第八話


「それじゃ、改めて自己紹介といきましょうかね!」


流されるまま流されて、気付けばミャコは二人にあてがわれた部屋にまでやってきてしまっていた。

流されるままでいたのは、なんだか先の見えない自分自身が進むべき道を提示してくれるかもって、そんな予感めいたものもあったからなんだけど。



「まずはワタシね。ワタシはルーシァ。今はアキ様の『肩当て』をやってまっす!」

「……っ」


肩当てだと言い張るフルアーマーのナヴィ、ミャコの知らないはずのナヴィ。

そのはずだったのに、紡ぎ出されたその名を聞いて、ミャコは思わず言葉を失ってしまった。

何故ならそのルーシァという名前が、ミャコの知っている名前だったからだ。

忘れたくても忘れられない名前のひとつだったからだ。


『金』の根源の御名(ヴルック)を冠するレイア。

翼あるものによってその命のキセキを奪われてしまったナヴィと、同じ名前。


偶然、たまたま同じ名前のナヴィ。

きっとそうだと無理矢理納得させてる自分がそこにいる。

何故ならその姿も声も、ミャコの覚えているものとは全く違うのは確かだったから。

ミャコは内心の動揺をなんとか抑えつつ、続きを促す。



「で、こちらがアキ様だよ。まぁ、さっきから名前呼んでたからもう知ってると思うけど」

「……」


ルーシァの言葉に黒髪のナヴィ……アキは頷くだけだった。

ただ、ミャコの内心を見透かすみたいに、その黒い瞳で見つめている。

しばらく奇妙なにらめっこが続いたけれど。

よくよく考えてみれば今度はミャコの番、なんだろう。

ミャコはちょっと慌てて自己紹介をする。



「……えっと、ミャコです。よろしく」


そうして実際自己紹介して気付いたことは、実はお互いに名を名乗っただけで相手のことはほとんど分かってないじゃん、ってことだった。

ナヴィにとってそれは、自分の命を守るために必要なことと言えばそうなんだろうけど、自分を棚に上げてちょっとだけ寂しい気持ちになる。

たぶんそれは、前の世界で見て見ぬふりをしていた感情で。



「それで、話っていうのは?」


気付けばミャコは、そんな事を聞いていた。

すると、ルーシァがそう言えばそうだったとばかりに頷いて、それに答えてくれる。


「あ、そうそう。ミャコさんてこれからチャウスの山に向かったりする?」

「え? う、うん。そのつもりだけど」


一瞬、何で分かったのかなと思ったけれど、ここヤーシロの町はチャウスの山へ向かうために立ち寄る必要のある場所にあることを思い出し、頷いた。


『氷の姫』に会いに行く。

ミャコが目覚めたとき、セイルさんは確かにそう言った。

氷の姫、氷の根源の御名を冠するレイア。

ミャコにとって、一番の友達だった……えっちゃん。


繰り返していようが別世界だろうが構わない。

もう一度会えるのなら、すぐにでも会いたかった。


前の世界でえっちゃんは、その身を守るためにチャウスの山のてっぺんにある、

レッキーノ氷山の奥で氷付けになって眠っていたから。

もしかしたこの世界にも、えっちゃんはそこにいるかもしれない。

だからミャコはルーシァの言う通り、これからチャウスの山に向かうつもりでいたのは確かなんだけど。



「もしかして、一人で行くつもり?」

「う、うん。そのつもりだったけど」

「やっぱりね、引き止めて正解だったよ。ダメダメ、危ないって! このまま山に向かったら、『翼あるもの』に遭遇するかもしれないんだから」

「えっ?」


ミャコは、ルーシァの言っている言葉の意味が一瞬理解できなかった。


翼あるもの……ミャコは確かにここにいるのに、一体どういうことなのだろうかと。

もしかしたら、ミャコには全く関係ない別人のことかもしれないけど、内心穏やかじゃなかった。


「えっと、その『翼あるもの』って言うのは?」


自分がそうだとはとてもじゃないけど言えなかったミャコは、そんな内心の動揺を隠せないままルーシァにそう問いかける。


「ええっ! ミャコさん、知らないの? あー、なんかそんな気はしてたんだよね。なんかミャコさんて世間知らずっぽいっていうか……あ、でも、噂くらいは聞いたことあるでしょ? ナヴィの大切なものを盗んでっちゃう死神さんなんだけど、その人がね、今チャウスの山にいるらしいんだ。どんな人なのかは分からないけど、もしミャコさんがチャウスの山に行くんなら一緒にどうかなって思って」


すると、ルーシァは火でもついたみたいにそうまくし立てた。

つまりは、危なっかしいミャコが目に止まり、親切で声をかけてくれたのだろう。

唯一難点を挙げるとすれば、ミャコがその『翼あるもの』かもしれないってことを全く考えてなさそうなところだけど。


「それはその、むしろこっちからお願いしたいくらいだけど、いくつか聞いてもいい?」


会話をしているうちに、ミャコの中にいくつもの疑問が沸いてくる。


「ん? 何かな、何かな」

「あのさ、なんでそのルーシァたちは、チャウスの山に『翼あるもの』がいるって知ってるの?」


しかも、その正体すら分からないというのに。

そう思って問いかけると、すぐにルーシァの答えを返してきた。


「それはもちろん! アキ様の力だよ。アキ様はね、未来を知ることのできる予言の力を持ってるんだ」


まるで自分のことのように自慢げにルーシァは言う。

それは本当のことだからなのか、アキは相変わらずたんまりのままだったけれど。

未来を知る力。それは、ミャコが初めて聞く類のものだった。

ミャコの知る限りでは、そんな力を使うナヴィに会ったことはない。

もしかして、アキはミャコが会うことのできなかった『時』のレイアなのかな。


と、そんな事を考えて、アキのことを見つめていると。

何を思ったのか、不意にアキが口を開いた。


「ミャコはどうしてチャウスの山に登る? そこはドリードも多い。野盗もいる。長く険しい道と聞くが」


アキは多分、無口というのとは少し毛色が違うのだろう。

その、時に饒舌な様を見ていると、必要なことだけ喋るタイプなんだろうなって気付かされる。


そしてそれは、ミャコにとっても重要なことだった。

初めて登ったときは、命のキセキを集めなきゃいけないって、そんな強迫観念みたいなものが確かにあった。


でも、今はどうだろう。

繰り返しているのか、全く別のものなのか。

もし、この世界が繰り返しているのならば、二度とあんな過ちを犯したくないって思う。

悲しいだけの結末は、嫌だって強く思っていて。



「会いたい友達がいるんだ。だからかな」


ミャコが口にしたのは、それだけだった。

それだけで充分だった。

そのほかの面倒な色々なことは取りあえず置いておいて、ミャコはただ本音を口にする。


「そうか……それなら、私たちの登る理由は、そんな君を助けることにしておくよ」

「あ……」


返ってきたのは、初めて見るアキの笑顔と、たった今山に登る理由ができたみたいな、そんなアキの言葉だった。


「手伝うのは構わないけどさ。ワタシたちの本来の目的も忘れないでくださいよ。

アキ様」


多分それは、アキなりの冗句だったんだろう。



「あなたたちの目的って?」


遅ればせながらそれに気付き、ミャコは何気なくそう問いかけて。


「それはもちろん、『翼あるもの』を探し出してとっ捕まえて、自分のしたことに対して後悔させてやるに決まってるじゃないか? ねえ、アキ様?」

「……っ」

「……」


アキを見上げながら発せられたルーシァの言葉は、さっそくミャコを後悔させるのに充分な威力を持っていた。


言葉を失うミャコ。

アキはそれに頷くことも言葉も返すこともない代わりに、ただ困ったような顔をしていて……。


たぶんきっと、この世界だって甘くない。

自分がそうだと言えない臆病さをただ噛み締めて。


新しい世界の長い長い一日を終えたのだった……。



              (第九話につづく)







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