第十九話
「ヴァーレストよ、アタイを守って!」
何度も言うけど、ミャコは素早さには自信があった。
だから、それを避けようと思えばできたはずだった。
でも、ミャコは避けることができなかった。
ミャコが避ければその小さな太陽は氷山を直撃する。
ガルラから放たれる火の魔力だけでもう、溶け始めてしまっている氷山。
その小さな太陽を受ければただで済むとは思えなかった。
中のえっちゃんにも危険が及ぶかもしれない。
たぶんガルラは、その事を分かってやったんだろうけど……。
お互いの力と力のぶつかり合い。
あえなく圧し負けたのは、ミャコの方だった。
悲鳴が爆音にかき消される。
「ぐっ……」
ミャコの耳に届いたのは、爆音に吹き飛ばされて氷山の入り口に叩きつけられて呻き声を上げる自分の声だった。
「フフ、いつまで持つかな」
次に聞こえてきたのは、そんななんだか楽しげなガルラの声で。
再び危機感を覚えよろよろと立ち上がれば、ガルラが二発めの小さな太陽をその口元に生み出そうとしているのが分かった。
ようは、避けることのできないミャコをいいことに、このままいたぶろうということなのだろう。
ミャコの風の力は、守る力には向いていない。
逆に、ガルラの炎の力は攻撃専門のような力だった。
このまま同じことの繰り返しでは、ミャコの敗北は必至だろう。
(とっておき、使うしかないかな……)
心中で呟いて、ミャコはちょっと苦笑を浮かべる。
とっておき。
それは命のキセキを持つ特別なナヴィ……レイアだけに許された力のことだ。
この世界では分からないけど、仲間うちのみんなでは、【レイアーク】なんて勝手に名前をつけて呼んでいた、ミャコたちの必殺技。
だけど、今の今まで出し惜しみしてたのにもちゃんと訳がある。
レイアークにはその凶悪なほどの強さを持つ反面、いくつかのリスクがつきまとう。
第一に、レイアークを使うことで自分はレイアであると証明してしまうことだろう。
これは理屈じゃない。
ミャコは風のレイアですって名乗り上げるより、よっぽど相手にレイアであることを強烈に印象づける。
二つめに、レイアークを使ったことの反動で大幅に行動力を殺がれてしまうことだった。
初めてその力を使った時、ミャコはまる二日立つことすらままならなかった。
まぁ、今はさすがに一度使ったくらいじゃそこまで動けなくなることはないけれど。
ようは、とっておきの大技であるが故に、乱発ができないのだ。
そして三つ目。
今のこの状況だと、もしかしたらこれが一番厄介なのかもしれないけど。
レイアークは、普通にナヴィがそれぞれの信ずる根源の名を呼ぶことで発動する、ある意味お手軽な力と違って、その発動に時間がかかることだろう。
ミャコの場合、まずレイアークを放てるだけの風の魔力をためなきゃいけなかった。
「カムラルよ、焼き尽くせ!」
当然相手がそんな暇を与えてくれるはずもなく。
容赦なく3発目がミャコに向かって放たれた。
「ヴァーレストよ。守って!」
レイアークを使うためには、この防御の力すら使ってる余裕ないんだけど、使わなきゃ氷山ごとミャコは溶かされてしまうかもしれない。
「か……あっ」
風の力で防御してさえ、完全にその熱を防ぎきれずに、熱波がミャコの肺を焦らしてくる。
レイアークのことを思い至ったはいいものの、どうにも手詰まりだった。
結局、今の状況でミャコが勝つためには、それこそ死を覚悟するくらいの気持ちじゃなきゃダメなのかもしれない。
「……」
ミャコは瞳を閉じて、レイアークを使役するための力を集め始めた。
それは、世界のそこかしこに存在している風(ヴァーレスト)の魔力だ。
いや、ヴァーレストそのもの、と言ってもいいかもしれない。
びり、と空気が震え、ミャコを中心に渦をまくように風が動き始める。
「愚かなっ……」
そう言うガルラは、ミャコが何をしようとしているのか気付いたのかもしれない。
すぐさま4発目の小さな太陽を作り出す。
今まで一番大きく輝く、カムラルの力の塊を。
(問題はミャコの身ひとつで氷山を守れるかってことなんだけど、ね)
ミャコは集中を途切れさせないままに両手を広げて仁王立ちした。
レイアークの発動条件を満たすためには、最低でもガルラの攻撃を一度は耐え切らなくちゃならなかった。
耐え切れなければミャコの負けだ。
それを分かってるからガルラも今までの中で一番力を込めているのだろう。
単純に言えば、ミャコの根性とガルラの力の勝負だった。
「カムラルよ! 全てを焼き尽くせ!」
ゴウ! と白い炎が猛る。
ガルラの言葉とともに繰り出されたそれは、熱風とともに死の気配すら運んでくるんじゃないかって、戦慄をミャコに与えた。
風を集めているミャコに吸い寄せられるかのように、小さな太陽は近付いてくる。
それは、耐えられるかもなんてちょっとでも思ったミャコの甘っちょろさを証明するだろう威力があったのだろう。
だけど。
ミャコは、自分でも驚くほどに落ち着いていた。
目の前のそれに絶望することなく、風の魔力を集めることができた。
何故ならば……比喩じゃなく、背中が凍り付いてしまうかのような、でも懐かしくて泣きそうになる、冷たい風の気配がしたからだ。
「レッキー……まもって」
眠たげでぞんざいな、だけどせっかく維持してた集中力が途切れちゃいそうになるくらい『可愛らしい』声が背中に伝わる。
氷の根源ルフローズ・レッキーノの心が広いのか、あるいはそれだけ彼女に才能があったからなのか。
ぽそりとそう呟いただけでミャコの目前に虹色の光を潜ませ、透ける大きな氷の盾が出現した。
「なにっ!?」
ガルラの驚愕の声すら、その大仰な盾に遮られて遠い。
小さな太陽と細工美しい、ミャコをすっぽり覆う高さのある氷の盾。
お互いぶつかりあって互いの身を削りあう。
氷の力は確かに火の力に弱い。
天敵と言ってもいいかもしれない。
でも逆も然りなんじゃないかって、その時のミャコは思って。
気付けばその小さな太陽は、その氷の盾にのまれるようにして消えていった。
溶け消え崩れる、盾とともに。
ミャコのレイアークの発動条件が満たされたのは、まさにその瞬間で。
「風のキセキよ! その姿を示せ! 【アンヴァ・ヴァーレスト】ッ!!」
グオオオオゥッ!
ミャコのレイアの証でもある風の輝石……琥珀。
ミャコのまじないとともにミャコの身体から飛び出したそれは、瞬く間に巨大化、白金の虎へとその姿を変え天に向かって咆哮する。
驚愕の、あるいは悲鳴かもしれないガルラの声は、その雄叫びにかき消されて届かない。
そして、その咆哮から世界に解き放たれるよりも早く。
白金の虎は、ガルラの喉元を……その凶悪な顎で、易々と噛み切っていた。
飛沫く血潮の代わりなのか。
ガルラは何抵抗することなく、その生を終え。
微かに輝く赤い宝石となって地面に落ちる。
一瞬、辺りを、風さえ止まるほどの静寂が支配して。
白金の虎は幻であったかのように、すっと消えた。
ミャコが、ミャコたちが、勝ったんだ……。
(第二十話につづく)
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