第十四話


こうして、ミャコたちの行動指針が決まって。

次の議題に上がったのはアキの時の力だという、予言についてのことだった。


「未来のことを予言できるのはいいんだけど、結構抽象的なんだよねこれが」


何でもアキの予言の力というのは、その出来事が起こる数日前に突如アキの頭の中に降りてくるものだという。


その内容は結構曖昧で。

ルーシァの時は、

『金の名を持つものの棲家。闇に紛れて賊が現れる。それを知らぬ名を持つものは彼らに捕らわれ、その意思の及ぶところのないくぐつとなる……』

という一文だったらしい。



「今回だってさ、曖昧でしょ。翼あるものがどうだとか氷の姫がどうだとかさ。

とりあえずチャウスの山に来たのはいいけど、よりにもよってミャコさんが翼あるものなわけでしょ? その氷の姫って、ミャコさんのお友達なわけでしょ? アキ様はその事知ってたみたいだけど」

「……」


一体どういうことなのよと、ジト目(ミャコの予想)でアキを見上げるルーシァ。

一方のアキは、さっきから全く口を開こうとはしなかった。

ちゃんと話は聞いてくれてるみたいなんだけど、一分の混じりけもないその黒の瞳からは、そんなアキが何を考えているのかミャコには到底判断がつきそうもなくて。

たぶんきっと、しゃべる必要性を感じてないからこそのだんまりなんだろうけど。



「一応ゆっとくけどミャコは火なんかつけないよ。火の力だって使えるわけじゃないし」


確かにミャコは翼あるものだけど、前の世界でだって火をつけたのは村のひとだし、そもそも今だってそんなことをする気はさらさらない。

アキの予言がどうであれそのことだけははっきりさせておきたかったから、ミャコはきっぱりはっきりそう宣言する。



「うーん。ミャコさんがそんなことをするようなひとじゃないってのは分かるんだけどね。いくら曖昧だとは言え、アキ様の予言は当たるからなぁ。いや、当たらないようにするのがワタシたちの目的なんだけどさ、ワタシが危機一髪だったのも確かだし、ほんとに翼あるもののミャコさんいたし。……ううむ。あ、そだ。もしかしてミャコさん、自分の中に火遊びしちゃいそうなもう一つの人格とか眠っちゃったりとかしてない? ほら、闇のナヴィとかによくいるでしょ?」


どうしても火をつける犯人をミャコにしたいのか、予言を信じてるからなのか、ルーシァはそんな事を言ってくる。


「そんなことあるわけないでしょ。それに、アタイ思ったんだけどさ、翼あるものってミャコとは違う翼あるものだったりしないのかな? ここに来る途中でさ、ルーシァ、カムラルドラゴン見て言ったじゃん。きっとミャコじゃなくて、翼の生えたドラゴンかなにかなんだよ」


言ってるうちに実はそんなオチなんじゃないのかなって本気で思い始めるミャコ。

そこには、もし二重人格なミャコが正解だったらどうしようっていう怖さもあったからなんだけど。



「そう言われると、そんな気もするよね。結局のとこどうなんですか、アキ様? もうちょっとなんて言うか、詳しいこと分かりません?」


再びアキにお伺いを立てるルーシァ。

今更と言えば今更だけど、アキとルーシァって不思議な関係だなってその時思っちゃった。


話を聞いた限りでは出会ったばかりのはずなのに、長年連れ添ったパートナーみたいに互いの立ち位置をしっかり把握してるように見えるし、敬語使って様づけしてる割には、堂々とアキの肩を独占? してるし。


ああ、そうそう。初めて会った時は逆だと思ってたんだよね。

アキがお人形さんでそれを操ってるのがルーシァなんじゃないのかな、なんて。

そんな感じの益体もないことをミャコが考えていると。

だんまりではなく、ルーシァの言葉に何やら考え込んでいたアキが、おもむろに口を開いた。



「……そもそもの論点がおかしい。翼あるものが誰かなんてこの際二の次でいい。考えるべきところは、誰かじゃなくて何のために火をつけなければならなかったのかってことだ」


言葉の前半部分、ちょっと屁理屈っぽいのはアキも分かったんだろう。

再び敢えてそっぽを向きつつ、アキはそんな事を言う。


「何のために、ですか」

「それはほら、えっちゃんが……じゃなかった、氷の姫がいるからじゃないの?」


それは、考えるまでもない単純なことだった。

氷の棺の中に眠るえっちゃんをどうにかして起こそうと火をつけたのだ。

さっきは火をつけたのは自分じゃないって言ったけど、その事を考えると少し複雑だった。

眠ったまま出てきてくれなかったえっちゃんが出てきてくれるにはどうすればいいのか、何か方法を探していたのは、ミャコも同じだったんだから。

そんな事を考え出して、陰鬱な気分になっていると。

それまでそっぽを向いていたアキがすっと振り向く。

そして、ミャコとルーシァともに見回してから言った。



「だったら話は早い。私たちの目的は他のレイアを助けることなんだからな。……火をつけられる原因になった氷の姫にこの山から下りてもらえればいいんだ。もちろん、私たちとともにね」


そうすれば、チャウスの山が火の海になることはない。

まるでその自信があるかのように、アキは言う。



「でも、一体どうやって?」

「それこそ、ミャコの役目だろう? 友達だって言ったのはミャコじゃないか。

火事になるから危ないってことを友達が言うなら、頑固な姫も出てきてくれるんじゃないか?」


当然の疑問に、当然の答えを返されるミャコ。

今更になってミャコの知ってるえっちゃんじゃなかったらどうしようとか、そもそもミャコのこと知らないんじゃなかろうかって、思ったわけなんだけど。


結局、引くことはできなかった。

それじゃあ早速氷の姫に会いに行こうと、トントン拍子に話が決まってしまったからだ。





村に着いた時は、あまり気にかけてはいなかったけれど、やっぱりルフローズの村も、ミャコの記憶にあるものとは様子が違っていた。

不躾だけど出所の分からない視線は相変わらずで。

山頂にある氷山群へ向かう道すがら気付いたんだけど、ここでもヤーシロの町と同じようにウルガヴの紋様……涙滴の印が入ったフードや法衣、マントに身を包んだ氷のナヴィたちがちらほら見える。

中にはコドゥと談笑しているものもあって、前の世界で訪れたときに見た、生きてるのか死んでるのかも分からないような暗さがそこにはなかった。

それは、とてもいい事ではあるんだろうけど。



「やっぱりウルガヴの紋様をつけたナヴィが多いのね。ルフローズの住む、ナヴィは氷(ルフローズ・レッキーノ)の根源の一族しかいないはずなのに、どうしてなんだろ?」


ミャコは、半ば無意識にそんな事を呟いていて。


「どうしてって、ミャコさんだってウルガヴのフードかぶってるじゃない。ミャコさん風(ヴァーレスト)の一族なんでしょ?」


氷の姫さまの好物はと聞かれて、反射的に甘いお菓子って答えたこともあって、出店で飴を買っていたルーシァがアキとともに戻ってきて、すぐにそう言葉を返してくる。

ちゃっかり、ミャコの呟きが届いていたらしい。


「だって、これはその。水の国の王様にお世話になってるから……」


ナヴィに寛大な水の国ウルガヴ。

アイラディアの世界で、一、二を誇る大国であるため、ウルガヴに身を寄せているナヴィだと分かれば迂闊に近寄ってくるものも少ないだろうって、そんな打算で着てたんだけど、この世界でウルガヴの紋様のついたものを身に纏うのは、もっと他の理由があるみたいだった。

どちらかと言うと忍ぶためと言うより、みんなに見てもらうための流行りものの一種であるかのような印象を受ける。

事実、ヤーシロでは忍ぶどころか、あからさまにコドゥに因縁をつけられたわけだし。



「あらら。まぁ、薄々はそうかなーって思ってたけど、ミャコさんもウルガ王にお熱だったんだね。まぁ、気持ちは分かるけどねー。王のつくったウルガヴ法のおかげで、こうしてワタシたちはお天道様の下まともに歩けるようになったわけだし」

「お熱って、違うよ。そんなんじゃないってば。王はみんなのお父さんみたいな人で……って、ウルガヴ法?」


からかう口調のルーシァに、何だか無性に恥ずかしくて言い訳してたミャコだったけど。

いつぞや聞いた聞き覚えのないフレーズを耳にして、思わずミャコは反芻してしまった。



「うんうん、ウルガヴ法って最高だよねっ!

そのいち! コドゥはみだりにナヴィを傷つけてはならない!

そのに! コドゥはナヴィの自由を尊重すること!

そのさん! コドゥはナヴィの力の恩恵を受けていることに深く感謝すること!

……いやぁ、なんて言うの? 感動したね。世界じゅうにウルガヴ法が広まったときは、あんまり嬉しかったからワタシ全部覚えちゃったもん」


急にテンションが上がったらしく、それってなんなのかなって聞こうかどうか迷ってるうちに、ルーシァが嬉しげにそのウルガヴ法とやらの令文を並べ立てる。

その様はまるで自分の手柄であるかのように嬉しそうで、何だかつられてミャコまで嬉しくなってくる反面、紡ぎ出されたそのウルガヴ法の中身に、ミャコは驚きを隠せなかった。


かつての、前の世界はアイラディアはナヴィに冷たいはずだった。

だけど、今こうして立っているアイラディアの世界では違うらしい。



「そ、それじゃぁ、命のキセキのことで不安がることも、もうないの?」


ミャコはちょっと混乱気味に、戸惑いつつもそう聞いた。


「こらこら。滅多なこと言わないの。って言うかなんなのよそのリアクションは。まるで初めてウルガヴ法のこと聞いたみたいなさ」

「え? あ、その」


高めなテンションのままのルーシァに、ミャコは曖昧に濁して笑うことしかできない。

そう言う時に限って、何も言わずアキがミャコのことをじっと見てくるから、どうにも落ちつかなかったけど。

ルーシァは、そんなミャコには気付かなかったのか気にしてないのか、さらに言葉を続けた。



「まぁ、さすがにそこまではね。法を破ったら罰せられはするっていっても悪党は悪いことするのに法なんか無視しちゃうわけだし、コドゥにとっても命のキセキは喉から手が出るくらい欲しいものであることは変わりないしねぇ。ま、町中でこんな話平気にしてられるくらいはナヴィにとって住みやすい世界になったんだし、それだけでもよしとしないと」

「そっか……」


一瞬期待はしたけど、やっぱり根本的な危険はなくなってはいないらしい。

それがいい事なのか悪いことなのか、世界を救うって宿命を背負わされたミャコにとっては、よく分からなくなっていて。



「それにさ、何が凄いって、このウルガヴ法を考えたのって……にぎゃあっ!?」

「ひゃぁっ!?」


それまで軽快に喋っていたルーシァが急に悲鳴をあげたので、思わずつられて声をあげてしまうミャコ。

よくよく見やれば、アキの手のひらがルーシァの金色の後頭部をわしづかみしていた。

何だか分からないけど、ルーシァはいつの間にかアキのお怒りをかっていたらしい。


「わかった、わかりましたって! はーなーしーてーっ!」


そんな風に恥も外聞もなく気にせず悲鳴をあげるルーシァを見ていると。

やっぱりルーシァの言う通り、住みやすい世界になってるのかなって、しみじみ思う、ミャコなのだった……。



              (第十五話につづく)







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