第二十三話
ドゴオォォンッ!
「……っ」
物凄い至近距離での爆発。
焼けるようにを通り越して、手の感覚もなかったけど。
それを口の中で受けたカムラルドラゴンの方がたまったものじゃなかっただろう。
自らの炎による爆発で首から先を吹っ飛ばしたカムラルドラゴンは、気付けば小さな赤い石になっていて。
「氷のキセキよ、その姿を示せ! 【サファ・ルフローズ・レッキーノ】!!」
凍えるほどに強い、えっちゃんの声が響いたのはその時だった。
突如として現れるは、大地を真白に染める無数の小さきもの。
サファイアの瞳を持った、もこもこ毛むくじゃらのうさぎ。
「アキ、ルーシァ! ここから全速力で逃げて、町の外まで、早くっ!」
「……っ!」
「わわっ、ちちょっとぉ!」
たくさんいるそれが、見た目の可愛さに比べてとんでもないものだって分かってたミャコは、咄嗟にそう叫んでいた。
それだけで察してくれた物分りのいいアキが、ミャコの無茶を窘めにやってきた足を180度展開させて空を舞う。
そんなアキの突然の行動に、肩上のルーシァが抗議の声を上げていたけど。
ミャコ自身も、そんなふたりに構ってる余裕はなかった。
うさぎたちが動き出す前にとダッシュでえっちゃんのところまで戻り、えっちゃんに抱きつく。
役得というか、いきなり何しちゃってんのミャコって感じだったけれど、あまりの見た目の可愛さにちょっかいかけてひどい目にあったことのあるミャコとしては、その時ばかりは恐怖の方が勝っていたんだと思う。
その小さき脅威が行動を開始したのは、まさに間一髪のそんなタイミングで。
小さなうさぎたちは、その蒼い瞳をせわしなく動かし、鼻をひくつかせて四方八方ちりぢりに跳ね飛んでゆく。
するとどうだろう。
音も立てず、重さも感じさせず着地しただろう彼らの一歩が、大地に白氷の波紋を生んだ。
それの一歩で、赤茶けていた大地は一瞬にして霜をかぶせた凍土と化し、二度目で大地は氷の大地へと入れ替わる。
三歩で大地に地続きになってる村の家々が、民家を囲む背の低い木々が、氷の彫刻へととってかわる。
そして、4歩目。
白い彼らが一際大きく跳ねると、もはや村を我が者にしようとしていた炎を……芸術的な氷のオブジェへと変容させる。
薄く脆いそれは一瞬の輝きを放ってパリと崩れ、中空の風へと流され消えてゆくのが分かって。
ルフローズの村がその名の通り氷の都と化すのに、さほど時間はかからなかっただろう。
「……うまくいった?」
ややあって、力の使役を終えたえっちゃんが、背中から抱きついてる形になってるミャコを見上げるようにしてそう言った。
「うん、火は完全に消えたみたい。アキたちも一目散に逃げてったの見えたし、大丈夫じゃないかな?」
「……だったらミャコ、ちょっと離れてほしい」
言葉のわりにほどんど分からないくらいの、えっちゃんのわずかな抵抗。
レイアークは使いすぎると、本人の命も危険に晒しかねない大技だ。
使い慣れてる(って言っていいのかどうかは困りものだけど)ミャコはともかくとして、えっちゃんは初めてその力を使ったはずだから、もう喋るのも億劫なんじゃないかなって、弱々しいえっちゃんの声を聞いて、ミャコは思った。
「いやぁその。ミャコもさっきの力の疲れが今になって出たみたいでさ」
そんなえっちゃんを支えてあげてる、なんて言えば聞こえはいいのかもしれないけれど。
左手一本でミャコが抱きついているのには、当然わけがあった。
さっきのカム・ドラゴンと一緒に爆風を受けた右手。
感覚がないのは不幸中の幸いだったけど。
とてもじゃないけどえっちゃんに見せられたものじゃなかったからだ。
「ミャコっ」
むずがるように、えっちゃんがミャコの名を呼ぶ。
ミャコの言葉が言い訳にもならないってこと、分かってるような口ぶりで。
「……こげたにおいと血のにおい。ミャコ、けがしてる」
「だ、大丈夫だって。このくらい平気平気っ」
平坦に事実だけを述べようとするえっちゃんの声。
流石にそこまで言われてしまうと否定もなにもなくて。
ミャコの返すことが出来たのは、下手な虚勢だけだった。
「ひどいんでしょ、みせなさい」
「えっと……無理?」
業を煮やしたかのようなえっちゃんの呟き。
ミャコはきっぱり否定の句を告げる。
それは一番近い距離での、引くに引けない戦いで。
無駄なことと分かっていながら、長期戦を覚悟していたミャコだったけれど。
ゴツン!
「ふにゃぁ!?」
えっちゃんの力がふっと抜けたと思って油断した瞬間。
伸び上げるようにしてえっちゃんの頭がミャコのあごに直撃した。
その思いもよらぬえっちゃんの行動に、もんどりうって声をあげてえっちゃんから離れるミャコ。
「……え、えっちゃん、そ、それは反則じゃないかな」
「……っ」
星の飛ぶようなその衝撃に思わず涙目で抗議したけど、えっちゃんはそんなミャコの言葉には聞く耳もってはくれなかった。
ただ、火傷と裂傷で真っ赤なミャコの腕を見つめている。
「いや、その。これはね?カム・ドラゴンに気付かなかったアタイのドジだから、その、あの、あんまり気にしないで。たいした怪我じゃないし」
ミャコは、そんなえっちゃんに弁解するみたいにそんな言葉を返した。
でもって平気をアピールするつもりで腕を上げようとしたけど、腕はミャコの言うことなんて聞いてくれなくて。
引きつる痛みとともに、ミャコの血が滴り落ちる。
それは霜のかぶった氷の地面にぽとりと落ちて、じわりと赤の波紋を広げる。
ミャコの大嫌いな、でも本当はそうじゃない赤の色。
じわじわと侵食していくようにミャコの視界を覆って、その意識すら飲み込んでいって……。
(第二十四話につづく)
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