第九話


次の日。

ミャコたちはセイルさんに見送られて、ヤーシロの町を後にした。

結局ミャコは、セイルさんが命のキセキを持つ特別なナビィ……レイアであることに触れなかった。

そのわけとしては、かつてミャコが出会った情報屋のセイルさんと、ナヴィのために宿屋を経営しているセイルさんが別人の可能性もあるって思ったせいもあるけれど。


一番の理由は、ミャコ自身怖かったからなんだと思う。

過程はどうあれ、ミャコはセイルさんの命のキセキを奪ったことに変わりはない。

それは悲しくて怖いこと。

できるのなら二度と体験したくなかった。

それが事態を先延ばしにしているだけだとしても、やっぱりミャコはセイルさんに何も言うことができなかったんだ。


別れ間際には、そんな鬱屈した思いを抱えて悶々としていたミャコのことを心配げな目でセイルさんが見ているのが分かって、余計に申し訳なかったけど。

言い訳をさせてもらえれば、多分今のミャコには考える時間が必要だったんだと思う。

同じ悲劇を繰り返さないようにするには、どうすればいいのかって。




永遠に溶けることがないレッキーノ氷山を頂に構える霊峰チャウス。

アイラディアの世界で二番目に高い場所。

風の祭壇からも真っ白な雪をかぶった二又の頂がよく見えて。

旅に出たら真っ先に向かおうと決めていた場所だった。

かつて、ミャコが一度来たことのある場所。

そう確信させるほどに、ミャコ目の前に広がる景色は変わらない。



「それでそれで? ミャコさんのお友達ってどこにいるの?」


と、山のふもとではまたその勢いを失わない陽射しの中、チャウスの山道に入り、最初の分岐ぶつかったところで、ルーシァがそんな事を聞いてきた。

アキは相も変わらずのだんまり。


相反するふたり。

共通するのは、暑そうだなっていうことくらいだった。

ルーシァは自分のことを肩当てだと言い張り、その無骨なフルアーマーを脱ぐこともせずアキの肩に張り付いているし、今は邪魔にならぬよう後ろにくくってあるアキの珍しい黒髪は、漏れずに陽射しの熱を溜め込んでいそうで、見てるこっちが暑くなる。


「取り敢えず頂上ね。道は分かってるから、ついてきてもらっていい?」

「そりゃもちろん。そのために一緒してるわけだし、そもそもワタシたちの方は行き当たりばったりだからね。何せ翼あるものがチャウスの山に現れるって情報しかないわけだし、どこにいても一緒って言えば一緒だから。後は運任せだなー。まぁ、道中ばったり出くわしてラッキーなんて話はうますぎるかなぁとは思うけどね」


弾丸のようにまくし立てるルーシァ。

話好きと言うかなんというか、喋ってなければ死んでしまうんじゃないかなってくらい舌好調だった。

もしかしたら、あまり口を開かないアキのぶんまでって意味合いもあるのかもしれないけど。


「……」


ルーシァの矢継ぎ早の語りを背景にじっとミャコを見つめてくるアキの視線がなんだかむず痒かった。

それは多分、翼あるものってミャコのことじゃないのかなって、後ろめたいせいもあったんだろう。


「そ、そっか。それじゃあここは右ね。左の道でも頂上へ行けなくはないんだけど、日陰になるような場所もないし、何しろ遠回りだから」


ミャコはそんな自分を誤魔化すようにしてふたりを促し、歩き出す。

言葉の通り右手に折れると、すぐに木陰のちらつく並木の道に出た。

今この時期は匂いたつような深い緑一色の葉が踊ってるけど、その葉は時期によって明確にその色を変える。

前に来たときも全く同じ色だったから、変わっていないことが少し残念に思えるけど。


やっぱりここも見慣れた道で。

左手に広がる陽光きらめく湖のせいか、うって変わって涼しい道をミャコたちは進んだ。


「やっぱりミャコさんはこの辺りに詳しいの?」

「う、うん。まぁ、そうかな」


だといいなと希望も交えつつ、ミャコは頷く。


「ま、友達に会いに行くってんだからそりゃそうだよね。ところで、その友達っていうのは、聞いてもいい? もしかしてもしかして、ミャコさんが心に決めたたった一人のコドゥだったりしちゃうのかな?」


影落とす面差しのせいでその表情は分からなかったけれど、何だか楽しげなルーシァ。


「こ、コドゥ!? ま、まさか! 違うわよっ、ナヴィに決まってるでしょ! っていうかコドゥにそんな感情抱くわけないって」


友達って呼ぶことすら無理。

ルーシァの言葉にムキになってそう言い返すけど、言ってるそばからその言葉がミャコの心に痛く響く。


「……決まってる、そんなわけがない。そう思ってるうちは何も変わらない。悲劇を繰り返すだけだ」


と、そこにかぶせるように、唐突にアキが口を開いた。

アキが口を開いたってことは、きっとそれが必要だと思ったからなんだろうけど。



「アキは、コドゥの味方なの?」


見て見ぬふりをしていた図星を指されたような気がして。

気付けばミャコはそう聞いていた。

それに、しばらく考え込むような仕草を見せていたアキだったけれど。



「……どちらとも言えないだろうな。それは、ナヴィだろうがコドゥだろうが変わらない。私はこうして面と向かって判断することにしているからだ」


返ってきたその言葉に、ミャコはそれ以上反論する術を持ち得なかった。

コドゥだって悪人ばかりじゃない。

例えば、水の国の王様などは尊敬に値するひとだし、逆にナヴィの中にだってどうしようもない悪い奴がいる。

理屈では分かっているんだけど……。


それでもその言葉をなかなか受け入れられないのは、やっぱりミャコが臆病だからなのかもしれなかった。



「っていゆうかミャコさん、一応ナヴィってヤツはコドゥに従順で献身的ってのが神様の建前……じゃなかった言い分なんだから、たとえそう思ってなくても上手く振舞うのが、ナヴィが生きていくためのコツでしょ? まぁ、正直なのは美徳だと思うけど、あまりあからさまな態度は取らないほうがいいんじゃない? 露骨すぎると、なにかあるって疑われるかもよ? ほら、さっき町で会ったコドゥみたいにさ」

「う……それは、そうかも」


ミャコは昨日のいやなことを思い出して、憂鬱な気分になったけど。

同時に目からウロコが落ちる思いだった。

どうしてミャコがレイアの一人だと気付いたのかなってずっと悩んでいたけど、それは単純なことだったんだ。


別に、彼らはそれに気付いたわけじゃなくて。

ルーシァの言う通り、いかにも何かあるって態度をとってたから勘繰られたんだ。


ようは、からかわれていたのだろう。

今の今までそんなことにも気付けなかった自分が凄く恥ずかしかった。



「ま、そう言う計算とかできなさそうなタイプのほうがモテるんだろうけどね」

「そ、それはイヤだよっ」

「だからそう言う態度がダメなんだって」


人を食べちゃうような危険なドリード出るところなのに、まるで緊張感のない会話。

旅の連れの影響なのか世界が違うからなのか、町でも外でも常に気を張っていた……いろいろな意味で危うかった自分は、もうそこにはいなかった。


それは、ルーシァの言葉じゃないけれど。


うまく生きていくためには決して悪くないことのはずで……。



             (第十話につづく)







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