第十一話
「来るぞっ!」
響き渡る、緊迫したアキの声。
それまでも自己主張していた炎の気配が、いよいよ耐え切れないほどになって。
ゴウウウゥッ!
一体どんな仕組みでそんな音が出るんだろうと思わずにはいられない、炎の生まれ吐き出される音。
とっさにしゃがむと、頭上スレスレに螺旋に束ねられた炎が通過していくのが分かる。
打ち出された三つの炎は、その熱波でミャコの肌を焼き後方に炸裂する。
たちまち背後の草木が燃え上がって。
それにより理解したのは、逃げ道を塞がれたことと、大火事になる前になんとかしなきゃ、なんてことで。
それじゃどうしよっかとアキたちがいたほうに目をやれば、そこにふたりの姿はなかった。
見た目で言えばコドゥのほうが大きくて頑丈そうに見えるけれど、そもそもコドゥとナヴィではつくりが違うのだ。
あの程度の炎ならば直撃を受けたって、まぁ死ぬことはないと思う。
かといって熱いものは熱いし、甘んじて受ける必要もないんだろう。
きょろきょろと辺りを見回せば、まるでその背に翼でも生やしてるんじゃないかなって思えるくらいに、高く高く跳躍しているアキの姿があった。
その右手に細剣を構え、左肩にフルアーマーきらめくルーシァを乗せたアキの姿が。
円の内に描かれた二つの針。
時の根源を表わす紋様をその鍔に施してある、その細剣。
それは、アキに出会ってからずっと気になっていたものの一つだった。
アキはそれを隠しもひけらかしもしなかったけれど、それは否が応にもミャコが前の世界で会うことのできなかったたった一人を想起させる。
時の紋様を象った細剣。
それを持つナヴィ。
アキが時の根源の御名を冠するレイアなんじゃないかって。
ふと浮かんだそんな考えは、何もミャコの独りよがりで都合のいい希望ってだけでもなかった。
多分これは、ミャコ自身も風の根源(ヴァーレスト)の御名を冠するレイアだからなのかもしれないけれど、ただのナヴィと特別なナヴィ……レイアの違いがなんとなく分かるんだ。
それを言葉に表わすのはちょっと難しい。
たとえて言うなら、レイアであるナヴィは他のナヴィと比べて光っている、とでも言えばいいだろうか。
あるいは、その他大勢じゃない個性。
それがミャコに光ってると感じさせるのかもしれない。
その光が、見上げるミャコの目をくらませて。
勝負は一瞬でついた。
「ゲギャァッ!」
カム・ドラゴンの脳天に刺し込まれる細剣。
上がる断末魔。
やられた方は何が何だか分からなかっただろう。
まさしく時間でも止めたかのように、気付けばアキが懐にいたのだから。
でもそれは、言葉通り時間を止めたわけじゃなくて。
時が止まったと、そう思えるほどにアキが早いんだ。
素早さだけは自身あるかもって思ってたミャコが、やっとこさ目で追えるほどの素早さで急降下し、驚くほどの的確さでドラゴンの急所を突いただけ。
時の力が見られるかもしれないって期待は見事に裏切られた形だったけれど。
震えくるほど実感したのは、アキの単純な強さだった。
まともにやりあって果たして勝てるかどうか。
……気付けばそんな事を考えてしまっている自分が嫌で。
ぶんぶんと首を振って、その高揚する心を冷ましていると、そんなミャコの目の前で予想だにしてなかったことが起こった。
細剣に貫かれ、絶命したはずのカム・ドラゴン。
後は骸と化すだけのそれから、赤い煙のようなものが噴き出してくる。
「え? な、なにこれっ」
ミャコが起こりえないことに動揺を隠しきれないでいると、その煙は死んだ火竜を覆うように広がってゆく。
その煙にまかれてはたまらないとばかりに逃げ出す他の火竜たち。
それに習うようにして、ミャコも間合いを取って。
呆然と見守る中、しばらく漂っていた赤い煙は、しかし唐突にその姿を消した。
そこには死んだはずの火竜の姿はなく。
ただアキが表情もなく立っている。
「んー、100Bってとこかな。セイルさんちの宿賃ひとりぶんにしかならないけど楽勝だったし、まぁこんなものか」
と思ったら、アキの肩上にいたルーシァが、何かを持っていた。
日の光に透かすようにして覗きこんでいるのはくすんだ赤い石で。
「……」
命のキセキ。
それを見たとたん、ミャコの頭の中に雷を打ち込まれたみたいにそのフレーズが走る。
ただそれは、いつか見た輝石宝石とは比べるべくもなかったけれど。
「それは……なんなの?」
ミャコの記憶にない、知らないもの。
気付けばミャコは、おそるおそるといった感じでそう聞いていた。
そんなミャコに顔をあげるアキとルーシァ。
なんと言うか、ふたりは不思議そうな顔をしていて。
「あれ? ミャコさんB(バイテ)の原石見たことないの? だって、ドリード倒したら落とすでしょ?」
「え、そうなの? あーっと、その。ドリードとかと戦うの怖くて逃げてたから……」
どうやらミャコは、またしてもこの世界での当たり前のことについて聞いてしまったらしいことに気づいたのはその後で。
バレバレの嘘をついて誤魔化すことしかできないミャコ。
「でも、そしたら旅の資金は? だってこんな近道知ってるくらい旅慣れてるんでしょ? もしかしてミャコさん手に職持ってる人? それとも元からすごくお金持ちだったりする?」
だけど、返ってきたのは矢継ぎ早に繰り出される、そんなルーシァの言葉で。
下手な嘘でますます傷口を広げてしまう、学習能力のない自分が、なんだか情けなくて。
「あ、いや、そのぉ」
とうとうミャコは、何も言えなくなってしまった。
ミャコはこの世界とは別のとこのひとで、気付いたらセイルさんの宿屋にいて、この世界のことは全く知らないに等しいのに、だけど前の世界の面影がある。
正直に、そのことを話すべきなんじゃないのかなって、思ったけれど。
「あまり詮索するなルーシァ。誰にだって話せない事情があるだろう?」
それまでミャコから視線を外すことなくだんまりを続けていたアキが、ルーシァをたしなめるみたいにそう言う。
「……」
ミャコは、その言葉に正直救われる思いだった。
よくよく考えてみると、自らこの世界の住人ではないかもしれない、得体の知れない存在だって告げることは、何だかとても怖いことだったからだ。
今ここにいるミャコが消えてしまうような、そんな恐怖を覚えたんだ。
「んー……まぁ、それもそうだよね。分かった、聞かないでおいてあげるよ。
しっかし、バイテの原石も知らないとは、このルーシァ、ミャコさんに俄然興味が沸いてきちゃうよー」
アキの言葉には素直に頷いたルーシァだったけど。
ただでは引かないとばかりに、そんなからかうような台詞を吐く。
迂闊なミャコの自業自得といえばそうなんだろうけど、その人をくった言い方に臆病なくせに負けず嫌いの火がついたというか、何とか仕返ししてやりたくなって。
「それならミャコだって、ルーシァの素顔がすっごく気になるよ? ルーシァずっとその鎧兜着たままなんだもん。ねえ、一回脱いでみてくれない?」
それが出会ってからずっと気になってたのも確かだったから、返す刀でそんなことを聞いてみる。
「そ、それはダメっ! って、中身なんてないもんっ。ワタシは肩当てなんだからーっ!」
すると、意地になってあくまで肩当てだと言い張るルーシァ。
彼女の素顔もそうだけど、何でそんなに肩当てにこだわるんだろうって強く思う。
「……だから言ったんだよ」
思わず笑みをこぼすミャコをよそに、わざわざ口に出してそう呟くのが印象的で。
いろいろと知らないことも多くて、やっぱりここはミャコの知るアイラディアとは違うんだって実感しつつも。
この旅が前の世界のように孤独に終わらず、賑やかなまま続くことを強く願うミャコなのだった……。
(第十二話につづく)
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