第二十四話


「……はっ」


次にミャコが目を覚ましたとき。

そこはルフローズの村にある宿屋のベッドの上だった。


ミャコの記憶にある、全てを閉ざされ凍りついてしまった、氷だけでできた寝室なんてものは、ミャコの頭の中にしか存在していないかのように包み込むぬくもりがそこにある。



「……あれ? えっちゃん、全部凍らせたんじゃなかったの?」


ミャコはのろのろと起き上がり、辺りをきょろきょろと見渡しながら、すぐそばでミャコのことを見ていたえっちゃんにそんな事を聞いた。



「そんなことしたらみんなくらせない。私はただ火をけしただけ」


対するえっちゃんは、少しだけ面食らった、あるいは呆れた様子でそれでもきちんとミャコの言葉に答えてくれた。



「それじゃ火を消したら、氷溶かしちゃったの?」

「……そうでもない。ここは二階だったから、比較的無事なだけ」


まるで何もなかったかのように、部屋が暖かいままだったから、何気にそんな事を口にすると、今度は少しばかりばつが悪そうにそんなことを言ってくる。


とすると、村の外は一面の氷の世界なのかなって思って窓外を見てみたけれど。

たぶん今は真夜中なんだろう。

その先には闇と静けさしかなくて、それを確かめる術はなさそうだった。



「いきなり目を覚ましたかと思ったら、何を聞いてるんだか。そんなことよりミャコさんには色々と言わなきゃいけないことがあるはずでしょ。無茶をしたことの謝罪とか、その怪我を治してもらったことの感謝の言葉とかさぁ」


と、ミャコが窓の向こうの闇を見つめてそんな事を考えていると、その背後からいつもより大分近い気がするルーシァの声がした。


「あ、ルーシァ、だいじょ……って! ルーシァが鎧取ってる! てゆうかやっぱり中に人がいたんだ?」


そう言えばえっちゃんのレイアークから無事に逃げられたのかな、なんて考えはすでに後の祭りで。

いやまぁ、二人のことだからあの可愛くて凶悪な白うさぎに捕まっちゃって氷の彫像になっちゃった、なんて思ってはいなかったけれど。


振り向いたその視線の先には、ちょっと驚きの光景が広がっていた。


ミャコの隣のベッドで深く眠っているアキの姿。

どこか怪我をしてるとか、そういう感じじゃなさそうだったから、それはまぁいいんだけど、二つのベッドの間に置かれた鏡台……その机の上に、黄金色のフルアーマーを脱ぎ捨てた、小麦色のおかっぱの小さな小さなナヴィが、足をぶらぶらさせながら、そのトパーズのごとき金の瞳で、ミャコのほうを見上げている。


鎧を脱いでしまっていることはもちろん驚きなんだけど、何よりミャコが驚いたのは、今までずっとアキの肩上にいたルーシァがその定位置を離れてしいまっていることだった。



「失礼な、いるに決まってるでしょ……くちゅん」


感情のままに口から出たミャコの言葉に、肩を怒らせてぶるっと身を震わせ、くしゃみをするルーシァ。


たぶんそれは、初めて見るルーシァの素顔で。

えっちゃんに負けず劣らずの可愛さにミャコが何だかむず痒いものを覚えていると。

何を思ったのか、それまでミャコたちの会話を聞いていたえっちゃんが、ゆっくりとルーシァの所へと歩み寄る。


「さむいの、だいじょぶ?」

「あはは。大丈夫! って言いたいとこだけどね、流石に命に関わるくらい鎧が冷えちゃって……うぅ、アキ様の肩当て連続記録が途絶えちゃったよ」

「ごめんなさい」

「あ、いや。こっちこそごめん、愚痴みたいになっちゃって。あの場はあれが最上だったと思うし、仕方ないよ」

「ありがと……そういってもらえると救われる」


ひどく真面目で、だけどどこか噛み合ってないような気もしなくもない、不思議なえっちゃんとルーシァの会話。

思わず微笑ましい気持ちになっていると、そう言えばと話題を変えるみたいに、ルーシァがその卵のようなちっちゃな顔を上げた。



「あ、そうそう。ミャコさん、腕の怪我のほうは、何か違和感とかない?」

「え? あ、そう言えば」


言われて思い出す、ミャコが腕に怪我をしていたという事実。

だけど、忘れちゃってたのも無理なかったんだろう。

ふと目を向けた腕は、切り傷ややけどどころか、袖のほつれひとつもなかったからだ。

まるで最初から怪我などしていなかったかのように。


「治ってる。全然痛くないよ? もしかして、ルーシァが治してくれたの?」

「ううん。ワタシじゃくてアキ様だよ。ムテキの【時(リヴァ)】の力でね」


無事な手のひらをわきわきさせつつミャコがそう問いかけると、ルーシァはほとんど自分のことのように誇らしげにそう言って胸を張った。

いつもと違って表情が分かるぶん、ルーシァがアキのことを慕ってるんだなってことがよく分かる。


「私、時の力初めて見た。ミャコの手みょわみょわなおってくの、気持ち悪かったけど……すごかった」

「まぁ、見てて気分のいいものじゃないよね。でもミャコさん、これでひとつ貸しだかんね。アキ様に泣いて感謝するよーに! ってゆうか、もう二度とあんな無茶はダメだよ!」

「それには賛成。今日のことでミャコは笑ってうそをつくひとだって身にしみてわかったから……ようく監視してないと」

「ご、ごめん」


怒ってるふたりの言い分はもっともだったから、ミャコは反射的にそう言って頭を下げた。


「べつに怒ってるわけじゃない」

「そうだよっ、ごめんなさいじゃなくてありがとう、でしょ!」


だけどそれは逆効果だったらしい。

ますます怒ってる風のふたり。

いや、まぁ。謝るくらいならあんな無茶をするなってことなんだろうけどね。

ふたりに、いやアキにだって余計な心配させたってよく分かってはいるんだ。


「そ、そっか……うん、それじゃぁ後で、アキにも礼を言わなきゃね」


だけどたぶん、ミャコはそんな自分を止めることはできないだろう。

誰かが傷つくくらいなら、ミャコがその傷を負ったほうが何倍もマシ。

前の世界の悲しい失敗があるからこそ、ミャコは強くそう思っていた。


そう言う意味では、やっぱりミャコはうそつきなのだろう。

そしてそれはきっと、死んでも治らないんだと思う。

そんな自分に、内心ミャコは苦笑しながら、改めてすっかり寝入ってしまってるアキのことを見た。


「アキが寝ちゃってるのは、やっぱりレイアークを使ったから?」


負ったはずの怪我をなかったことにする、アキの時の力。

またしてもその力を、ミャコ自身の目で見ることは叶わなかったのが、ちょっと悔しかった。


やっぱりそれってすごい力だよねってしみじみ思う。

それは、今まで時の根源による力をミャコ自身が目にしたことがなかったせいもあるだろうけど。


「レイアークって何のこと?」

「……あ」


そんな事を考えていたら、ルーシァが不思議そうな声色でそう聞いてきた。

思わず言葉を失うミャコ。

今更ながらに気付かされたのは、レイアークと言う言葉が、この世界ではミャコしか知らないというか、勝手に名づけたものだということだった。


「いや、その。アタイたちのレイアの力って名前ないでしょ? だからその、何か呼び方があったほうがいいかなってゆうか」


ミャコは自然と顔が赤くなっているのを自覚しながら、しどろもどろにそう言った。

言葉にしながらその言葉が、ミャコ自身一度口にしたものだったことに気付いて。



「ぐふふ。さすがミャコ。センスある」

「フフ。語呂もいいしね、いいんじゃない? ワタシも何か名前ほしいなって思ってたことだし」


返ってきたふたりの言葉は、その時と同じように暖かいものだった。

ちょっとだけ半笑いというか、からかい成分が入っちゃってるところが、むずむずしてくすぐったくて。


「うう……口に出すつもりじゃなかったのに」


思わずベッドの毛布の中に潜り込みたくなるミャコだったけれど。

そんな風にがやがやわいわいやっていても、全く起きる様子のないアキの姿が目に入った。


深い眠り。

まるで時が止まって、呼吸すら忘れているかのようで……。


             (第二十五話につづく)








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