第十八話
だけど……そんなミャコに、逃げ場はないらしかった。
レッキーノの氷山、その入り口まで戻ってきて。
見上げた中空に、今まで倒してきたカム・ドラゴンの何倍も何倍も大きい、
それこそが絶対、アキの言っていた予言の翼あるものなんだって確信持てるくらいの畏怖をばらまく炎色の竜の姿があったからだ。
「アイラディア様の翼を持ちし者は、貴様か……?」
目の前の竜が口を開く。
ミャコにも理解できる……だけどどこか生き物の範疇を超えているかのような、そんな声で。
初めはミャコに言ってるんだって、すぐには気付けなくて。
おろおろと視線を彷徨わせてたけど。
アイラディア様の翼。
それはミャコだけに許された、ミャコだけが知るものだったから、自然と緊張感が高まる。
「何故、あなたがそのことを?」
ミャコは油断なく目の前の巨竜を見据え、そう言葉を返した。
シラ切ってとぼけるとか、知らないって嘘ついたりするとか、そう言う駆け引きみたいなものをするべきだったのかなって気付いたのは、既に言葉を発してしまった後のことで。
「ならば貴様にはその命散らしてもらおう。神を裏切り、成り代わろうとする偽者に組する者よ。カムラルの名のもとに、後悔して死んでゆくがいい……」
思ったよりは饒舌な、だけど有無を言わせない言葉。
「神を裏切るって、意味分かんないんだけど。つまりあなたは、火(カムラル)の国かなにかの関係者ってこと? それとも、コウの知り合い?」
「……」
窺うミャコに、巨竜は答えない。
かくいうミャコも、そう言ったはいいものの相手の正体を量りかねていた。
カムラルの名のもと。
それは多分、カムラルの御名を持つレイアのことを言ってるんだろうって気はする。
だけどミャコの知る火のレイアであるコウは、わざわざ人を使って自分の命を危険に晒すだろうもの……つまりミャコを消せ、だなんて命令するようなタイプじゃなかった。
彼女ならきっと直接くるだろう。
自分の命のキセキを奪おうとするものを、返り討ちにするために。
まぁ、この世界の彼女がミャコの知るその人と同じとは限らないけど。
彼女……コウ・カムラルの名を利用として、ミャコの命を、あるいはえっちゃんの命を狙おうとしている可能性もある。
「もう二度と誰かを犠牲にするつもりはないの。どうにか、話し合いで解決できないかな」
それは、ミャコの本音だった。
みんなの命のキセキを奪って、世界の滅亡を止めることができたとしても、それは意味のないことだって実感していたからだ。
まだあては全くないのが辛かったけど、みんなを犠牲にしなくてもすむような、
世界が平和になるその方法を、ミャコは探したかった。
「世迷言を。これだけの同胞を殺しておいて……」
「……っ」
殺気のこもった、冷たくにべもない言葉。
そっちがけしかけてきたんでしょって叫びそうになったけど。
結果を見ればどうしたって彼の言い分は正しいんだろう。
もう二度と、誰も傷つけたり犠牲にしたりしたくないって言ってはみても、結局ミャコはミャコなんだろう。
自分を殺そうとする相手に無抵抗に殺されてやるほどお人よしでも弱くもない。
逆にそれは、普段必死で抑えている殺戮衝動を解放する引き金となる。
「……そうね。結局、ほんとの自分は誤魔化せないみたい」
だから、ミャコは左手を掲げ上げ、そこに不可視の風の力を込めて……巨竜と対峙した。
その時のミャコは笑みを浮かべていたと思う。
多分それは、殺されるかもしれない強い相手に殺気をぶつけられて。
正当防衛を言い訳にして自分の衝動を思う存分吐き出させることが、嬉しかったんだろう。
「火(カムラル)の一翼、ガルラだ」
「風(ヴァーレスト)のミャコよ……よろしく」
名乗りあいは戦いの合図。
誰が決めたかなんて知らないけど、気分は悪くなかった。
ミャコはもう一度小さく笑みをこぼして、巨竜ガルラに肉薄する。
「ヴァーレストよ!」
左の手に見えない風の爪を宿し、ガルラの喉元に叩きつけるように突き出す。
「……うっ」
相手は空を飛んでるし、何より的が大きい。
素早さには自身があったミャコだから、その一撃でそこそこダメージを与えられると思ってたんだけど。
ガルラは避けもしなくて。
風の爪はほとんど歯が立たなかった。
思い切り手を岩盤に叩きつけたようなしびれが返ってくるだけ。
これが本来の、ドラゴンそのものの姿と言えばそうなんだろう。
見た目からして年季の入ってるって分かる彼は、カム・ドラゴンの唯一にして最大の弱点すら克服してしまっているらしい。
「カムラルよ……全てを焼き尽くせ!」
そんなミャコを見て、ガルラはニヤリと笑みを浮かべたような気がした。
そして、次の瞬間には、ガルラの力の発動を促す言葉とともに、辺りにカムラルの……火の魔力が満ちた。
顔を上げればガルラの開かれた口元に、高温ゆえに白く発光している炎の渦が見えて。
ヤバイ! と思ったのとほぼ同じくして、それは放たれた。
まるで闇を照らす小型の太陽のごとき輝きを放ちながら。
(第十九話につづく)
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