第二十六話


「よっし、それじゃさっそく出発しよ。ミャコさん、魔王さんのいる場所って分かる?」


改めてそう発せられたルーシァの言葉に、しかしミャコははっとなった。

ミャコがいなかったらどうやって探すつもりだったんだろって疑問も浮かんだけど。

それより何よりマイカのいるだろう通称闇の城が、アキの予言の有効期限である2~3日以内では到底いけない場所にあるということを思い出したからだ。


「分かるけど、どうしよう? こっから大陸ひとつぶんは離れてるよ?」


アイラディアの世界は、今ミャコたちがいるアイラディア、主に水(ウルガヴの一族が統制するリルミータ、主に地(ガイアット)の一族が支配するユーディル、そして主に闇(エクゼリオ)の力が蔓延するザオーキの4つの大陸がくっつき円を描くようにして構成されている。


アイラディアの大陸はユーディル大陸や、リルミータ大陸とは地続きになってるんだけど、アイラディア大陸からザオーキ大陸へ行くには言葉通り大陸ひとつぶん進むか、あるいは海を渡るくらいしか方法はなかった。


辺りに訪れる、嫌な沈黙。

もっとも、えっちゃんなんかは予言の起こるまでの期限のこととかはまだ話してなかったから、その場の雰囲気に合わせてくれたのかもしれないけど……。



「そっかそっか、それじゃあいったんワタシの家に戻ろっか。実はね、いいものがあるんだよ」

「……ルーシァ」


無理に気勢を張るかのようなルーシァの声。

鋭く、だけど心配げにその名を呼ぶアキ。

それだけでミャコは悟ってしまった。


ルーシァ自身が、アキの予言によってそのルーシァの言う家から、コドゥの手を逃れるようにしてここにいることに。

そこに戻ると言うことは、自らの身を危険に晒しに行くようなものなのかもしれない。

アキに助けられなければどうなっていたか分からない、そんな恐怖もあるだろう。


「それって……」

「平気平気、っていうかそれしか選択肢がないんだし仕方ないよ。ワタシが躊躇うことで他の子が傷つくことになるなんて嫌だもん」


ルーシァは、ミャコの伺う言葉を遮るようにして、今度はきっぱりとそう言い放った。

そこには、一度救われたことへの恩返しにも似た強い気持ちがある。



「……好きにすればいい」


珍しく、ちょっと突き放したかのようなアキの言葉。

きっと、アキの心内でも葛藤があるのだろう。

ルーシァだけでなく、ミャコたちも含めて危険な場所かもしれない場所へと行かなければならないことと、だけどそれ以外にミャコたちの選ぶ道がない、ということに。


「ええ、好きにしますよー。それじゃあさっそく向かおっか、我が城へ! 時間もないことだしね」


対するルーシァは、つとめて明るい調子で、そんな事を言う。

気持ちは複雑だったけれど。

結局の所、ミャコたちにはそれに頷くしか術はなくて……。





そうして、ミャコたちがルフローズの宿屋を出たわけなんだけど。


「……氷の町になってる」


宿屋の外、正確には眠っていた二階から降りてすぐ広がった光景は、まさにその言葉通りのものだった。


倒壊するほど燃え尽きてしまった建物はなかったみたいだけど、宿屋の一階も含め、村のほぼ全ての建物が凍りついてしまっている。


延焼し、くちかけた建物を修復し、氷の家へと塗り替えるかのように。

中には、燃え盛る炎がそのまま残されてるものもある。



「ぐふふ、私の力、最強」


ミャコの感嘆の呟きに対して、得意げに似合わない笑みをこぼす、ミャコとおそろいのフード姿のえっちゃん。


「溶けない氷かぁ。やっぱりあの氷の棺と同じ材質なんだよね?」


ルーシァの問いにも、心持ち胸を逸らし頷いている。

そのやり取りに思い立ち、愛想良く送り出された(えっちゃんが氷の姫であることはフードのおかげかとりあえず気付かれなかった)宿屋の壁に触れてみた。


なるほど、氷のように冷たいけど、触れることで溶ける気配はまったくなかった。

このえっちゃんのレイアークで作られた氷は、手で触ったり陽に晒されたりするくらいじゃびくともしないんだろう。

それこそ、えっちゃんが許可しない限りは。

なんというか、流石レイアーク。出鱈目な力だった。

だけど、ミャコが驚いて立ち尽くす派目になったのは、その事だけじゃなかった。



「村の人は自分の家が氷になっちゃってるのに、あまり気にしてないんだね」


そうなのだ。ミャコが一番違和感というか、おかしくないって思ったのはそのことだった。

宿屋のおばちゃん、通りを歩く人々。通りに並ぶ売り子のひとたち。

ナヴィとコドゥが半々なのは、もう慣れてきたけど、誰も彼もがミャコが思うほどに氷の彫刻と化した町並みに違和感を覚えていない感じだった。

むしろ、それを当たり前として受け入れている節もある。



「そりゃそうだよ。村の人たちはみんな知ってるからね。ルフローズの村が翼あるドリードに襲われて、火の海になる所を、氷の姫がそのすっごい力で止めてくれたってね。みんなの家も、炎が中まで入ってきてるとこはまだそんなになかったから、暮らすのには支障ないし、村の人たちも感謝ことすれ、文句言う人はいないんじゃないかな、たぶん。あ、でも今はもうなんでもない感じだけど、昨日の夜はみんな帰ってきてまぁ、騒がしかったよ。流石にね」


ミャコが昨日の顛末を知らなかったのは分かっていただろうから、一度に頭に叩き込め、とばかりにまくしたててくるルーシァ。


「そう言えば村の人たちって避難してたんだよね。アキの力だっけ」

「そうだよ、アキ様のあらぶる力とエミィさんの清廉された力が村を救ったのさ」

「……」


ミャコの言葉に、何故か得意げなルーシァ。

当事者のアキは何も語らない。

ミャコが見逃してしまったアキの力。

知りたくないと言えば嘘になるけれど。

たぶん、その時が来れば自ずと知ることになるんだろう……ってことにしておく。

その代わりに気になったのは、ルーシァの言葉の前半部分だった。



「でもさ、それって大丈夫なの、えっちゃん? 氷の姫が村を救ったって、みんな知ってるってことなんでしょ?」


ミャコは辺りをちょっと警戒するように見回しながら、そうえっちゃんに問いかける。


「だいじょぶ、私がそうだってことは誰もしらない。たぶんみんな私が棺から出てることも知らないはず。……棺のなかにちゃんとかわり置いてきたし」


すると、えっちゃんは心持ち小声でそう言ってから、ぐふふとやっぱり似合わない笑みをこぼした。

まぁ確かに、こんな笑い方するえっちゃんが姫だとは思わない? かもしれないし、

えっちゃんがだいじょぶだと言うなら、根拠はないけど大丈夫なのだろう。


「だからばれないうちにここを出ることをおすすめする」


とか思ってるそばから不安になってくるえっちゃんの呟きが聞こえて。


「そっか、それじゃ早く山を降りよっか」


本当に大丈夫なのかなぁって、ちょっぴり不安になるミャコなのだった……。



             (第二十七話につづく)







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