく)







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