第十二話


それ以降も幾度となくチャウスの山に棲むドリードたちと遭遇したけど。

そのほとんどをうまくやり過ごし、どうしようもない時だけ戦って(といっても剣を振るってくれたのはアキばかりで、ミャコもルーシァも見てるだけだった)、ミャコたちは頂上を目指しチャウスの山道を進んだ。



危険な場所を避けての行軍とはいえ、山登りは思いのほか順調で。

これならなんとか日暮れまでには頂上につけるだろう。

ミャコはそう思ったこともあって、休憩を提案した。

おそらく山の中腹あたり、ひょうたんみたいな形の岩肌から雪解け水の流れ出す、かつて一度休んだことのある場所で。



「そう言えばミャコさん、ドリードとの戦闘を極力避けてるみたいだけど、何か理由あるの? 別に戦えないってわけじゃなさそうだけど」


日陰があって、ひんやりとした落ち着く空間。

今のところあたりにドリードの気配はない。

そうなってくると自然と話題はお互いのことになって、ふと思い出したようにルーシァがそう聞いてきた。


なるべく戦わずして逃げるっていうのもそれなりに技術のいることであるのは確かで。

ルーシァがそう聞いてくるのも無理はなかった。

余計な詮索をするなって感じのしかめ面になってるアキがいたけど、何もかもそんなんじゃお互いの仲の進展なんか望めないのも確かなわけで。

それはミャコの本意じゃなかったから、そんなアキを制して、ミャコは口を開いた。



「別に気のきいた理由があるわけじゃないよ。ただ、怖いんだ。戦うのが」

「そうなの? ワタシにはこういう言い方したら失礼になるかもだけど、なんていうか三度のメシより好きそうに見えるけど」


ミャコはルーシァの言葉に苦笑いするしかなかった。

そんなルーシァの人を見る目はあながち間違ってないんじゃないかなって思う。

ミャコは、ルーシァの言う通りの人物なんだと思う。


だから怖い。

何かと戦うのが。

血を流しお互いの命を削ろうとする行為が。

戦うことは生まれながらの欲のようなもので、一度解放すればその歯止めは効かなくなるような気がしていた。

大切な人すらその手で傷つけてしまう気がしていて、嫌だったんだ。



「何それ? 一体アタイはルーシァにどんな風に見えてるわけ?」


ミャコは、一人考え込んでいた自分を誤魔化すみたいにそんな事を言う。


「それはほら? ワタシの口からはとてもとても?」


それを察して気遣ってくれたのか、そう言う性格なのかはわからないけど、

芝居がかったそんなルーシァの言葉が返ってきて。


「ひどっ。それ最悪だって」


普通なら、半分本気で半分ノリで、口の悪いルーシァに鉄拳制裁! とかするとこなのかもしれないけど。

ミャコはそうやって苦笑を浮かべるだけしかできなかった。

そんな他愛もない触れ合いでさえ、ミャコにとっては勇気がいるものだったから。



「ノリが悪いなぁミャコさんは。ここはびしっと突っ込んでいいばめ……ぎょわぁっ? ちょっ、何で!? いたいいたいいたいーっ」

「……」


そんなミャコに、案の定不満げなルーシァがいて。

かと思ったらそれまで二人のやり取りを聞いてるだけだったアキが、おもむろにルーシァの小さな頭を握りこんだ。


上がるルーシァの悲鳴。

それはミャコの考えを見透かしたかのようなアキの行動だった。


「ありがと」

「……」


何でか知らないけど、気付けばミャコの口からそんな言葉が出ていて。

言葉はなかったけれど、いえいえと笑うアキがそこにいて。


「ちょっとぉ! ここは和むシーンじゃないでしょー、はーなーしーてーっ!」


ルーシァの泣きそうな叫びがあんまりにもよく通るから、おかしくなって。

ルーシァには悪いけど、ミャコの表情には自然と笑顔が浮かぶようになっていて。



ひとりでこの山を登った時とは比べ物にならないくらい穏やかで楽しい気分の中、ミャコたちは山頂に程近いルフローズの村へと辿りついた。




「……」


眼下に見下ろせる、寒く高い場所ならではの知恵がふんだんに施された家並み。

ちょうど日が沈む頃合いで、傾斜のきつい藁葺きの屋根はオレンジ色に染まっている。


それはかつて見た、もうないはずの光景。

自然と神妙な気分になっていく。

もっともそれは、その燃えるような夕日の色が、この村の末路を連想させたからかもしれないけれど……。



「それで、ミャコさんのお友達はどこにいるの? いい加減山登りも疲れたし、できればワタシたちもお邪魔したいかなーって」


そんな事を考えていると、同じように町並みを見下ろしていたルーシァが、さっき聞いたばかりのような問いかけをしてきた。


「あ、そっか、うん。えっちゃんは……ミャコのともだちは、この村に住んでるわけじゃないんだ」

「そうなの? え? だって、他に人が住むようなとこあるの?」


そう、ここは氷の根源、『ルフローズ・レッキーノ』の領地。

チャウスの山の頂上に程近い場所だ。

あたりはほとんど氷でできた岩肌ばかりで、本来は人の住むようなとこじゃなかった。

村の中でさえ、日が沈めば氷のナヴィの独壇場になる。



「住んでるっていか、眠ってるはずなんだ。厚く冷たい氷の中で」


黙っていたってどうにかなるわけじゃないし、いずれは分かることだから、ミャコはきっぱりとそう言った。


「それってまさか氷の姫のこと? ミャコさんの友達って、氷の姫のことだったの?」

「う、うん。ごめんね、黙ってて」


続くはずの言葉は言葉にならない。

何故ならば、本当にえっちゃんがいるかどうか分からなかったし、ミャコは友達だって思ってても、この世界のえっちゃんはそうじゃないかもしれなかったからだ。

セイルさんがミャコの知るセイルさんと同じようでどこか違うように、えっちゃん……エミィ・ルフローズ・レッキーノだって、ミャコの知る彼女と違う可能性はおおいにあった。


それに、もしえっちゃんがまだここに眠ったままであるのならば、えっちゃんはミャコのことを覚えてはいない、あるいはまだ知らないはずだった。

何故なら、この場所から連れ出したのはミャコだし、えっちゃんをえっちゃんって呼べるくらい親しくなったのも、えっちゃんをここから連れ出してからずっと後のことだったからだ。



「いや、うん。謝ることはないんだけどさ」


ここに来るまで言わなかったことに頭を下げると、ルーシァは首を振ってアキと顔を見合わせる。


「あーっと、実を言うとね、それならそれでこっちの目的も達成できるっていうか、手間が省けるわけなんだけどさ……えと、その、ワタシたちがここに来た理由は、翼あるものを探しにきたってことももちろんあるんだけど、アキ様の予言はもう一つあって」


それまで軽快に語っていたルーシァだったけど。

そこまで話したところで、言いよどみ伺うようにミャコのことを見上げてくる。


金色の面差しのせいでその表情は分からない。

それによりふいに心中に広がっていく、漠然とした不安。

内心の焦燥を抑えられないままにルーシァの言葉の続きを待っていると、そこで口を開いたのはアキの方だった。



「満月の夜にルフローズの村は灰と化す。

翼あるものの炎に晒され焦れることによって。

氷の棺にその身を閉じ込めた氷の姫をも巻き込んで……」



朗々と歌うように。

アキは紡ぐ、予言の言葉を。

それを耳にしたとたん、全身の血が沸騰するような感覚がミャコを襲う。


気付けばミャコは、叫んでいた。



「ちがう! ミャコは火なんかつけてないっ。つけたのはルフローズに住むコドゥたちじゃない! 氷の棺にいたえっちゃんを追い詰めたのはヤツらだもんっ!」


フラッシュバックするその時の自分。

初めてここに来たミャコが目にしたのは、氷の中で眠る氷の姫を追い出し捕まえようと山に火を放った村人たちの姿だった。


氷山に眠る姫君。

それを一目見ようと集まってくる旅人たちのために作られたルフローズの村は、それまで氷の姫の力で暮らしていけた恩を忘れ、自分たちの欲を満たそうとしたのだろう。


えっちゃんが氷の根源の御名を冠するレイアかもしれない……ただそれだけの理由で。

だからミャコはそんなえっちゃんを助け出し、山を降りた。

えっちゃんの悲しみ混じった怒りを受けたことで、村がどうなろうともミャコたちには関係ないって、その時は思ってた。



だけど、はちょっと違う。

結局ミャコがそうやってえっちゃんを連れ出したから、村は滅び行くことになって。

えっちゃんを連れ出したせいで、えっちゃんのかけがえのないその命を散らせてしまった。


すべてはアイラディアの死神の所業。

叫んだのは図星を指されて追い詰められたからにすぎない。

これ以上自分の罪を自覚したくなくて、見苦しい言い訳をしてるだけだったんだと思う。


自分がとんでもない失言をしてしまったのだと気付いたのは、そこまで考えた時だった。



「ミャコさん? アキ様は別にミャコさんがやったなんて言ってないけど、もしかして……」


ミャコの激昂に戸惑いつつも、そう聞いてくるルーシァの言葉で、はっと我に返る。


「ミャコさんが翼あるもの、なの?」


そこに、ルーシァの決定的な一言が下されて、ばしゃんと冷や水を浴びせられたような感覚。

あまりにもあっさりと追い詰められたからなのか、変に冷静になってるミャコがいて。



「……うん。そうだよ」


ミャコはきっぱり、そう頷いていた。

ここで誤魔化したとしてもいずれはぼろが出るだろうし、もっとはっきり言えば黙ってひとりで抱え込んでいることに、疲れてたんだと思う。


ミャコはアイラディアの死神と言われた存在。

翼あるもの。

思えば、その真実を語る時は、いつもそれを聞くものの命を奪う、その間際だった。


それは辛く悲しくて、何より怖くて。

ミャコの心はずっと磨耗し続けていたんだと思う。

だけど今こうして口にしたら、その開放感は尋常じゃなかった。

抱えきれない罪のことを聞いてもらえるだけで、こんなに楽になるとは思わなかった。


気付けばミャコは、涙を流している。

それを悲しいものとは違う、初めての涙で。


ミャコは、どんな罰でも受け入れる。


そんな気持ちになっていたけれど……。



              (第十三話につづく)







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