第二十一話


だけど、今は出会い……ミャコにとっては再会の感傷に浸ってる場合じゃなかった。


ルフローズの村に蔓延する炎。

それをなんとかしなくちゃいけなかったからだ。



「……っ」


えっちゃんと連れ立ってやってきた村の様子と来たら、それこそ悲惨なものだった。


村を囲むようにした背の低い森は、完全に火の海と化していて。

それに倣うように、村の家々は燃えていた。


ミャコたちが泊まっていた宿もそう。


アキやルーシァたち、そして村の人たちは無事だろうか。

無惨にも燃え続けている炎を見ていると、不安ばかりが募ってくる。



「えっちゃん、平気?」


握られていた手にぐっと力が入って、ミャコは思わずそう聞いていた。



「……」


えっちゃんはミャコの問いには答えず、額から汗をを滴らせ青い顔をしつつも、燃え盛る炎から目を離そうとはしなかった。


「……これは、私の責任。はやく、この火をとめなきゃ」


だが、やがて顔を向けたえっちゃんは真剣な眼差しでそんな事を言う。

それだけで、ミャコはえっちゃんがレイアークを使うんだろうってことが分かった。


氷の姫の怒りをかって氷付けになったルフローズの村。

きっと、そんなミャコの覚えてる記憶と同じように。


ううん、それは同じなんかじゃない。

意味合いは真逆だった。

滅ぼし封じるためのものじゃなく、守り助けるためのものだろう。



「……レイアの力を使うのね?」


再び聞いたミャコに、えっちゃんはこくりと首を縦にふる。


「それじゃ村全体が見えるところに行かなきゃだね。それに、まだ無事な人がいるかもしれない。先に助けなくっちゃ」


えっちゃんのレイアークを使うためには、村じゅうを見渡せる場所まで移動する必要があるだろう。


そしてそれよりも先に、村の人たちを助け出さなきゃいけなかった。

周りに人の気配がないせいか、もう手遅れかもしれないって暗い気持ちにもなったけれど、少なくともアキやルーシァがこの炎にまかれて、なんてことになってるとは思えなかった。


まず、二人と合流する必要があるだろう。

その旨をえっちゃんに伝えようとして。



グオオォォンッ!


聞こえてきたのは、カム・ドラゴンの咆哮だった。

それは、威嚇……あるいは敵を前にした時の声。


「えっちゃん!」


誰かが、おそらくアキたちだろうと思うけど、戦っている。

当然えっちゃんにもそれが分かったんだろう。

目配せして頷きあい、ミャコたちは走り出す。



もれなく辿りついたのは、普段は人々の憩いの場になってるだろう、噴水のある広場だった。

噴水の水が止まり、周りの炎に赤く照らされる浅い水面に漬かるようにして、いつものように肩にルーシァを乗せたアキが立っている。


そして、そんな彼女たちを囲むように三体のカム・ドラゴンがいた。

ガルラほどではないが、やはり翼のある大きなもの。

水場に陣取って戦ってる辺り、流石といったところだろうか。

もうすでに、いくつもの赤い宝石が骸代わりに水面に没している。



「ギィヤァッ!」


なんて言ってる間にもアキは目にも留まらぬ速さで、素早さだけには自信持ってたミャコのお株を奪っちゃいそうな速さで、水面を蹴った。

水しぶきとともに心臓の部分を一突きされる一体のカム・ドラゴン。

断末魔の声とともにアキが細剣を払えば、ざぶと音を立てて赤い石が転がり落ち、水の中に没してゆく。


「ガァアアッ!」


と、仲間がやられたことに激昂したのか、自分自身に命の危険を感じたのか、怒りの咆哮をあげる残ったカムラルドラゴンは、顎を大きく開いて炎の塊を生成し始めた。

それに、はっとなり駆け出そうとしたミャコたちだったけど。



「相変わらず学習能力ないやつらだよね。戦闘パターンが一辺倒にもほどがあるっての!」


しゃべる肩当てだと言い張ってたルーシァが、小さな腰に手をやり抜き放ったのは、これまた小さな銃だった。


『金』の根源に依るナヴィが好んで扱うもの。

大きさのことしか考えなければ、それは確かにミャコの記憶にあるルーシァも持っていたもので。



熟達した銃さばき。

二発の金色の弾丸が、鋭いカーブを描きながら二体のカム・ドラゴンの元へ向かって飛び出していく。


見事なまでに違うことなくその弾丸は生成を終え、繰り出されようとしている炎にぶち当たって。



予想を遥かに超える爆音と爆風。

ミャコはほとんど条件反射で、その爆風からえっちゃんの身を守る。


頭ひとつぶんは背の低いえっちゃん。

何だか不満そうな声がくぐもって聞こえていたけれど、やがてその爆風も去って。

顔をあげると、そこにはもうカム・ドラゴンたちの姿はなかった。


おそらくカム・ドラゴンの炎で弾丸を誘爆させたんだろうけど。

その凄まじい威力に、感心と驚きがないまぜになっていて。



「アキ、ルーシァ!」


ミャコはその驚きの感情からようやく脱すると、もうちょっと抱きついていたい欲をなんとか振り払い、二人の名を呼ぶ。


「お、やっと来たねミャコさん。その様子だと、氷の姫さまの勧誘もうまくいったってところかな?」


たぶん、ミャコたちがやってきてたのは気付いてたんだろう。

ちょっとからかうようなルーシァの声。


アキは今の今まで戦ってただろうに、息ひとつ切らした様子もなく、目してミャコとえっちゃんのことを見つめている。



「う、うん、まぁね。でも、ふたりとも無事でよかった。やっぱりこの炎は、さっきの?」


アキの言葉通りになってしまったと、そのまま口にするのは何だか恥ずかしくて。

ミャコは曖昧に濁し、そう言葉を続ける。



「うん、ワタシたちがちょうど宿を出た時だったかな。突然翼の生えたカム・ドラゴンの大群が村の中に入って来たんだ。村の人々はうまく全員避難させることはできたんだけど、みんなの住む家は守れなくて。……そっちは、どうだったの? やっぱりあいつら来たんだ?」

「うん、こっちにも来たわ、こっちには彼らのリーダーらしきやつが現れて……えっちゃんが助けてくれたおかげもあって、何とかやっつけることができたんだけど」


思うままにルーシァの問いに答えて、すぐにはっとなる。

今ルーシァはなんて言った?

村の人々を避難させたって言わなかった?

数百人はくだらないだろう村の人全員を?

いったいどんな芸当をすればそんな事ができるのだろう?


よしんば警鐘を鳴らしたとしても、村全体がその危機を知るより火の回りの方がよっぽど早いだろう。

しかも村をドリードに襲われたと知ればパニックになるのは必至のはずで。



「村の人たちは無事だったの? こんなに火がまわっちゃってるのに、全員?」


ルーシァの言葉通りのことなど、不可能に近いんじゃないかなってミャコは思った。

というかすぐには信じられそうもなくて、ついついそう聞き返してしまう。



「うん、もちろん。村の周り一帯は危ないって分かってたしね。今頃村の人はふもとの町に向かってるはずだよ。まぁ、その途中の危険までは流石に関与できないけど、たぶんみんな無事なんじゃないかな」


言うのは簡単だけど、それは凄いことなんじゃないかって思わずにはいられなかった。

隣にいるえっちゃんも、ルーシァの言葉に驚いたように目をしばたかせている。



「よく、そんな事ができたわね。一体どうやって?」


村には、コドゥもたくさんいたはずだった。

二人には悪いけど、ミャコにはルーシァたちの予言の言葉を受けて、コドゥたちがそれを単純に受け入れてくれるなんて、到底思えなかった。


だから、気付けばミャコはそう聞いていて……。


 

              (第二十二話につづく)







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