第二十七話


時間が押していることもあって、チャウスの下山の道のりはかなりの強行軍になったわけだけど。

氷の姫なんて通り名を持つえっちゃんはそう見えて結構体力があって。

夕暮れまでにはヤーシロの町まで辿り着くことができた。


もう少し時間があればセイルさんの宿屋でゆっくりする所だったんだけど。

涼しい顔のアキや、そんなアキの肩に乗って楽ちんなルーシァはもちろん、久しぶりの外に感動しているのか、はしゃいでいるようにも見えるえっちゃんの元気ぶりにも押されて、セイルさんには挨拶だけしてそのままルーシァの家へ向かうことにする。


一度世界のだいたいの流れを体験していたミャコは、当然ルーシァの言う『家』のある場所には予想がついていた。

主に風と氷、そして金の根源の力が溢れ、支配するアイラディア大陸。

4つの大陸に囲まれて円を形づくる母なる海。


金の一族が住まう地域は、その海に近い場所にある、金の根源(ヴルック)の力により、独自の文化を持つグーラ王国で。

ルーシァの家というのは、その外れにあるヴルックの洞窟のことだろうと。



その洞窟は海にほど近く、海の満ち引きによって地形が変わることを知らなかったミャコは、かつてここに立ち寄った時、洞窟の存在に気付けなかった。

見逃してしまった。

ようやくそれに気付いて洞窟の中へと立ち寄った時には、もう手遅れだった。


グーラ王国の手が、洞窟の奥にまで伸びてしまっていた。

そこで何があったのか、ルーシァに何が起こったのか、それを知る術はもうないのだろう。

それは、ルーシァにとってもミャコにとってもいいことなのかもしれないけれど。



ミャコがそのヴルックの洞窟で会ったルーシァは、今の姿とは似ているようで、やっぱり似ても似つかないものだった。


赤銅色に光る、山のような体躯。

幽鬼のごとくゆらめく、鉄仮面の面差しから覗くのは赤い瞳。

その強烈な印象は、ミャコの心から離れていくことはない。

いや、離しちゃいけないんだと思う。


地の底から響くような声で名を名乗って。

楽にして欲しいと懇願してきたルーシァ。

最後の理性でミャコに願いを託してきたルーシァのためにも。




「さてさて、見えて来たよ我が城が」


そんな事を考えながら先頭を歩くアキ、その肩に乗っているルーシァの小さな後頭部を見つめていたら。

浜辺と洞窟が一望できる小高い場所へやってきた所で、ルーシァがくるりと振り向いた。


「……っ、あ。もう?」


はっとなって辺りを見回すミャコ。

それだけ長いこと自分の世界に入っていたのか、気付けばすっかり暗くなっていて。

右手がやわっこくて冷たいと思ったら、ミャコの無意識だったのか、えっちゃんが自発的にそうしてくれたのか、ミャコはしっかりとえっちゃんの手を握っていて。


「だいじょぶ、ミャコ? つかれてる?」

「う、ううん。大丈夫。えっちゃんこそ、氷から出てきたばかりで平気なの?」

「へいき。むしろ楽しい。外の世界は止まることなく動いてるから」


流石に休みなしだったから、そう言うえっちゃんにも僅かに疲労の色が滲み出ているのが分かる。

でも、それより楽しい気持ちの方が強いのは本当なんだろう。

ここまでぼっとしてて、そんな楽しんでるえっちゃんと一緒に楽しめなかったのはちょっと残念に思えたけど。



「アキたちは?」

「……問題ない。いや、むしろ問題なのはここからだろうけどな」


聞くと、ちょっと意味深なアキの言葉が返ってくる。

いや、そもそも返事が返ってきたってことは、意味があるってことなんだろう。


ミャコは、改めて辺りを見回す。

今の時間だと、洞窟の入り口は海の中で見えない。

だが、そこに洞窟の入り口があると分かるように、海面すれすれのところにほのかな黄色い光がともっていた。


カンテラや松明なんかじゃなく。

角ばった形をしているそれは、グーラ王国の技術の粋を集めたもののひとつだったはずだ。

それがつけられているってことは、暗にここはグーラ王国の支配下に置かれている、といってもいいのかもしれない。



「うーん、明かりがついてるってことは、中にグーラ王国のヤツラがいる可能性も否定できないね」


と、到着の宣言をしたっきり海の方、洞窟のある場所を見据えていたルーシァが低い声でそう呟く。


グーラ王国は、アイラディア大陸では唯一の王国でありながら、閉鎖的、排他的な部分のある国家だった。

その城下町でさえ、グーラで生まれたコドゥ、ヴルックに依る力を持つナヴィを除けば、王の許可印が入った通行証が必要になる。


他大陸それぞれの盟主国ですらその交流は乏しく、何か他の国には公表できないような何かがあるのではないかと、あらぬ噂が立つほどだった。


あの変わり果てたルーシァの姿を慮れば、それは噂ではなかったのかもしれないけれど。



「中にって、海の中? グーラの人たちって、そんな事もできるの?」


洞窟の中は、水(ウルガヴ)の熟達したナヴィでもない限り、通り抜けるのは難しいんじゃないかなってくらい海水が浸水するのを、ミャコは知っている。

だから思わず出た、そんな疑問だったんだけど。


「まぁ、元々できないことを可能にするのがヴルックの力だからね。海の中を影響なく進める道具は、ワタシも考えてたし、ワタシの家を勝手に占拠したヤツラがその方法について気付いていても、おかしくはないかも」


コドゥはナヴィの力を使って、暮らしを繁栄させてきた。

だけど、グーラ王国がこだわったのは、ナヴィの力を使わずともドゥがナヴィのような力を使えるようになる、そんな技術だった。


遠くと遠くで連絡する道具とか、氷を使わずとも食べ物を保存しておける道具とか、炎なしに明かりを灯す道具とか、上げればキリはないけれど、そう言ったグーラの技術だけは、アイラディアの世界じゅうに広がっている。


グーラ王国が閉鎖的なのは、その技術のノウハウを独占したいって気持ちもあるのかもしれない。

ルーシァが言うような道具は、何だか規模が違いすぎてミャコは想像もつかなかったけれど、金(ヴルック)の御名を持つルーシァが考えていたというのなら、そういうものもあるんだろうなって、気もしなくはなかった。



「……ルーシァの言う通り、まだヤツラがいるとするなら、その目的はなんだ?」


と、そこに真剣な口調でアキが口を挟む。


「自慢じゃないけど、あそこにはいい道具がそろってるからねぇ。ヤツラにとってみれば宝の山なんじゃないかな」


一見、あっけらかんとしたルーシァの言葉。

だけど、そこには住処を奪われた悔しさも確かにある。


「ルーシァが帰ってくるの、待ってた?」


そんなルーシァを見て、どうやらえっちゃんも同じ考えに至ったらしい。

改めてその可能性に気付かされて、辺りに重苦しい沈黙が下りる。

たぶん、行く前にアキが渋っていたのは、その事を見越していたからなんだろう。



「……どちらにしろ朝方か。戦いは避けられないだろうな」

「……」


一見、ただ起こるだろうことを述べているだけのように見えたアキだったけど。

ミャコには気付くことができた。

その言葉のうちに潜む、怒りにも似た激情を。

ミャコがそれに気付けたのは、彼らが前の世界でルーシァにした仕打ちを知っていたからこそなんだろう。

だとすると、アキ自身にも同じことが当てはまるのかもしれない。


アキの未来を予言するという力。

一体どれくらいまで見えているんだろう?


それに、俄然興味が沸いてきたミャコがそこにいて……。


              (第二十八話につづく)







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