第二十二話


「誰だって炎に焼かれて死にたい奴なんていない。予めそれが分かっていれば、誰だってそのための対処はするだろう? ……ただそれだけだよ」

「ふふふ、それこそがアキ様の力ですよ。ミャコさん」


返ってきたのは、ある意味にべもない、そんな言葉だった。

ようは、アキの時の力によるものなのだろう。


一体どんな力だったんだろう?

この目で見られなかったのが残念でならなかったけど。



「ミャコ」


そんな事を考えていると、それまで黙ってミャコたちの会話を聞いていたえっちゃんが、ふいに声をあげた。


ミャコの袖を引っ張るえっちゃん視線は、上空に向いている。

その視線の先には、ルフローズの村に炎撒くことをやめない翼あるものたちの姿が見えた。


「うーん、のんびり自己紹介してる暇もないみたいだね。この火事もなんとかしなきゃだし」


同じように上空を見上げて、苦々しげに呟くルーシァ。



「私にひとつ、いい案がある」


すると、それに答えるようにして、えっちゃんがそんな事を呟いた。

氷のレイアークを使う。

聞かなくてもえっちゃんのいい案ってのが、その事だってことはすぐに分かった。


その力の凄さを、この目で見たことのあるミャコは知っている。

えっちゃんがその力を使えば、事態を収拾に向かわせることなんて簡単だってことに。

そして、えっちゃんがその力を……レイアの証であるその力を使うことで、もうここにはいられなくなるってことを。

その中身こそ違えど、結局えっちゃんがこの場所を捨て外の世界へと飛び出さなければならなくなってしまうってことを。



そこまで考えて。

ミャコはすごく不安になった。

二度と同じ悲劇を繰り返したくないって思っていても、結局訪れる結末は同じなんじゃないかって、そう思ってしまったからだ。


「いい案ねぇ? ずいぶんと自信あるみたいだけど、そしたらアタシらは何をすればいい?」


だけど、そんなミャコの心情とは裏腹に、初対面とは思えないそんなやり取りをするルーシァとえっちゃん。



「……ルーシァとアキには、のこったドリードたちを撃退してほしい。やりかたはふたりにまかせるから」

「ああ、そっかそっか。ワタシたちのことも見てたんだね。んー、やっぱりアキ様の言う通りだったってことかぁ。その有無を言わせない感じ、お姫様っぽくてステキだよ。んじゃま、いっちょ言われた通りにしましょうかね?」


淡々と言葉を発するえっちゃんに、ちょっと驚き、それからしみじみと頷いてみせ、アキの顔を伺うルーシァ。

対するアキはえっちゃんを見、ミャコを見、何も語らない。

ようはルーシァの言葉は肯定、ってことなんだろうけど。



「火の手のほうは、私とミャコにまかせてくれれば、もんだいないから」


何だか傍から見ていると、心のうちで会話してるんじゃないのかなって思っちゃうくらいアキを見返していたえっちゃんが、唐突にそんな事を言った。

ミャコは、ちょっと驚いて目を見開いてしまう。



「……了解した」

「んじゃ出発ーっ!」


それは、えっちゃんに言葉にあっさり頷いて駆け出していくアキのせいもあったけれど。

何よりミャコが驚いて懐かしい気持ちになったのは、ミャコがえっちゃんに対してそうであるように。

えっちゃん自身が、ミャコに対して背中を預けて戦えるかのような信頼を持ってくれているって、そんな気がしたからだ。


ほとんど初対面であるはずのミャコとえっちゃんには、まだそこまでの信頼関係は築けていないはずなのにも関わらず。



「つまり、今度は逆ってことだよね? さっきミャコがあの力を使ったとき、えっちゃんが守ってくれたのと」

「……さすが。理解が早くてたすかる」


でも、ミャコが驚いたのは一瞬のこと。

気付けばそんな風に、自然と言葉がついて出ていた。

それに、えっちゃんは満足そうにぐふふと似合わないにもほどがある笑みをこぼして。


次の瞬間には、辺りの温度がぐっと下がってゆく感覚に支配されていた。

辺りの熱気を吹き飛ばすくらいの、えっちゃんの内に秘められた氷の魔力が高まっていくのがよく分かる。

そんなえっちゃんの額には、汗が滲んでいて。



「ヴァーレストよ、アタイたちを守って!」


ミャコはそんなえっちゃんを包み守るようにして風の力を展開した。

えっちゃんの盾になるよう前に立ち空を見上げれば、闇に爆ぜる炎と煌く白刃が目に入った。


その肩の上には、二つの銃を手にしたルーシァの姿。

鈍い音とともに、その銃が火をふく。


相手にとって有利であるはずの中空での戦いだったけど。

二人はそんなものをものともせずに、確実に敵の数を減らしていった。

炎のたち始めた屋根を踏み台にしてアキが空を舞えば、たちまち赤い石の雨が降る。


どうやらミャコの出番はないみたい。

二人の強さに圧されるようにして、ちりぢりに散って虚空に消えてゆくカム・ドラゴンたちを見て、そう思っていたけれど。



「……っ!」


風に紛れてのくぐもった声は、ルーシァのものかアキのものか。

二人して驚愕の様子で、こちらを見ている。


いや、二人が見てるのはミャコたちじゃなかったんだろう。

ちりちりと首筋が熱くなるような、嫌な感覚。

ミャコはそれを考えるより早く動いていた。

レイアークを扱うために、じっと瞳を閉じて集中力を高めているえっちゃんの、その背後に。


そこには今までずっとどこかに潜んででもいたのか、今すぐかぶりつきかねない勢いで大口を開けて炎を吐き出そうするカム・ドラゴンの姿があった。


透明度の低い赤の瞳と、視線がかちりと合う。

その瞳には、なんの感情も含まれてないようにミャコには見えた。

怒りも、殺意も、何もかも。


ついさっきまで戦っていたガルラのような、そこに存在している証みたいなものが欠けている気がした。

まるで与えられた使命だけを忠実にこなす、便利なつくりもののような……そんな感覚。


そこに感情の色があったのならもしかしたらミャコは、多少なりとも動揺して、躊躇いもしたのかもしれない。

ただその時にあったのは、そんな何もないものに対する悲しさだけだった。

ミャコは、集中を高めるえっちゃんの邪魔にならないように、そっと風の守りから足を踏み出す。



「よせっ!」


今度ははっきりと聞こえたアキの声。

だけどミャコは聞かないフリをして、目の前のそれに手を伸ばした。

だって目の前のそれは、もう炎を吐き出す寸前だったから。


えっちゃんが熱にやられないように怪我しないようにするには、これしかなかったんだからしょうがない。

ミャコは伸ばした手のひらに風の力を纏わせる。


そして、強い圧力のかかったそれを、カムラルドラゴンの口の中に差し入れたのだった……。


             (第二十三話につづく)



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