第十三話
「あれ? でもでも翼は? 見当たんないけど」
返ってきたのは、ミャコの言葉をまだ信用してないみたいな、そんなルーシァの言葉だった。
「……翼は、ここに」
それは、ミャコが思っていた返答とは異なるもので。
引っ込んだ涙。
わけの分からないままに、ミャコは道具袋にしまってあった翼を取り出してみせる。
「ふぅん、取り外し可能なんだね。これは意外だったなぁ」
するとルーシァは、ひどくあっさりとした様子で、そんな事を言う。
そんなルーシァに、ただミャコは戸惑うことしかできない。
「え、なんで? ミャコは翼あるものなんだよ。驚かないの? ……怖く、ないの?」
まるで今まで看取ってきたレイアたちと同じような、優しげなリアクション。
そこには、怒りも憎しみも恐怖もない。
「そんな泣きそうな顔で言われても怖くはないよね、残念ながら。あ、でもでもびっくりはしたかな。まさかたまたま助けたミャコさんが翼あるものだとは考えてなかったから……ねえ、アキ様?」
それは、今も今とてミャコをじっと見つめてるアキも同様で。
「……まさか。そうだと気付いていたに決まってるだろう?」
「ええっ? そんな、聞いてないよっ!」
少しだけ勝ち誇ったかのようなアキの笑み。
初めから気付いていてどうして?
そんな疑問で頭がいっぱいになる中、静かな笑みを湛えたまま、アキが一歩ミャコに近付く。
そして、振り上げられるアキの手。
その動作に、びくりとなったミャコだったけれど。
「……怖がることなんか何もないさ。ミャコは、まだ何もしちゃいないんだから」
静かな笑みは苦笑に変わり、ナヴィらしい柔らかな指先がミャコの涙をぬぐう。
それは、アキと言う人物の真実を知る上での、決定的な一言。
だけど……ミャコにはそのことについて考える余裕がなかった。
「心配しなくていい。悲しいことが起きそうになったら……涙が零れそうになったら、私が止める。私たちの使命は、ミャコを助けることだって、そう言ったはずだろう?」
ドキッとするようなそんな言葉を、物凄く近い距離で囁かれたからだ。
驚き顔を上げれば、そこにはアキの頼もしい、だけど少し照れくさそうな、満面の笑顔がそこにあったからだ。
それは、まさしく。
瑞々しい太陽の花が開くようで。
たぶんきっと、これが初めてだったんだろう。
泰然として無口の向こうにある、本当のアキのことを感じたのは……。
※ ※ ※
それから。
ミャコたちは、ルフローズの村にある宿をとって。
改めて今後のこととか、いろいろなことを話し合うことになったんだけど。
「もう知ってるかもしれないが……改めて名乗っておこう。私はアキ・リヴァ。時の根源リヴァの御名を冠するレイアだ」
「ワタシはルーシァ・ヴルック。見ての通り、今は肩当てだけど、金の根源ヴルックのもとに生まれたレイアだよ」
それにあたって開口一番ふたりが口にしたのは、本当の意味での自己紹介だったんだろう。
薄々予感はあったとはいえ、聞いたミャコのほうが動揺を隠せなかった。
「ミャコ・ヴァーレストよ。風の根源ヴァーレストの御名を冠するレイアで……」
続きは言葉にはならない。
翼あるもの。
アイラディアの死神。
言わなくてももう分かりきってるからってこともあったけれど。
他のレイアの命のキセキを奪う翼あるもの。
そんなミャコが目の前にいて、それを分かってるのに平然とレイアであることを、
二人が名乗ったせいなんだと思う。
それは、怖くないって、助けるって言ってくれた言葉の証明というか、本気の表れだって気付いたからなんだと思う。
「で、改めて本題に入ろうかな。ぶっちゃけちゃえばワタシたちの真の旅の目的、なんだけどさ」
ミャコがそんな二人に戸惑い、それでも名乗ってくれたことに感極まっていると、
ルーシァがそんなもったいぶった口調で語りだす。
「ワタシたちの旅の目的はね、このアイラディアの世界を救うことなんだ。今はまだ世界は平和の道を辿ってるけど、命のキセキって言う世界のバランスを崩しかねない力が世に出た以上、世界は滅びへと向かってるんだって。その真っ只中にいるミャコさんならうすうす気付いているのかもしれないけど」
ミャコは、ルーシァのその言葉にこくりと頷く。
薄々どころじゃない。
まさにミャコの旅の目的こそが、世界の滅びを止めるためのものだったからだ。
「あ、でもでもこうやって偉そうに語っちゃってるけど、ワタシはつい最近までそんなこと全然知らなかったんだ。自分の中に、そんな世界のバランスを大きく崩してしまうような力があることだって、分かってはいたけどそれについてまともに考えたことなくてさ……」
そこでルーシァは、アキのことを見上げる。
相変わらずのだんまりだったけれど、その澄んだ黒い瞳は、ミャコとルーシァの会話を真剣に見守っているのが分かる。
世界を救うなんてだいそれたことに、本気で立ち向かっていることが分かる。
「ある時アキ様がワタシのとこにやってきて、こう言ったんだ。アイラディアの世界を悲しいまま終わらせたくないから……手伝ってほしいって」
それは、ついさっきアキの口から出た言葉だったけれど。
「それだけだったら何言っちゃってるのこの無愛想なナビィはとか思うところなんだろうけどね。アキ様が時のナヴィで、未来を予言することのできる力を持ってるって、言ってることが全てホントなのかもって思い知らされるのに、たいして時間はかからなかったんだ」
その時のことを思い出してるのか、ルーシァはそこでしばらく言葉を止める。
かと思ったら、ふいに顔を上げて、
「ワタシはね、ヴルックの洞窟の地下深くに暮らしてたんだけど、いきなりやってきた不器用でまっくろなナヴィはこう言ったんだ。もうすぐここにワタシの命のキセキを狙った悪党どもがたくさんやってくるって。ヤツラの手に落ちる君の姿なんて見たくないって。初対面なのに、こっちが泣きたくなるくらい必死なの。今の今まで他人だったはずなのにさ。なんていうのかな。きゅんと来たっていうか、ちょっとくらい話聞いてもいいかな、なんて思っちゃって……。
結果、驚いたね。言った通り来たのよ。それも真夜中にわんさかと小汚い悪党どもがさ。みんなして物騒な武器とか持ってて、その目はギラついててさ。我先にって感じに洞窟の中に入ってくわけ。それを傍から見ていたワタシはぞっとしたね。その対象がワタシだったんだって思ったら……おかしくなりそうだった」
暗い面差しのせいでその表情は分からなかったけれど。
そのぞっとする気分とか、おかしくなりそうな感覚とか、ありありと伝わってくる。
そんなルーシァ以上にミャコがその言葉に怖気を覚えたのは……。
命のキセキを狙ってやってきたコドゥたちの存在に気付かなかった、ミャコの知るルーシァがその後どうなったのか、この目で見たからなんだと思う。
命のキセキを狙ってやってきたコドゥたちにどんなひどい目に遭わされたのか。
それは、今となっては想像するしかないわけだけど。
ヴルックの洞窟に辿り着いたミャコが見たルーシァは、もうすでに人の姿を失っていた。
目に映るものを手当たり次第に殺す、それだけの存在になっていて。
もし、そんなひどい目に遭う前にルーシァを助けることができたのなら。
それはたくさんある前の世界でもミャコの後悔と、叶わない願いだった。
世界を悲しいままで終わらせない。
アキはその言葉の通りに、叶わなかったミャコの願いを叶えてくれたのかもしれなくて。
「だからね、ワタシはすっごくアキ様に感謝してるんだ。惚れたっていってもいいかもね、何せ命の恩人だし。それからまぁ、いろいろあったけど。結局ワタシは、アキ様についてくことに決めたんだ。アキ様の夢に付き合いたいって、そう思うようになったんだ。アキ様の『肩当て』としてね」
ルーシァは、アキの肩の上で誇らしげにそう言って笑う。
ふいにぷいと顔を背けたアキは、だんまりのままだったけど。
きっと照れ隠しなんだろうなって、そのあからさまなアキの態度にくすくすと笑みをもらして、ルーシァは言葉を続けた。
「でね、ちょっと話長くなっちゃったけど、結局何を言いたいのかというと、ここにいるワタシたち以外の残りの9人のレイアにもね、悲しい運命を暗示する未来が予言されてて……ワタシたちはその運命をひっくり返しちゃおうって思ってるんだ。何か起こるか事前に分かってればみんなを救える。命のキセキを正しい形で使うことができればこの世界だって滅びに向かうことはない……そう思ってるんだよ」
命のキセキが世界を壊す引き金となる理由は、その力が本当の意味で正しく使われなかったせいにある。
ミャコ自身が正しく使えるかどうかは別としても、そのルーシァの言葉は間違ってないはずだった。
「だからね、ミャコさん。よかったらミャコさんの力を貸してほしいんだ。
ううん。そうじゃないな、これから行動をともにして欲しいんだ。ミャコさんがひとりでその使命を負って、ひとりで悲しい思いしなくてもいいようにさ。……どうかな?」
強制はしない。
あくまでミャコ自身の意思で。
ルーシァの言葉には、そんな意味合いが込められている。
「ありがとう、アタイもひとりじゃ心細かったから。むしろこっちからお願いしたいくらいよ」
ミャコは迷うことなく、そんなルーシァの言葉に頷いた。
だってそれは、ミャコ自身も考えていたことだったからだ。
これから起こる悲しいことをすでに知っているのなら、それを止めることができるんじゃないかなって。
この世界は、本当にミャコが叶えたかった願いを叶えてくれる、そんなものなんじゃないのかって、そう思ってたから……。
(第十四話につづく)
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