第十七話


「はぁっ、はっ……」


一体、どれくらいの数を倒しただろうか。

衝動に任せて向かい来る獲物を屠り続けて荒い息をつく頃には、鈍い光沢を持った赤い石がそこかしこに広がっていた。


夜空を見上げれば、ようやくミャコが危険なものであると気付いたからなのか、むやみに突っ込むことはせず、様子を見るように中空を旋回するドラゴンたちの姿が見えた。

その数は一向に減る気配はない。


「キリがないわね」


ミャコは放たれた炎を愚痴とともに無造作に払い、息をついた。

いや、当然キリはあるんだろうけど……そう思わせるほど、奴らは執拗だった。

警戒するくらいなんだからミャコの怖さとか分かってるはずなのに、まるで諦めようとしない。


まるで、そうしなければいけない理由があるかのよう。

こうなってくると、相手に終わりが見えないぶん、不利なのはミャコのほうだった。


風の力は無限じゃない。

限界がどれほどなのかも、使うミャコが一番分かってる。


このまま同じことの繰り返しじゃ、負けるのはこっちのほうだろう。

いっそのこと、その場から離れてもっと戦いやすい場所へ移動してみようか、とも考える。


奴らの狙いが、ほんとにミャコであるならば、その考えはありだと思うんだけど、

その時ふと思い出したのは、アキの予言だった。


ミャコがここを離れたら最後、奴らはきっと氷山……えっちゃんを狙う。

そんな確信めいた予感がミャコにはあって。

それだけはさせないって、心に誓ったまではよかったんだけど。



「……えっ?」


それに気付いたのは、必然だったんだろう。

アキやルーシァのことをふと思い出して。

この騒ぎに気付いて助けに来てくれないだろうかとちょっと期待して。

ふいに目を向けたルフローズの村があるだろう空が、やけに明るく見えた。

ミャコは嫌な予感を抑えきれぬままに駆け出す。

そしてすぐに、村が見渡せる場所までやってきて。



「村がっ!」


燃えていた。

赤く赤く。

おそらくは、あの大きなカム・ドラゴンの炎で。

その炎は、ルフローズの村を覆う背丈の低い針葉樹すらも色づけている。

村の集落から煙の上がり始めている場所もあった。

火事を知らせる鐘楼の音が響いていないのが、余計にミャコの不安を募らせる。


アキやルーシァ、村の人は無事だろうか。

今すぐ見に行きたい、駆けつけたい、そんな衝動にかられたけれど。



「ギョエエッ!」


背後から聞こえるドリードの咆哮。


「しまった!」


あの場にいるミャコが邪魔なのであって。

ミャコを狙ってるわけじゃない。

そう気付かされた時にはすでに、一匹のカム・ドラゴンが氷山の入り口へと入り込んでしまっていた。


離れればどうなるのか分かりきっていたのに、結局離れてしまった。

考えなしの自分自身が悔しくて腹が立ったけれど。

そんな反省してる暇などあるはずもなく。


「ヴァーレストよ、力を貸してっ!」


ミャコは再び、自身の信じるその名を叫んだ。

今度は目に見えない風の魔力が手のひらではなく、足元に集まっていくのが分かる。


風のように早く動ける力。

それこそが、ミャコの……ヴァーレストの御名を冠するレイアとしての、一番得意なことでもあって。


轟き粉塵をあげる風を身に纏い、氷山入り口に消えていったドラゴンを猛追する。

氷の棺、えっちゃんのいる場所まで辿り着くのは一瞬にも等しい時間だったけれど。


ミャコの目に広がるその光景は、まるで時が止まっているかのように緩慢に展開した。

背後からでも分かる、カム・ドラゴンの開けられた口。

集まり始める、火(カムラル)の魔力。

火が生まれようとする、きな臭い匂い。

氷のナヴィであるえっちゃんにとっては、火の魔力は毒にも等しいんだろうってことは容易に想像できる。


こんな至近距離で炎吐かれれば、氷が溶けるだけじゃすまないだろう。

でもそれでも、えっちゃんは目覚める気配はない。


まるで、ミャコの本当の願いを知っているかのように、きいてくれているかのように、眠ったままに見えて。



「あああぁっ!」


その瞬間。

ミャコの感情が爆発した。

膨れ上がる風の魔力、初めてそれに気付いたように、カム・ドラゴンがこちらを振り向いて。



それが……カムラルドラゴンの最期だった。

ミャコの右手のひらが、ドラゴンの喉元を貫いていたからだ。


強烈な酩酊を起こすほどの、確かな手ごたえ。

飛び散る生き物の血。

断末の言葉にすらならない吐息。

かつて否定しつつも、求めていた死の感触。


だが、それは長くは続かなかった。

まるで全てが幻であったかのように、ちゃちな作り物であったかのように、

そのぬくもりは消え、貫いた手の甲に赤い石が当たって落ちる。




「……っ」


ミャコはそこでようやく我に返って、青くなった。

えっちゃんが目を覚ましている。

その、サファイアの輝きを宿した、だけど眠そうな、とろんとした瞳で。


それは、目覚めたばかりだからじゃない。

それが、ミャコのよく知るえっちゃんのいつも通りだった。


えっちゃんが、ミャコのことを見ている。

心の中に燻り消えない衝動を吐き出してしまったミャコのことを。

ミャコが一番見られたくない姿を、一番見られたくない人に。


その時、ぴしりとその場が軋むような音が辺りに響いて。

自分にふさわしいと思う人を探している。

そんなアキの言葉がフラッシュバックする。


「どうしてっ」


ミャコの願いとは裏腹に、えっちゃんが目覚めようとしている。

危険な外の世界に晒されようとしている。



どうして今、このタイミングなんだろう。


ミャコにはそんなえっちゃんが分からなくなって。

ミャコは溶け始める氷棺に背を向けて、えっちゃんに背を向けて走り出していたんだ。


まるで、逃げるみたいに……。



              (第十八話につづく)







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