第二十五話


「……そう言えば話は戻るけどさ、アキが眠っちゃってるのって、やっぱりアタイに力を使ったから?」


ふいに心配になって、気付けばミャコはそんな事を聞いていた。

それを受けたルーシァは、そう言えばと相槌を打って。


「そうだよ、だから責任とってねって言いたいところなんだけど、残念ながら違うんだなこれが。こうやって眠りが深い時は決まってる。アキ様のもとに、新たな予言が降りてくる兆候なの」


はじめはからかい半分、残りはちょっと秘密めいた真面目な口調でそう答える。

それが、えっちゃんの加わったミャコたち旅の一行の、新たな旅の始まりの合図だったってこと、その時はまだ気づいてなかったけど……。




そうして、次の日。


「……魔王に会いに行く」


目が覚めて開口一番発せられたアキの言葉は、そんなある意味ぶっとんだものだった。


「え、えっ? 本気で言ってるの?」


それが何を意味してるのか分からないわけじゃないだろう。

このアイラディアの世界で【魔王】と言えば、闇の根源エクゼリオの御名を冠するレイアである、マイカのことだ。


彼女が唯一信じたコドゥと手を組み、世界を支配せんと目論んだことからそう呼ばれるようになったわけだけど。

会いに行くということはつまり、魔王に喧嘩を売りに行くってことで。

同じレイア同士とはいえ、戦うようなことがあればそれこそただじゃすまないだろう。

アキとルーシァ、特にアキの力は未知数だけど、無茶も甚だしかった。

そう思って驚愕の声をあげるミャコだったんだけど。



「ぐふふ……魔王って。これはまたごたいそうな名前」


そう言うえっちゃんの反応は、ミャコが思ってたのと少し違っていた。


「ほうほう。翼あるもの、氷の姫と来て次は魔王ですか。……それも予言で?」


続くルーシァも、魔王と言う単語に反応しはしたもののミャコの思ってたのとは様子が違ってて。

何だか、みんなと魔王に対しての認識に隔たりをを感じるミャコである。


特にえっちゃんは、魔王マイカ、その配下であるふたりのレイアと戦って命を落としたのだ。

その時のことは、今も鮮明に思い出せる。

連れ出さなければよかった。


叫びだしたいくらいの後悔。

えっちゃんを死なせてしまったのはミャコのせい。

ミャコがいなければ。

ずっと、ずぅっとそう後悔していた。

目の前にこうしてえっちゃんが似合わない笑顔で笑ってる現実を目の当たりにしても、その時の痛みが消えることはなく。



「ミャコ、平気?」

「……っ」


と、いったん考え出せばどんどん深みにはまり、奈落に落ちていくだろうミャコの思考を浮かび上がらせたのは、心配げに伺うえっちゃんの声だった。



「あれ? ミャコさん、もしかしてもしかして、その魔王って人のことも知ってるの? 何だか凄く因縁ありますって感じだけど」

「……」


続く声に顔を上げると、アキもルーシァも何だか心配げにミャコのことを見ている。



「あはは……うん、大丈夫。知ってるって言うか……あ、そっか」


大丈夫だよって内心の痛みを押し込めようとして、気付いたことが一つあった。

ミャコの知っているアイラディアと今いるこの場所が違うかもしれないってことはもちろんありきなんだけど、ミャコがこのルフローズの村に来て、レッキーノの氷山からえっちゃんを連れ出すことになった頃はまだ、えっちゃんの『氷の姫』っていう通り名みたいに、マイカの『魔王』って名声が轟いていたわけじゃなかったってことを。

だから、みんなが知らないのは当然のことなのかもって思ったんだけど。



「ひとりで何やら考え込んで納得してもらっても困るんだけどね、こっちとしては。で、どうなの? 知ってるの魔王って人のこと?」


そのやり取りで、ミャコが何かを知ってるって確信したんだろう。

ずずいとにじり寄ってきたかと思ったら、寄ってきたのはアキの方だった。

ルーシァはアキの肩の上にいるわけなんだから、ルーシァがそうしようと考えたら当然そうなるわけで。


アキ自身も、ミャコが何か知っているということに興味を持ったのかもしれない。

ルーシァ以上に、アキはなんだか真剣そうだった。


「ミャコって以外と顔ひろい? あんまりそういうタイプにはみえないのに」


そしてそれは、えっちゃんも同じで。


「あー、うーんと」


何て言えばいいんだろう。

翼あるものの件もあるし、みんなの言う魔王はミャコの知ってるマイカとは違うかもしれない。

だけど氷の姫は確かにえっちゃんだった。

魔王がマイカじゃない保障もないのは確かで。

かと言って今はまだマイカはそう呼ばれてるわけじゃなさそうだし。

さてどうしたものかと、考えて考えて。



「えっとね、その、闇のナヴィの……友達のことかもってちょっと思っただけなんだけど」


正直に、だけど違ってもフォローがきくように。

ミャコは悩み、曖昧な感じでそう言った。

友達って言ったのは、ミャコの勝手な言い分だけど。

まさか命の奪い合いをした者同士とも言えないし、違う形で出会っていれば、マイカとは友達になれるかもって思ったのは確かだったからだ。


と、ミャコはそこまで考えてあることを思い立ち、口を開いた。



「その前にさ、アキの予言って正確にはどんなものだったの?」


アキの予言は、悲しい結末を迎えるかもしれないものたちを救うためにある。

それは確か、アキ自身が言っていたことで。

その予言の内容を聞けば、本当に魔王がマイカの事を言っているのか分かるかもしれないって、そう思っていて。



「……闇色に落ち、魔王は生まれる。たったひとりと決めた、想うものに裏切られ、棄てられて」


発せられたアキの言葉。

それは、今までのものと比べても随分と具体的に、ミャコに確信と怒りを持たせる、そんな予言だった。


「やっぱり間違いないみたい。その魔王って、アタイの知ってる子だと思う。

止めなくちゃ、そんなこと、絶対……」


たったひとり信じていたコドゥに裏切られて。

そんなアキの言葉の通り、マイカが魔王と呼ばれる存在になったのは、まさにその瞬間だったんだろう。


それまでのマイカは、例えそう呼ばれようとも、中身はごく普通のナヴィだった。

たったひとりを想い、その人のためにと生きていた。

たぶん、彼女に命のキセキという力がなければ、レイアじゃなかったら……そう呼ばれることもなかったんじゃないかなって思う。


その事を考えれば、マイカが誰かを想い、誰かのためにその命を捧げることを止める権利はないかもしれない。

だけどミャコは、マイカを助けたかった。

たとえお節介だと言われても、そのことで涙を流すマイカを見たくなかったんだ。



「……同感だな」


強い意思を秘めた、アキの黒い瞳が燃えているのが分かる。

言葉は短かったけれど、絶対に止めるといった怒りにも近い感情がそこに含まれているのが分かって。


「はりきってるねぇ、ふたりとも。ま、ワタシもその気持ちは充分に分かるけど」

「ぐふふ……魔王を助けにいく。どんな子かなミャコのともだち、会ってみたい」


続くのは、ルーシァとえっちゃんの同意の言葉。

あまりにも一緒にいることが自然だったから失念していたけど、えっちゃんはミャコたちについてくる気満々らしい。

だけどミャコは、そのことについてはいいとも悪いとも言わなかった。


いつの間にやらアキやルーシァたちと、そのアキの予言にそって『悲しみを止める旅』に同行する気満々なのはミャコも同じだったし、えっちゃんが自分の意志で外に出てきてしまった以上、危険なのはどこも変わらないし、だったらそばにいてくれたほうがいざと言う時後悔しなくてすむって、そう思ったからだ。


まぁ、一番の理由は、えっちゃんがそうしたいっていう意志を尊重したいってことなんだけど。



              (第二十六話につづく)






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